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第四章 野分

第一話 ピストール

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 付け火で焼け出された堤が、新しく構えた洋学塾は、相国寺そうこくじの連塀を一本隔てた通りに面した一軒家だ。

 沖田は水打ちされた洋学塾のささやかなべ段で足を止め、青空を振り仰ぐ。
 たなびく鰯雲いわしぐもが、初秋の訪れを思わせる。
 
 南に向いた中二階の連子窓れんじまどから、御所の紅葉狩りもできるだろう。
 それでも不安要素は拭えない。

 御所に近いということは、洋学塾に出入りする諸藩の藩士は、潜伏する長州藩士などの浪人に、斬られかねない危険と隣り合わせになる。
 もちろん塾長の堤と世話役の花村、塾で教鞭をとる千尋や久藤佑輔も同様だ。


「御免ください」
 
 引き戸を開けた沖田が声を張る。
 すると、廊下の奥の曲がり角から、前掛け姿の少女が駆けつけて、切れ良く廊下に膝をつく。


「ようこそ、お越しやす。お名前とご用件を承ります」
 
 少女は板間に三つ指をつき、平伏した後、おもてを上げると凛として言う。


「久藤さんに新撰組の沖田が来たと伝えてください」
「ご用件のほどは」
「千尋さんが、私に久藤さんからお渡しする物があると言われましたので、取りに来ました」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
 
 
 少女は立ち上がってきびすを返し、足音も立てずに奥へと消え去る。
 一挙手一投足のうやうやしさは、まるで大名家での見習い女中かのようだ。

 玄関の飾り棚にも、青紫のリンドウと、黄色い小花のオミナエシが活けられた一輪挿しが、置かれている。

 以前の長屋暮らしに比べれば、見違えるほどの華やぎだ。
 千尋が薩摩藩についたことで、堤の洋学塾の地位も確立され、保障されたようにも見える。
 そして少しだけ、浮かれた素振りを見せた自分を戒める。

 洋学塾に寄ったのは、千尋が久藤に預けた弾を受け取ることが目的だ。
 彼に会うためなんかじゃない。

 
 程なく廊下を挟んだ部屋の全ての襖が開き、二本差しの侍が群をなして現れた。
 今出川の薩摩藩邸が近いせいか、みな月代さかやきを大きく剃った薩摩藩士だ。

 けれども、彼等のあとから続いて出てきた佑輔が沖田を見るなり、

「あなたは」
 
 と、絶句し、眉をそびやかせた。
 

「こんにちは。いや、もう今晩は、かな」
「何の用です」

 沖田はおどけてみせたのに、獣が牙を剥くかのような言い方だ。

「千尋さんに、久藤さんから短銃の弾を取りに来るよう言われたんですが」
「ピストルの弾ですって?」
「やあ、沖田君」

 沖田の声を聞きつけたのか、千尋が両脇に洋書を数冊抱えたまま、座敷から顔を覗かせた。

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