死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

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第一章 OBEY

第二十七話 無罪放免

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 しかし、詮議の前に堤がこうして来たのなら、答えは既に明白だ。 

 とはいえ、二、三日は牢屋暮らしを覚悟して、番頭の花村にもそう告げた。
 それが、ひと晩で済んだのだ。
 堤にしては上出来だ。

 そう思いながらも、憎まれ口をたたく千尋に堤は激昂した。


「こっちは寝ずに一晩駆けずり廻ってやったんだぞ! てめぇが無駄に暴れたせいでだ!」

 怒りに任せて堤が木戸を蹴り飛ばす。
 それでも千尋はどこ吹く風で笑んだまま、眠り込む佑輔の、額や頬に汗で貼りつくみだれ髪を、指先でそっと梳き払う。


「少しは静かにして下さい。佑輔は昨日の疲れが残ってるんです」
「人の弟子に縄かけやがって! てめえなんぞ、一生臭い飯食ってりゃいいんだ!」
「そうは問屋が卸さねえから、来たんでしょう?」

 
 千尋の不遜ふそんな反撃に、堤は二の句が告げずに黙り込む。
 そして、つかつか歩み寄るなり、千尋の鼻をひねりあげた。

「この鼻を、この鼻をへし折ってやる!」

 千尋は沖田に首を打ち据えられた、昨日の痛みの癒えない上に、鼻っ柱を鷲掴みにされ、子供のように痛がった。

 そうして朝っぱらからいがみ合う『兄』と『師』たちの喧騒に、ようやく佑輔も目を覚まし、半身を起して二人を見やる。


「どうしたんです。先生まで」


 佑輔は、呂律がうまく回らない寝起きの声で問いかけた。
 けれども堤は肉感的な唇を、硬くへの字に引き結び、今度は弟子へと罵声を浴びせる。


「うるせえ! 帰るぞ!」
「ですが、先生。私たちには詮議がまだ……!」
「詮議なんぞするまでもない。こいつに手なんか出したら、外国奉行が黙っちゃいねえ」
「外国奉行?」
「そうだろ? 千尋」


 佑輔を力任せに立たせた堤は、にやにや笑っているだけの千尋をきつく睨み据えた。


「幕府だって壬生浪なんぞと引き換えに、米英蘭仏《べいえいらんふつ》、敵に回したかねぇだろうしな」
「待って下さい。どういう意味です? 千尋さんがどうして幕府の奉行など……」


 呉服問屋の主人にすぎない千尋が捕縛をされたなら、どうして幕府の外国奉行が動くのか。

 しかも外国奉行は、幕府の外交を担う国の中枢。
 というのも名ばかりで、黒船ペリー来航以来、半ば脅されるようにして、各地で開港し続ける。
 

 そんな外国奉行と、一介の呉服屋との続き柄とは何なのか。
 佑輔は、堤に引きずられながら訴える。


「ちゃんと説明して下さい! 外国奉行がどうしてあなたを……」
「それから、言っときますけど。堤さん」

 堤にさんざんねじられた鼻を手で覆い、千尋は堤を呼び止めた。


「私は何の意図も目的なく、喧嘩をふっかけたんじゃないんですよ」

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