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佑佳

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HOPE

7-2 creation is the only thing

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 日本──枝依えだより中央ターミナル駅前。


 爽やかで、高く抜けるような青空──ではないですね。今日のお天気は薄曇り。

 わたし、小田おだ蜜葉みつばといいます。枝依市内の学院大付属高校の二年生です。
 今、高校からの帰り途中。枝依中央ターミナル駅近くの大きな文具屋さんを、ゆっくりとうろうろしています。
 本当は、寄り道をすることそのものを禁止されています。学校にではありません。
 両親に、です。
 でも、ノートが無くなりそうで困ったので、買いにいかなくちゃと思って。突発的とはいえ、これは『仕方のない』寄り道ですから。ね? そうなんです。多分。

 店内には、目移りしてしまうほどの魅力的なアイテムが、所狭しと並び揃っています。
 色鮮やかに並べられたノート、手帳、ペンやテープ。付箋ふせんなんかも購買意欲をくすぐるような、きゅーんとしたものが多くって!
 でもでも我慢です。
 私はぶんぶんと首を振って、ノートだけを見てまわります。

 わたしが欲しいのは、B5大のノート。できればリングノートが好ましいですが、デザインを重視してしまうのはわたしの癖のひとつ。
「これ、とってもいい」
 比較的すぐに見つかったそれは、クローバーの模様が入った若草色のノート。わたしの名前──蜜葉にちなんでいるような気がして、すぐにこれに決めました。ちょっと欲張って三冊買ってしまおうかな。あんまり気軽には、来られないから。
 すぐ近くに、そのノートのデザインとお揃いのようなシャーペンも見つけてしまいました。きっと、同じメーカーで同じコンセプトの商品でしょう。シルバーで縁取った三つ葉のクローバーのチャーム飾りが、小さなチェーンに繋がれて下がっています。
 小さくて可愛いなぁ、と胸がきゅんとしたので、購入を決定。
 お代金を支払った際に、ペンはノートと同じ袋には入れてもらいませんでした。商品そのままを、すぐに制服の左胸ポケットにそっと刺してみたのです。
「ふふ、寄り道してよかった」
 歩く度にチャランチャランと可愛らしく揺れてくれる、クローバーのチャーム。つい頬が緩んでしまいます。
 とってもいいお買い物をしました!


        ♧


 文具屋さんを出て、枝依中央ターミナル駅へ向かって歩いていたわたし。
 文具屋さんから駅までの間には広場がありまして、そちらから歓声や拍手がワアと上がって、賑わっているのが見えました。
「…………」
 あの人だかりの真ん中は、何をやってるんだろう?
 なるべく早く帰らなければ、と思いながらも、ついつい歓声に立ち止まってしまう。
「うう……」
 胸の辺りが、ちょっとだけうずうずします。これが一時的な好奇心だってことは、わかってるんですが、その……。ああ、やっぱり勝てません!
 わたしは早歩きで、人だかりへ寄っていきました。二分くらいなら、見てもいいかな。ほんの少しだけにしておかなければ、ええと、親に、とがめられたりしますので、その。

 人と人との合間からこそこそと、上半身をあっちへやったり、こっちへやったり。わたしの身長は一六二センチで、女性の身長平均値に近いです。でも、さすがに大人の男の人に阻まれているここからでは、なかなか中央が見えません。
「わぁ」
 しばらくそうやって奮闘していると、わずかな隙間からようやく中央の人物が見えました。スラリとした長身の男性が一人、両腕を広げて何かをなさっているような。

 一目であらゆる気を惹くオーラ。
 ブルーアッシュのサラサラしたストレートのベリーショートヘア。
 上がりっぱなしの口角。
 その体に馴染ませているのは、つややかで高そうなブランド物のスーツ。
 灰青色のレンズがはめ込んであるシルバーフレームサングラスが、わずかに射し込んだ太陽光にキラッと反射して。

 有名な方、なんでしょうか。いまいちうとくてわからないのですが、「キャー」とか、「カッコいい」とか、絶えぬ賛辞を受けてキラキラと輝いているように、わたしには見えます。
 しかし、彼は何をしているのでしょう。人と人との合間からでは、詳細には見られません。
「…………」
 それなのに、こんなにもはっきりとわかる、彼の晴れやかな笑顔。あんな表情で人前に立ち続けられる彼は、きっと、とても、強い引力を持ったお人なんでしょう。
「すごいなぁ」
 握り締める、左肩に掛けた鞄の紐。
 漠然としかわからないのに、喝采を浴びる彼を見ていたら、なんだか泣きたくなってきました。油断すると、涙がこぼれそう。
 ふるふるふる、と下から上へ抜けるような鳥肌を感じました。これは、『感動の気持ち』でしょうか。

 ゾワゾワと波立つ気持ち。
 うずうずする『アイディア』のアンテナ。
 まるで触発されたように、わたしの『創作』の芽がポンと芽吹いて。

「──描きたい」
 小さく独り言がれて、わたしは人だかりから数歩離れました。駅からも少しだけ離れてしまうけれど、でもしっかり彼のことが見える位置にベンチがあって、しかも空いていて。
 静かに腰を下ろすわたし。
 鞄からさっき買ったノートを取り出して、最初のページを開きます。胸に刺した、買ったばかりのシャーペンの先を、迷いなく、思うままに滑らせて。
 チラチラ、彼とノートを交互に眺めながら、輝く彼をスケッチ。あ、このことは内緒ですよ。どうか、彼にも気が付かれませんように。

 立ち姿が凛としていて、彼のみなぎる自信に鳥肌が止まらない。ノートと行き来しているから、彼が何をやっているのかはやっぱりわかりませんが、この上なく楽しそうで、素敵。周りも楽しそうで、もっと素敵。
「いいなぁ……」
 彼のように、わたしも誰かを笑顔に出来たらいいなぁ。
 彼のように、わたしの『創作物』も誰かの心に刺さったらいいなぁ。
 私がいいと思ったのだから、もしかしたらもう一人くらい、世界のどこかの誰かも同じようにいいと仰ってくれるのではないかな──そんな期待が、少しだけ、本当に少しだけ、私の中で疼いて。

 想像したものが、思いどおりに描き上がっていく様は、とても心地いい。もっと言うなら、これが実物になったとしたならを考えるだけで、鳥肌が立ってしまうんです。その瞬間に、どれだけの感動が私を満たすのかな、なんて思うのです。

 今日買ったのは、わたしの趣味である『デザイン創作』のためのノート。今やっているのは、デザイン創作のための地盤構築のための、練習のようなもの。

 このことは誰にも、絶対に絶対に、秘密なのです。

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