C-LOVERS

佑佳

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LUCK

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 枝依西区『西大学街駅』の東口──二四時間営業スーパー。


 来客用善一・サム・エニーのブリックパックのココアを三本。
 良二のタバコをワンカートン。
 プチンと押し出せる大きなカップのプリンをふたつ。
 『とろりん生クリーム オン』の大きい表記が目に飛び込むプリンをひとつ。
 そして、杏仁豆腐をひとつ。

 それらを、自ら手編みしたエコバッグに入れ、左肩に掛けた若菜。
「サムエニ、こっちですよ」
 紛れてしまうほどの人波はないものの、万が一はぐれてしまっては取り返しもつかないわけで。手を繋ごうかと両の手を差し出すが、しかしやはり、小さな双子は警戒心を緩ませることはない。二人で固く繋いだまま、若菜の三歩後ろを追う姿勢を貫いてくる。
 不馴れながら、若菜は口角をニイと持ち上げ「OKです」と親指を突き立てるサムズアップ
「じゃ、事務所戻るからしっかりついてくるんだぞ」
 チラリチラリと周囲を気にし、若菜は事務所へと一歩を踏み出した。
「わっ、若菜っ」
「はいっ!」
 呼ばれた、と若菜は硬い髪の毛をひるがえし、嬉々ききとして振り返り直す。サムがそこそこに鋭いまなざしを、若菜へ刺して立ち止まっていた。
 三歩の距離感を保ったまま、若菜は「どうしましたかっ」と声を弾ませる。視線の鋭さが気にならないのは、常日頃から良二のそれに慣れてしまったためで。
「えと、終わったかな、話? ヨッシー」
 サムは日本語をじっくりと選ぶように、言葉を捻り出した。
「ああ、依頼の?」
「イライ……ごめんなさい、『イライ』わからないでもけど、ヨッシーとリョーちんの話、ボクが邪魔したら、あの、がっかりするでしょ? ヨッシー」
 サムがそうして申し訳なさそうにシュンと小さく背を丸めるので、若菜は「なんだ」と空を仰いだ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと様子窺いしてから入りますから。で、終わってなさそうだったら花屋にでも行きましょ。あーえーっと、『花』だから、は……ふ、『フラワーショップ』!」
花屋flower shop……」
「ふわあ、発音スゴい綺麗だなぁ……って、当たり前だっての私っ」
 セルフサービスのノリツッコミ。サムとエニーには空振り。
 若菜は気恥ずかしさから「い、行きましょか!」と歩みを進めた。
「若菜もパフォーマンスやる人なの?」
 三歩後ろからかけられる質問。雑踏に負けない、透き通る声だと若菜は思った。
「はい。でも『あんまり』上手くなくて、練習中です」
 半身を振り返りながら答えた若菜。わざわざ強調した「あんまり」には視線を逸らす。
「サムエニは? なんかするのか?」
「うん。ヨッシーの慈善公演charity助けhelpするから、ちょっとずつ」
「チャリティーのヘルプ……って、手伝い?」
「『テツダイ』? ヘルプはテツダイ?」
「そーですね、うん、多分そう」
「じゃあそれ。テツダイ」
「なんの手伝いするんですか?」
「もちろんパフォーマンス!」
 まるで花の咲いたように、若菜へそうして初めて笑みを向けるサム。隠れ気味のエニーも、満足そうにカクカクと首を上下に揺らしている。
「ぅえ?! もしかして、YOSSYさんに『パフォーマンス』そのものを教えてもらってんの?!」
「うん。ボクもエニーもだよ」
「え、えぇ……」
 じわり、平たい胸ににじみ抱く気持ちに、若菜は硬直こうちょくする。

 いくら懸命に頼んでも、決して弟子にはしてもらえなかったのに、不遇な環境にいた双子の子どもたちへは、簡単に指導鞭撻べんたつがなされているのか──そうして、「こんなに幼い二人に先を越された」と歯痒く思う若菜。しかしその一方で、『そんな二人に嫉妬している自分自身』にもショックを受けていた。
 小さいこと、大きなこと、そんなことはわからないが、「そんなこと」で片がつくことを気にしている現状ほど、若菜の忌み嫌うものはない。

