死か降伏かー新選組壬生の狼ー

手塚エマ

文字の大きさ
上 下
5 / 96
第一章 OBEY

第五話 DO NOT MURDER

しおりを挟む
 若い男の白く細いうなじには、汗濡れた黒髪がなまめかしく貼りついて、微かな刀傷から鮮血が薄く筋を引いている。
 
 沖田は少年の着物のふところを探り、ピストールを抜き取った。

 しかも、それは銃身や銃把じゅうはに蔦を象った金の塗りがほどこされ、工芸品かと見紛みまごうほどに豪華な造りの洋銃だ。


「……油断のならない御人おひとのようだ」
 

 渋面を浮かべた沖田を若い男は、忌々しげに睨んできた。
 江戸や京の豪商にも、洋燈や洋靴と同じように洋銃を、己の財力を誇示するために買いつけて、愛でる者も多くいる。

 だが、この若者が内懐に忍ばせた洋銃は、第二の武器だ。
 金持ち達の単なる『お飾り』。玩具ではなく、人を殺める手段としての機能を発揮する。


 沖田は薄暗い店の土間へ目を向けた。

 遺体となった同志は、袈裟がけや胴払いなど、ほとんどが、ひと振りのみの傷痕しょうこんで絶命している。

 長脇差一本で、これだけの人数に致命傷を負わせるやからが、単なる見栄や御飾りで洋銃を隠し持つとは思えない。
 開眼したまま果てた同士の目蓋を指で覆い、沖田は呻くようにひとりごちる。


「本当に、この人数を町人が……?」
 
 
 彼らは全員、剣の腕を買われて入隊をした猛者もさなのだ。
 にわかには信じられない光景だ。

「立ちなさい」
 
 沖田は暗澹あんたんとした面持ちで、若い男に指示をした。
 
 何はともあれ、この者を壬生の屯所とんしょへ連れ帰り、詮議せんぎをかねて、身元を洗わなければならない。
 幹部に引き合わせる必要もあるだろう。
 沖田は少年の腕を掴み上げた。


 すると、沖田は再び驚いて息を呑み、彼の顔を凝視した。
 沖田の掌に伝わったのは、か細い骨、と心もとない柔らかな肉の感触だ。

 まるで子供のようだった。剣豪どころか、男の腕にすらなっていない。

「あなたは一体……」
 

 沖田は愕然がくぜんとして呟いた。

 しかし、ふいに背後で日が翳り、あらためてまた焼けるように暑くなる。
 沖田を見上げた青年の目も、沖田の後ろの人影を追い、ゆっくり左から右へ移動した。
 瞬時に沖田が振り向くと、

「Do not murder him!」 
 

 若い男は沖田の背後の人影に向けて、耳慣れない呪文のような声を発しつつ、制するように立ち上がる。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鷹の翼

那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。 新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。 鷹の翼 これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。 鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。 そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。 少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。 新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして―― 複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た? なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。 よろしくお願いします。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...