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第三章 LOSE-LOSE
第十八話 六万両
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蛇より執念深い土方が、なぜ急に見送るなどと言うのかと、沖田は目顔でまっすぐ問いかける。
土方は苦りきって顔を歪め、憮然としながら吐き捨てた。
「蔦屋は薩摩藩から、六万両で藩の鉱山権を買ったそうだ」
「六万両……っ!?」
沖田は眉をそびやかせた。思わず語尾が上擦った。
「どうしてそんな……。途方もない金が、千尋さんから薩摩藩に……」
「確かに、閉山寸前の鉱山を買ったにしては、いき過ぎた金額だ」
土方は詰め寄られた沖田から逃れようとするように、片膝立てて顔を背ける。その秀麗な横顔の頬の辺りを引きつらせ、伏し目がちに失笑した。
「だが、六万両なら、薩摩がイギリスから請求された二万五千ポンドの賠償金額と同じになる」
「土方さん……」
沖田は狼狽し、膝を進めて呼びかけた。
しかし、土方は応えない。頑なに沖田を見なかった。
行灯の火を消され、青い闇一色になった奥座敷。
遠方から届く 三味の 音と、小唄と芸者の 囃し声。男達の無駄に大きな笑い声。それらは新撰組の連中か。
それとも別の宴席か。
「それじゃあ、土方さんは蔦屋がその賠償金を肩代わりしたと、おっしゃるんですか?」
「その可能性が高い」
布団の上で 胡坐をかいた土方は固く腕を組む。
「だったら……、蔦屋は薩摩の救世主だ」
「そうなるな」
薩摩藩が会津藩と手を組んで、長州藩を攻撃するのは、帝の覚えもめでたく、飛ぶ鳥落とす勢いの長州を、京から放逐したいだけのこと。
利害の一致をみた薩摩藩が、会津へ同盟締結を申し出た。
だが、それは決して討幕派の長州勢から、幕府を守護する忠誠ではない。
手始めに、まずは目障りな長州藩を。
そして、いずれは徳川の寝首をかいて成り代わり、幕府の権限を掌握したいだけのこと。
だが、薩摩は半年前の薩英戦争で惨敗し、国元は港も城下町も、ほぼ壊滅状態に陥った。
内政は混乱を極め、財政的にも 逼迫しているはずの薩摩が上洛し、長州藩と一戦を交える体力などないはずと、誰もが思っていたことだ。
だから、 此度の戦に薩摩藩が加勢したことが、沖田には 解せずにいた。
今の薩摩によくそんな余裕があったものだと、ずっと腹の中でくすぶり続けた難問に、土方から、ようやく答えを得た気がしていた。
余裕があったのではなく、余裕ができた。
蔦屋の六万両という投資を得て、薩摩は息を吹き返し、長州藩と一触即発の危機的状況において、幕府の救世主となり、幕府内での発言力を強化した。
一介の呉服屋が暗躍し、諸藩の中でも最大の軍事力を誇る薩摩の窮地を救い、 盟友の座に君臨した。
しかし、いずれは討幕に傾くであろう薩摩の後ろ盾になったなら、蔦屋も討幕派ということになる。
空恐ろしいほどの財力を武器にする蔦屋こそ、長州藩など 歯牙にもかけない、討幕派きっての精鋭だ。
土方は苦りきって顔を歪め、憮然としながら吐き捨てた。
「蔦屋は薩摩藩から、六万両で藩の鉱山権を買ったそうだ」
「六万両……っ!?」
沖田は眉をそびやかせた。思わず語尾が上擦った。
「どうしてそんな……。途方もない金が、千尋さんから薩摩藩に……」
「確かに、閉山寸前の鉱山を買ったにしては、いき過ぎた金額だ」
土方は詰め寄られた沖田から逃れようとするように、片膝立てて顔を背ける。その秀麗な横顔の頬の辺りを引きつらせ、伏し目がちに失笑した。
「だが、六万両なら、薩摩がイギリスから請求された二万五千ポンドの賠償金額と同じになる」
「土方さん……」
沖田は狼狽し、膝を進めて呼びかけた。
しかし、土方は応えない。頑なに沖田を見なかった。
行灯の火を消され、青い闇一色になった奥座敷。
遠方から届く 三味の 音と、小唄と芸者の 囃し声。男達の無駄に大きな笑い声。それらは新撰組の連中か。
それとも別の宴席か。
「それじゃあ、土方さんは蔦屋がその賠償金を肩代わりしたと、おっしゃるんですか?」
「その可能性が高い」
布団の上で 胡坐をかいた土方は固く腕を組む。
「だったら……、蔦屋は薩摩の救世主だ」
「そうなるな」
薩摩藩が会津藩と手を組んで、長州藩を攻撃するのは、帝の覚えもめでたく、飛ぶ鳥落とす勢いの長州を、京から放逐したいだけのこと。
利害の一致をみた薩摩藩が、会津へ同盟締結を申し出た。
だが、それは決して討幕派の長州勢から、幕府を守護する忠誠ではない。
手始めに、まずは目障りな長州藩を。
そして、いずれは徳川の寝首をかいて成り代わり、幕府の権限を掌握したいだけのこと。
だが、薩摩は半年前の薩英戦争で惨敗し、国元は港も城下町も、ほぼ壊滅状態に陥った。
内政は混乱を極め、財政的にも 逼迫しているはずの薩摩が上洛し、長州藩と一戦を交える体力などないはずと、誰もが思っていたことだ。
だから、 此度の戦に薩摩藩が加勢したことが、沖田には 解せずにいた。
今の薩摩によくそんな余裕があったものだと、ずっと腹の中でくすぶり続けた難問に、土方から、ようやく答えを得た気がしていた。
余裕があったのではなく、余裕ができた。
蔦屋の六万両という投資を得て、薩摩は息を吹き返し、長州藩と一触即発の危機的状況において、幕府の救世主となり、幕府内での発言力を強化した。
一介の呉服屋が暗躍し、諸藩の中でも最大の軍事力を誇る薩摩の窮地を救い、 盟友の座に君臨した。
しかし、いずれは討幕に傾くであろう薩摩の後ろ盾になったなら、蔦屋も討幕派ということになる。
空恐ろしいほどの財力を武器にする蔦屋こそ、長州藩など 歯牙にもかけない、討幕派きっての精鋭だ。
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