死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

文字の大きさ
上 下
71 / 96
第三章 LOSE-LOSE

第十八話 六万両

しおりを挟む
 蛇より執念深い土方が、なぜ急に見送るなどと言うのかと、沖田は目顔でまっすぐ問いかける。
 土方は苦りきって顔を歪め、憮然としながら吐き捨てた。
 
「蔦屋は薩摩藩から、六万両で藩の鉱山権を買ったそうだ」
「六万両……っ!?」
 

 沖田は眉をそびやかせた。思わず語尾が上擦った。
 
「どうしてそんな……。途方もない金が、千尋さんから薩摩藩に……」
「確かに、閉山寸前の鉱山を買ったにしては、いき過ぎた金額だ」
 

 土方は詰め寄られた沖田から逃れようとするように、片膝立てて顔を背ける。その秀麗な横顔の頬の辺りを引きつらせ、伏し目がちに失笑した。

「だが、六万両なら、薩摩がイギリスから請求された二万五千ポンドの賠償金額と同じになる」
「土方さん……」

 
 沖田は狼狽し、膝を進めて呼びかけた。
 しかし、土方は応えない。頑なに沖田を見なかった。

 行灯の火を消され、青い闇一色になった奥座敷。
 遠方から届く 三味しゃみの  と、小唄と芸者の はやし声。男達の無駄に大きな笑い声。それらは新撰組の連中か。
 それとも別の宴席か。


「それじゃあ、土方さんは蔦屋がその賠償金を肩代わりしたと、おっしゃるんですか?」
「その可能性が高い」
 
 
 布団の上で 胡坐あぐらをかいた土方は固く腕を組む。

「だったら……、蔦屋は薩摩の救世主だ」
「そうなるな」


 薩摩藩が会津藩と手を組んで、長州藩を攻撃するのは、帝の覚えもめでたく、飛ぶ鳥落とす勢いの長州を、京から放逐したいだけのこと。
 利害の一致をみた薩摩藩が、会津へ同盟締結を申し出た。

 だが、それは決して討幕派の長州勢から、幕府を守護する忠誠ではない。

 
 手始めに、まずは目障りな長州藩を。
 そして、いずれは徳川の寝首をかいて成り代わり、幕府の権限を掌握したいだけのこと。


 だが、薩摩は半年前の薩英戦争で惨敗し、国元は港も城下町も、ほぼ壊滅状態に陥った。
 内政は混乱を極め、財政的にも 逼迫ひっぱくしているはずの薩摩が上洛し、長州藩と一戦を交える体力などないはずと、誰もが思っていたことだ。
 

 だから、 此度こたびの戦に薩摩藩が加勢したことが、沖田には せずにいた。
 今の薩摩によくそんな余裕があったものだと、ずっと腹の中でくすぶり続けた難問に、土方から、ようやく答えを得た気がしていた。
 
 余裕があったのではなく、余裕が


 蔦屋の六万両という投資を得て、薩摩は息を吹き返し、長州藩と一触即発の危機的状況において、幕府の救世主となり、幕府内での発言力を強化した。

 一介の呉服屋が暗躍し、諸藩の中でも最大の軍事力を誇る薩摩の窮地を救い、 盟友めいゆうの座に君臨した。

 しかし、いずれは討幕に傾くであろう薩摩の後ろ盾になったなら、蔦屋も討幕派ということになる。

 空恐ろしいほどの財力を武器にする蔦屋こそ、長州藩など 歯牙しがにもかけない、討幕派きっての精鋭だ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...