執務室に鍵をかけたら 〜ある日の学長〜

インナケンチ

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バラの花束

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 パパはアルマーズを表情を見て取ったはずだが、その反応はわからなかった。

 貴様のせいで花屋なんぞに頼るハメになったんだ、父親なら息子の気に入りそうな花くらい教えろ!

 パパが首を傾げた。
 身振り手振りでいちゃもんをつけていたアルマーズは諦め、店員に向かって言った。

「花を贈るのはやめておく。邪魔をして悪かった」
「あら、いいの?」
「ああ」

 そう答えながら、アルマーズは思う。
 花束のプレゼントだって?ふん、おれの柄じゃない。慣れないことをしたら、マリオンは喜ぶどころか不審に思うだろう。

「学長!」

 その声に振り返ると、マリオンが立っていた。
 私服姿のマリオンは相変わらず学生のように若く見えた。無地Tシャツの上に綿のジャケットを着て、ゆったりしたシルエットのジーンズを履いている。美しい赤毛も自然なままで、好きな方を向いた毛先が風に揺れていた。
 両手を後ろで組んで恥ずかしそうにはにかんでいる様は、なんともいじらしい。
 右目に負った小さな星型の傷は、よくよく近づいて見なければわからない程度に収縮していた。

 10歳も年が離れた美しい青年とつき合うという事実を、アルマーズはなかなか受け止めきれずにいた。親友のチトリンに励まされてこの日を迎えたなどと、到底マリオンには言えない。

 自分の顔をじっと見つめるアルマーズを見つめ返したマリオンは、はっとなにかに気づき、顔をしかめた。

「ごめんなさい、つい、“学長”って」
「ああ……いいんだ、気にするな、呼びやすいように呼べばいいさ」
「はい。早く来たつもりだったのに、もしかして、待ちましたか?」
「いや、おれも来たところだ。走ったりしてないだろうな?」
「もう走っても平気ですよ。コルセットも、そろそろ取っていいって」

 マリオンは胸を撫でながら答えた。

「無理はするなよ……その、今日は、どこか行きたいところはあるか?」
「あなたと一緒なら、どこでも」
「そ、そうか……じゃあ、とりあえず飯を食うか。おれがよく行く店だ、言っておくが、洒落た店じゃないぞ」
「もちろん、いいですよ。おれもこんなラフな格好だし……外じゃなくて、家でもいいかなって思いますけど……」
「家?おれの?」

 マリオンはこくりと頷くと、少し背伸びしてアルマーズの耳元に顔を寄せた。

「パパに邪魔されないように」

 そう囁かれ、アルマーズは驚いた。
 マリオンは頭を傾げ、駅舎のほうへ視線を投げた。その先は、まさにパパが立っている場所だった。その道のプロであるパパがいくら気配を消しても、マリオンに対しては無駄だったようだ。
 アルマーズは露骨に渋い顔をして、首を横に振った。

「だめだだめだ、やつのことだ、きみを家に連れ込んだりしたら、なにをするかわからないぞ。玄関の鍵を開けるくらい容易いだろう」
「連れ込むって……おれたち、つき合ってるんですよ?」
「そ、そうかもしれんが……ここはひとつ、段階を踏んでだな」

 マリオンは肩をすくめた。が、すぐに気を取り直してにこっと笑い、後ろに組んでいた手を前に出した。

「わかってます。はい」

 マリオンはその手に、小さな花束を持っていた。少しピンクがかった白バラだった。
 アルマーズは面食らった。

「これは?」
「おれの気持ちです」
「おい、おれは女の子じゃないぞ」
「そうは言っても、おれも男だから。受け取ってください」

 手を伸ばしつつ、アルマーズはまたパパのほうを見た。
 マリオンはアルマーズの頬に手を添えて自分のほうへ向かせると、花束を手に握らせた。

「どうしてパパを見るんです?」
「やつが見てるからだ!」
「じゃあ、キスもします?」
「なんでそうなる?」
「パパのことなんか気にしてほしくないんです。おれだって、あなたにはおれだけを見ていてほしい」
「……わかった、わかったから、そういう大胆なことを平気な顔で言わないでくれ」

