死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

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第三章 LOSE-LOSE

第五話 来いの合図

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 最後は「勝手にしろ」と、吐き捨てて、四つ這いになって蚊帳をくぐり、い草の寝ござに倒れ込む。
 すると、あえて距離を取るように、佑輔が部屋の隅で横臥おうがする気配がした。

 水戸藩附家老久藤家の若君が、布団も使わず、文句も言わず、雑魚寝ざこねに甘んじようとする。

 そうまでしてでも側にいようとしてくれる、ひたむきさと情熱がいじらしく、結局は我儘も強情も許してしまう。

 そんな自分に千尋は内心歯噛みする。
 

 千尋に背を向け、腕枕で佑輔が重い目蓋を閉じた時、背中に団扇の柄が当たる。
 声もたてずに驚いて、背後の千尋を振り向くと、蚊帳のすそをめくり上げ、千尋が顔を覗かせて、掌を上向けたまま、人差し指を二回折る。

 手招きではなく、異人がよくする『来い』の合図だ。


「いいんですか?」
 
 佑輔は自分の目を、疑うような声を出す。

「いいさ、入れよ。蚊帳ん中の方が涼しいだろ」
 
 口では文句を言いながら、誰よりも佑輔に甘いのは自分なのだと千尋は思う。

 遠慮がちに蚊帳をくぐった彼のために、寝ござの端へと無言でいざる。

 そして、蚊帳の隅に畳んで置かれた予備らしき上掛けを投げつけて、再びごろりと横になる。

 いつも花村が蚊帳を吊るし、寝ござも敷いてくれるのだが、今夜に限って上掛けをふたつ用意した。
 主人の帰りが深夜に至れば、佑輔も泊まらざるを得ないだろうと予測した。

 頭が回る番頭は、気働きが利き過ぎて、時折主人を困らせる。
 それなら蚊帳も寝ござも二人分、準備すればいいものを、上掛け以外はひとつでいいと判断した。

 花村のその決めつけが、どうにもばつが悪いのだ。

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