死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

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第一章 OBEY

第二十二話 別格

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「千尋さん。腕が痺れてしまいますよ」

 立ち上がった佑輔が、座敷の隅に積まれた夜具から枕を持ち出し、千尋の頭にあてがった。

 反発するかと思いきや、存外に素直に受け入れられた佑輔は、胸の中にぽっと灯りが点ったようになる。
 そんな千尋を団扇で緩く扇いだ佑輔は、細いうなじに貼りつく髪を解いてやる。

 やがて首筋にこびりつく傷の血糊を見咎めて、柳眉をひそめた佑輔が小声で訊ねる。


「痛くありませんか?」
「たいした傷しゃねえよ、こんなのは」

 壬生浪士組の、沖田とかいう男がつけた傷痕だ。
 夜目にも白い絹の肌。一文字いちもんじに浮き上がる赤い刀傷。

 佑輔は頬を紅潮させ、にわかに逸る胸の鼓動を鎮めるために話の筋を変えて訊く。


「……詮議せんぎは一体どうなるのでしょう」
「さぁな」
「とにかく、芹沢側から抜いたことを、立証しなければなりません」
「壬生浪を敵にまわすような証言を、わざわざしたがる奴なんていやしねえ」


 深刻に腕組みをした佑輔を、嘲るように千尋が大きなあくびをした。
 佑輔は、これ以上千尋に問いても無駄だと悟り、口をつぐんで思案を続ける。


 町人だろうと、脇差であれば帯刀が許される。
 だとしても、抜刀への免責は、有事の防御に限られる。

 しかも、斬った数が尋常ではない。

 果たして詮議の場で、ありきたりの防御の言い分が通るのか。
 思いあぐねた佑輔は嘆息した。


 揚屋には南向きの縁がある。
 高い板塀で区切られているものの、沓脱岩で草履を履き、手入れをされた小庭に下りて陽を浴びることも、許可される。


 今は夜風を取り込むために、障子は開け放たれている。
 差し込む月の白い光が、二人を蒼くかたどった。

 
 佑輔が、蚊遣りの煙を見るともなしに眺めていると、手燭台で訪れた見廻り役が木戸の窓から顔を出し、「久藤様」と、小声で招いた。
 錠を外す音がして、千尋がおもむろに振り返る。

「手前どもの本間が与力の座敷にとこを延べさせて頂くと申しております。どうぞ、ここからお移り下さいませ」

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