「あっ! だったら──」
 ピカンとしたひらめき。
 カツカツカツ、と早足で三歩分二人へ寄る若菜。サムもエニーも肩を縮み上げたものの、若菜の勢いには間に合わない。
「──サムエニと私は、兄弟きょうだい弟子でしですよっ」
 すとんと双子の前しゃがみ、つりがちな目尻をいびつに曲げた若菜。
「え?」
「兄弟弟子ですっ。えーと、YOSSYさんが『師匠』で、サムエニは教えてもらう側だから『弟子』。私も、いずれは教えてもらう立場だから『弟子』……(仮)カッコかりだけど」
「ボクとエニーは兄妹きょうだいだけど、若菜は姉弟きょうだいじゃないよ?」
「血の繋がりのことじゃなくて、同じセンセから教わる者同士ってことです」
「センセ? ヨッシーが先生?」
「細かく言うと違うんだろうけど、似たような感じというか。私英語わかんないし、日本語の説明もあやふやだし、そこもまぁ、大体そんな感じということで!」
 若菜の言っていることが六割しかわからず、サムもエニーも、ゆっくりとまばたきをひとつ、ふたつ。
「だから、私はこれから、サムエニには敬語で話すことにします。いいですかオケー?」
 そうして小首を傾げた若菜は、ニッタァリと笑みを深くした。
 この提案は、上下関係の明示を試みたものだった。「双子の背も追いかけますよ」という、若菜なりの意思表示。それは、弟子入りを諦めないという決意表明にも近い。

 確かめるように顔を見合わせる、サムとエニー。
 返事待ちの、いびつな表情の若菜。

「ふっ! ふふふ」
 そのうちに、エニーがそうして小さく笑みをこぼした。くるりと深い灰緑の双眸そうぼうを若菜へ向けるエニーは、細く消えてしまいそうな日本語を話しだす。
「若菜、って、考え、読めない」
「え?! そ、そーかな」
 わからないことを増やし、悩ませてしまったろうか──若菜は瞬時に過ったが、エニーがそれを優しく砕く。
「エニー思う。若菜、イッショケンメ一生懸命、楽しい毎日ライフポジティブpositive、嘘ない。とってもいいね。エニー、そう思う」
「嘘ない、ポジティブ?」
 簡単に若菜の本質を見抜いてしまったエニー。
「だから、若菜とは、話しててもヘーキ。きっとprobably
 まるで、天使にでも微笑まれたかのようなエニーのその表情。躊躇ためらい、どこか恐々こわごわとし、しかし前向きな印象を持ったことが把握できる態度と雰囲気。
「エニーがヘーキは、ボク嬉しい」
 サムの優しい笑みを見て、双子の無垢さや互いへの配慮を目の当たりにする若菜。
「そっか。……あぁ、そっか」
 一旦目を伏せ、五秒硬直。
 若菜は、ほんの一分足らず前に自分が二人へ抱いた嫉妬心と歯痒さを、「そうじゃない」と考え至る。

 二人にあって、私にはないもの。それをYOSSYさんは二人の中に見つけて、伸ばすために芸を教えることにした、のかも──半信半疑の推測に辿り着き、そしてそれがしっくりとくる。

 果てに、瞼を上げた若菜は、二人をそれぞれ見つめた。
「今、なんか二人のこと、『スゴい』って思いました」
 ただ笑むばかりの双子。柔らかく、穏やかなハテナがその頭上に浮かぶ。
「二人はやっぱり私の兄弟子ですっ! 私も、もっともっと頑張りますねっ!」
「若菜キラキラなったね」
「えへっ?! そおですか?!」
「キラキラ、今、無くなった」
「ええ……そうなんですか?」
「若菜いろんな顔する」
「んっふふふ、そうでしょうそうでしょう? 私、面白い?」
「おもしろい、とは、違う」
「そんなぁ。エニー残酷ですゥ」
「若菜、手、繋いであげる」
「えっ! マジっすか?!」
「マジ? 何?」
「『本当』って意味ですよ。だから今のは『ホントですか?!』、です」
「若菜のトーク、日本語の勉強、なる、エニー」
「少しボクも」
「うへへへぇー? そうかなぁー? じゃあ変なこと教えないようにしまぁす!」
 握り繋がれた、右手の先にはサム。左手の先にはエニー。
「うっふふふ、のんびり帰りましょっかー」
 天使を連れて歩くのも、悪くはないなと思う若菜。仰いだ空の曇天が、わずかに割けていた。

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