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第一章 OBEY
第三十話 見舞い金
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「ご迷惑をおかけ致しましたのは、当方でございます」
「どういう意味です?」
「どうぞ、お納め下さいませ」
蔦屋が自ら風呂敷包みを解いて言う。
落ち着き払った丸い声。
現れた紫色のふくさの上には、和紙と帯で包まれた小判の山が三つある。
沖田は廊下に面した障子の陰に控えていたが、思わず身を乗り出させて息を呑む。
「なるほど」
しかし、土方は失笑した。
「上納はしないが、見舞金なら出すとおっしゃる」
町人の分際で、壬生浪士組を虚仮にする気か。
土方は固く腕を組み、抜刀の衝動を耐え忍ぶ。
なにしろ、蔦屋は幕府の外国奉行に重用される通詞なのだ。
表立って手は出せない。
すると、蔦屋は用は済んだと言わんばかりに早々に立ち上がる。
「金は金。いかようにお取り下さろうとも結構です」
鉄槌でも下すような返答が、土方の頭上に振り下ろされる。
続いて廊下で控える沖田に優美に会釈し、蔦屋は足音もなく奥座敷を去る。
座敷では、土方が白い帯のかかった小判を前に、身じろぎひとつしなかった。
沖田はかける言葉も見つからず、廊下で息を凝らしていた。
「だったら、どうして……」
土方は、ぶつぶつと口の中で言葉を転がす。
「どうしてわざわざ、こんなに派手に騒いだんだ。三百両も出す気があるなら」
三百両あれば、失った隊士の穴埋めも可能になる。
目の上のたんこぶだった芹沢も、粛清できる。
これでは、やはり蔦屋に窮地を救われたとしか思えない。
「さあ……。私には見当もつきませんが……」
「興味がねえか? 蔦屋の腹の中なんぞ」
あまりに他人事めいた口調で返され、土方は怒りの矛先を沖田に変える。
もともと争い事を避けて通る質の沖田は、色や欲が絡むとなると、毛虫か何かに触れるように顔を歪めて嫌悪する。
「嫌だなぁ。私に八つ当たりは、よして下さいよ」
沖田はおどけるように首をすくめ、一目散に逃げ去った。
いつものごとく土方は、疑惑と憤怒の嵐の中に、残された。
「どういう意味です?」
「どうぞ、お納め下さいませ」
蔦屋が自ら風呂敷包みを解いて言う。
落ち着き払った丸い声。
現れた紫色のふくさの上には、和紙と帯で包まれた小判の山が三つある。
沖田は廊下に面した障子の陰に控えていたが、思わず身を乗り出させて息を呑む。
「なるほど」
しかし、土方は失笑した。
「上納はしないが、見舞金なら出すとおっしゃる」
町人の分際で、壬生浪士組を虚仮にする気か。
土方は固く腕を組み、抜刀の衝動を耐え忍ぶ。
なにしろ、蔦屋は幕府の外国奉行に重用される通詞なのだ。
表立って手は出せない。
すると、蔦屋は用は済んだと言わんばかりに早々に立ち上がる。
「金は金。いかようにお取り下さろうとも結構です」
鉄槌でも下すような返答が、土方の頭上に振り下ろされる。
続いて廊下で控える沖田に優美に会釈し、蔦屋は足音もなく奥座敷を去る。
座敷では、土方が白い帯のかかった小判を前に、身じろぎひとつしなかった。
沖田はかける言葉も見つからず、廊下で息を凝らしていた。
「だったら、どうして……」
土方は、ぶつぶつと口の中で言葉を転がす。
「どうしてわざわざ、こんなに派手に騒いだんだ。三百両も出す気があるなら」
三百両あれば、失った隊士の穴埋めも可能になる。
目の上のたんこぶだった芹沢も、粛清できる。
これでは、やはり蔦屋に窮地を救われたとしか思えない。
「さあ……。私には見当もつきませんが……」
「興味がねえか? 蔦屋の腹の中なんぞ」
あまりに他人事めいた口調で返され、土方は怒りの矛先を沖田に変える。
もともと争い事を避けて通る質の沖田は、色や欲が絡むとなると、毛虫か何かに触れるように顔を歪めて嫌悪する。
「嫌だなぁ。私に八つ当たりは、よして下さいよ」
沖田はおどけるように首をすくめ、一目散に逃げ去った。
いつものごとく土方は、疑惑と憤怒の嵐の中に、残された。
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