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第一章 OBEY
第二十四話 意地悪
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小窓の付いた木戸が閉じられ、佑輔がほっと安堵の息を吐く。
ようやく腕を離されて、仁王立ちした千尋は心の中で振り上げたままの拳を下ろす機を逃し、決まり悪げに顔を背けた。
その際、舌打ちまでした千尋を 藪睨みした佑輔は、座敷に置かれた行灯の火を吹き消した。
「与力がまた何か言ってこないうちに寝てしまいましょう。もう月があんなに傾いてしまっている」
庭に面した障子の取っ手に手を掛けて、佑輔が夜空を仰ぎ見る。
白い寝着。元結で括られた長い髪。
月明かりが佑輔の怜悧な目元にかかる前髪、額から鼻筋、唇から顎にかけての横顔の陰影を浮かびあがらせ、 一幅の画のようだ。
先程までの気勢はあえなく消沈し、鼓動が俄かに逸り出す。
どれほど見ても、見飽きない。
いつまでも、そこでそうしていて欲しい。
殺気を 滾らせ、剣を奮う姿より、ふとした拍子にぼんやり佇む佑輔が……と、胸の内で言いかけて、湧き出た言葉を千尋は慌てて蹴散らした。
「先に寝るぞ」
ぶっきら棒に言い放ち、千尋は蚊遣りをはぐって 潜り込む。
ひとまずここは、折れてやるとの通告だ。
ぴたりと沿わせた布団の縁を無言で眺め、二つの布団を引き離す。
「あっ、止めて下さい。そんな意地の悪いこと」
障子を閉じた佑輔が、 気炎を吐いて駆けつけた。
蚊遣りに入った佑輔は、距離を置かれた布団の端をくっつける。
「暑苦しいから、ひっつくな」
「嫌ですよ。千尋さんと一緒に寝るなんて、江戸を出て以来じゃないですか」
「ここは宿屋じゃねぇんだぞ? そういう駄々をこねるから、慶喜公に元服を許されないんだ。いい加減に自覚しろ」
「そうです。私はまだ元服前の子供です。揚屋だろうと入牢させられ、心細くなったんです」
「どの口が言いやがる。そんなこと」
ようやく腕を離されて、仁王立ちした千尋は心の中で振り上げたままの拳を下ろす機を逃し、決まり悪げに顔を背けた。
その際、舌打ちまでした千尋を 藪睨みした佑輔は、座敷に置かれた行灯の火を吹き消した。
「与力がまた何か言ってこないうちに寝てしまいましょう。もう月があんなに傾いてしまっている」
庭に面した障子の取っ手に手を掛けて、佑輔が夜空を仰ぎ見る。
白い寝着。元結で括られた長い髪。
月明かりが佑輔の怜悧な目元にかかる前髪、額から鼻筋、唇から顎にかけての横顔の陰影を浮かびあがらせ、 一幅の画のようだ。
先程までの気勢はあえなく消沈し、鼓動が俄かに逸り出す。
どれほど見ても、見飽きない。
いつまでも、そこでそうしていて欲しい。
殺気を 滾らせ、剣を奮う姿より、ふとした拍子にぼんやり佇む佑輔が……と、胸の内で言いかけて、湧き出た言葉を千尋は慌てて蹴散らした。
「先に寝るぞ」
ぶっきら棒に言い放ち、千尋は蚊遣りをはぐって 潜り込む。
ひとまずここは、折れてやるとの通告だ。
ぴたりと沿わせた布団の縁を無言で眺め、二つの布団を引き離す。
「あっ、止めて下さい。そんな意地の悪いこと」
障子を閉じた佑輔が、 気炎を吐いて駆けつけた。
蚊遣りに入った佑輔は、距離を置かれた布団の端をくっつける。
「暑苦しいから、ひっつくな」
「嫌ですよ。千尋さんと一緒に寝るなんて、江戸を出て以来じゃないですか」
「ここは宿屋じゃねぇんだぞ? そういう駄々をこねるから、慶喜公に元服を許されないんだ。いい加減に自覚しろ」
「そうです。私はまだ元服前の子供です。揚屋だろうと入牢させられ、心細くなったんです」
「どの口が言いやがる。そんなこと」
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