 頬を赤らめたアルマーズは、これでは心臓がもたん、と思った。
 ふいに香った可愛らしい花束に鼻の頭を近づけ、

「いい香りだ。中庭に植えたやつが咲いたんだな?」

 マリオンは目を丸くした。

「小学部の造園部と一緒にコソコソやっていただろう?」
「気づいてたんですね」
「そもそも造園部にあの中庭を造らせたのはおれだぞ。校庭はいかにも人工的に整然として気に入らなかったんだ」
「それで、渡り廊下の柱にはセイベルのタイルを」
「ああ」
「なあんだ、驚かせようと思ったのにな」
「十分驚いたさ」
「まだです。もう少し、驚かせてあげますよ」
「?」

 マリオンは腕時計を確認すると、アルマーズの腕をそっと引いて、パパがいるほうを見た。
 アルマーズも釣られてそちらを見て、唖然とした。

 両手に余るほどのバラを抱えた子どもたちが、パパを取り囲んでいた。
 『マラザフスカヤ造園部』と背中にプリントされた揃いのスウェットを着た小学部の生徒たちだった。
 悪党どもや警察に囲まれるのは慣れているパパでも、さすがに狼狽えている様子だ。
 マリオンがくすっと笑った。

「なんだかんだ言って、子どもたちを邪険にしないんだな」
「やつが来ると知っていたのか?」
「来るだろうな、とは思ってました。パパは本物の地獄耳を持ってますからね。案の定、フルスタルが忠告してくれて」
「あいつ、こっちを見てなにか言っているぞ」
「気にしないで。いまです、逃げましょう」
「待てマリオン!」

 アルマーズは、駅へ向かって一目散に駆け出したマリオンを追った。
 なにか喚いているパパを尻目に、ふたりは駅舎に飛び込むと、改札を抜け、地下のホームへ降りるための長いエスカレーターを駆け降りる。
 ふたりがホームへ降り立ったちょうどそのとき、同時に、両側の線路に車両が進入してきた。
 右の車両に乗れば、カミニシティ行き。
 左の車両に乗れば、アルマーズの自宅があるチハ行き。
 アルマーズはマリオンの手を握ると、迷うことなくチハ行きの電車に飛び乗った。

「こっちでよかったんですか?」

 アルマーズの乱れた息が整った頃、マリオンが遠慮がちに尋ねた。

「走るなと言っているのに……外にいたらまたきみは無茶をするだろう、怪我が完治するまでデートはおれの家で……」

 早口で言ってから、アルマーズは唐突に言葉を詰まらせた。

「いやその、だいたい、花なんぞ持ったまま外をうろつくのは恥ずかしいじゃないか」
「確かに。家に花瓶はあります?」
「いや、ないな」
「じゃあ、買って帰りましょうか」
「きみが選んでくれ」
「はい」

 マリオンは嬉しそうに微笑むと、握り合ったアルマーズの手の甲にもう片方の手を添えた。
 アルマーズは花束を持った手を荷台の枠に置き、そっぽを向いた。
 乗客はそこそこにいた。しかしだれもが他人への関心は薄い。
 花束を持った大柄な男と美しい赤毛の青年が固く手を握り合っていても、好奇の目を向ける者はいない。

 アルマーズは真っ暗な車窓を見つめるマリオンの後頭部を見下ろし、思った。

 花束を贈るのはおれらしくないが、じゃあ、貰うのはどうなんだ?
 ふむ……悪くないのかもしれない。おれのためにバラを摘むマリオンの姿が目に浮かぶ。

「マリオン」

 小さく呼ぶと、マリオンが顔を上げた。
 アルマーズは背を丸め、そっと額に口づけた。
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