C-LOVERS

佑佳

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LOVE

4-2 come off what the mask

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 翌日──枝依中央ターミナル駅北口改札。


「柳田さんっ」
 一五時に、ターミナル駅北口改札での待ち合わせとなった、善一と蜜葉。人ごみに互いを見つけ、やがて距離が詰まる。
「ただいま、Signorina」
「おっ、おかえりなさい、です!」
「フフッ、いいなそれ」
「え?」
「あぁ、ううん。なんでもないよ。で、『YOSSYさん』だよ」
 対面し、へにゃりと笑む善一へ、蜜葉はほっとひと心地がつく。
「やっと会えて早速ですが、こちらをどうぞ」
 そうして、後ろ手に持っていた紙袋を差し出す。ハテナを浮かべる蜜葉に、善一は笑みを深めた。
「世界各国のお土産です」
「わっ、えっ?! よろしいんですか?」
「もちろん。キミに渡すこの瞬間を思い描いて、僕も楽しみにしてたんだから」
 光舞い散るほどのオフィシャルスマイル。目が眩んで、真っ赤になる蜜葉。
「あの、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
 いそいそしながら、「それでね」と紙袋の口を開ける善一。
「飛び回った先でいろいろ買ったんだけど、長期だったから飲食物にできなくて、ほとんど雑貨になっちゃった。あぁでも、コペンハーゲンで有名な紅茶屋さんに寄ってさぁ」
 取り出されるひとつの缶容器。真円形のそれは、高さはないような浅いタイプ。
「わあ! かわいいデザインですね!」
「でしょ? ロイヤルミルクティにオススメの茶葉だよ。店員さんに教えてもらったから、間違いなし。よかったら、自宅で試してみて」
 キョトンとする蜜葉は、不思議そうに首を傾げる。
「よくわたしが、ロイヤルミルクティが好きだって、わかりましたね?」
「フフーン、知らなかった? 僕ね、超能力が使えるんだよ」
「フフッ! はい」
「んじゃひとまずこれはこれとして」
 缶容器が丁寧に紙袋へ戻される。
「ちょっと大きいし重たいから、そこのロッカーに預けちゃおうね。帰りにここに戻ってくるし」
「あ、いえ、持てますから。大丈夫ですよ」
 小銭を既にその手に持っていた善一は、そのまま柔く蜜葉の右手をさらい、コインロッカーへ早足で向かう。土産物でいっぱいになった紙袋を、中段のそこへ入れ込んだ。
「身軽のがよくない? ガッコの鞄も入れちゃえば?」
「いっ、いえ、片時も離れたくはなくてっ」
 咄嗟に、左肩にかけた合皮の黒い鞄の紐を握り締める。まるで警戒心を剥き出しにしたかのような仕草に、互いに意識を跳ね上げて。
「あっえと、デザインノートと、という……」
 俯き、申し訳なさそうにする蜜葉の頭頂部を見て、密やかにきゅんと胸に抱く。くす、と笑んでから、善一は首肯を向けた。
「うん、わかった。重くなったら持ったげるから、遠慮しないで言ってね」
 鍵がかけられ、「さて」と蜜葉へ向き直る。
「どこ行きたい? なんか思い付いた?」
「えっ、あの、全然その」
uh-huhうーん……駅ビルでもウィンドウショッピングする?」
 細長い右人指し指が刺した方向は、天井。三階より上階は、ターミナル駅直結の高層商業ビル。
「みっ、未踏なので、それがいいですっ」
「行ったことなかったんだ?」
「気軽に外出するのは、禁止されてたので。でも、最近は少しだけ、緩和されたんですよ」
「フフ、進展だね」
 よかった、と微笑まれると、蜜葉は幼子のように舞い上がった。
「はい。ではお手をどうぞ、Signorina」
「へ?!」
 不意に差し出される、善一の左掌。目を真ん丸に、顔を真っ赤に、そして硬直。
「あ、やっぱりマズイかなぁ」
 その青春時代をヨーロッパで過ごした善一からしてみれば、ハグや手を繋ぐことに躊躇いはほぼない。しかしここは日本で、目の前にしているのは『人馴れ』していないとんでもなく無垢な一七才だということに、はたと気が付く。
「えと、あの」
 顕著な戸惑いが見て取れる彼女を目の前に、ギッギッとぎこちなく戻される左掌。薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズの奥の瞳が凍る。

 少しでも自然なかたちで近付きたい、善一。しかしそこには年齢差のみならず、相手が『未成年』という壁がある。
 片や、自らの欲求よりも恥ずかしさが先立つ、蜜葉。『大人の男性』に優遇ちやほやされるなど、夢物語でしかなかったわけだ。

「えっと。じゃあそれは、またの機会に、しよう」
 酷くぎこちない笑みになってしまった善一は、調子を狂わせてくるこの少女の本心が読み解けず、不安を胸に抱いた。
「は、はい。その、すみません」
 右隣からついてくる彼女の歩幅を気にしながら、駅ビルへと歩を進める。

 この前は肩を引き寄せて、そうしたら赤くなって、必死に照れていた。あれは気恥ずかしさではなくて、マジで嫌がられてた?
 あれ? 好意を向けられていると思ってたの、俺だけ?

 憶測の域を出ない、蜜葉の本心。知りたくて知りたくて、しかし知ったその先を、善一は上手く思い描けていない。恋愛に於いては『物理強行』を常としていた善一は、それによる心の繋がりのやり取りを、実は一度もしたことがない。
「あ、あのっ。モスクワ、寒かったです?」
 投げられた質問が、善一の集中をブツンと切った。振り返り、いつもの笑みを向け、「まぁね」と口を開く。
「サムがブルブル震えてたよ。彼、寒いの苦手でさぁ」
 「サムなのに」と言いかけて、コンマ何秒のうちに止める。今のは複数の意味で酷いなと、戒めるために咳払いをひとつ。
「ふふ、確かにロシアは寒いですから、仕方ないかもしれないですね」
「そうだね」
 自然な笑みがこぼれる蜜葉を横目で盗み見て、しかしその笑みも自分自身が引き出したかったのに、と歯痒く思う。
「お二人、今はお昼寝ですか?」
「ううん。良二のところで留守番だって。土産話を散々したいから連れていけって、二人から言ってくれてさ」
「そん……ホントに、柳田さんはわたしとお会いしてて、よろしかったんですか?」
「うん。だって、誘ったのは俺からだし。それにね、『気にしないでくれ』ってしつこく釘刺されたんだよ、飛行機ン中でも」
 モスクワ発の九時間半で、みっちりねっちり『別行動』を切望された善一。二人の本心は、相変わらず手に取るようにわかる。
「あの二人、なんだか気を回してくれたみたいでさ。ありがたく甘えて、だからこうしているというわけです」
「気っ、を回」
「まあそれに、良二とSignorina若菜に『どうしてもお土産持って行かなきゃ』って言うのもあってね」
「そ、そうでしたか」
 罪悪感がまるで少しずつ晴れるように、蜜葉はサムとエニーや若菜の話題になると、ハッキリとした笑みを向けた。
「あの、後日埋め合わせをするので、と、お伝えください」
 やはり複雑な心境の善一。苦い想いを胃酸に浸ける。
「はい、かしこまりました、Signorina」

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