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5話
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三時間目が移動教室だったので、オレは同じクラスの友人たちと連れ立って校内を歩いていた。ただ、どんな授業を受けようと、どんなに楽しく会話をしようと、オレの頭の中の半分は相変わらず高城先輩のことで充ちている。
あのあと大丈夫だったのだろうかとソワソワしてメッセージを送ったが、やはり未だ返ってきていない。放課後になるまではスマートフォンを触らない人なのだろうと決めつけて、嫌な考えを深く巡らせないように努めていた。
だが運の悪いことに、体育館に繋がる渡り廊下であのキツネ顔の先輩と鉢合わせてしまった。
「あ、ラッキー。『後輩』くゥーん、意外と早く会えたなぁ」
オレたちを見つけるなりあのねっとりとした笑顔になって、人二人分の幅しかない渡り廊下をズカズカと大股で歩いて向かって来た。オレと一緒にいた友人たちをわざわざ掻き分けてオレの目の前までやって来る。こういうところが、既にヤツとは仲良くなれそうにない。
「やっぱ一年だったんだな。もう学校には慣れまちたかァ?」
面倒なことに、ヤツはニヤニヤした男子生徒を三人も引き連れていた。とりまきというやつなのだろう、『仲のいい友人』ならこんな風に一人の後ろを追うように歩いたりしない。嫌悪感を出しすぎないようになるべく真顔を決め込む。
「なんかオレに用っスか」
計四人に囲われてしまったので、友人たちを巻き込みたくないオレは「先行ってて」と短く告げた。それでも遠くからチラチラと様子を窺ってくれていたので、目配せで「平気!」と振る舞っておく。
「丁度いいからお前の名前教えとけよ。さっきはせっかく訊いたのに鈴に邪魔されたからな」
「『名乗りはみずから』って法則、知らねぇんスか? まずは先輩が手本見してくださいよ」
「ッハ! 何その法則? キモ。つーか歳上にもの頼む態度じゃなくね? それとも、自分のお名前わかりまちぇんかぁ?」
ケラケラととりまきたちと嗤われる。
何がしたいんだろう、わからないことだらけで話にならない。オレもイライラしているから尚更なのだけれど、今はどのみち話をしたところでわかり合えなさそうだ。
「なんでそんなにオレに固執するんスか。朝三〇秒くらい顔合わせただけっしょ、しかも『初めて』。それとも自信も余裕もねーんスか? どこの誰かもわかんねーような俺すら怖いの?」
ばん、と突然、渡り廊下の壁に左肩を押し付けられたオレ。力技の壁ドンだ、肩と背中を打ち付けた。ちょっと痛いし、ついでに言えば『壁ドン』を男にやられても全然嬉しくない。まぁわざと挑発したんだから、こうなってしまうのも当たり前っちゃ当たり前だけど。
キッと睨み返すよりも先に、ヤツはオレの胸ぐらを掴み上げて顔まで近付けてきた。更に嬉しくない。
「あんま調子こいてんなよ、チビガキ。テメーが『ひとの女』に手つけようとしてっからだろうが」
「高城先輩はアンタの『所有物』じゃないし、そもそもとして『物』じゃない。高城先輩が誰と話そうが自由だ」
「ルセぇよ。三年の話に何も知らねぇ一年が頭突っ込んできてんじゃねーっつってんの。わかんねーかね?」
「アンタこそ部外者なんだよ。ただ部活の話してただけでこの剣幕とか、過剰反応だと思わねーの?」
さっき高城先輩がヤツにそう伝えていたのだから、ここは先輩に話を合わせておくにかぎる。この意味不明な怒りの矛先が先輩に向けられるのだけは避けたい。
粘り気のある視線は「ふぅーん?」と何かに納得した様子を見せた。そのあとで再びニタァと卑しく笑むと、近付けていた顔をようやく離した。
「何も知らねーテメーに教えとかなきゃなんねーことがあるな。昼休みの終わり一〇分前にデンに来い。それより早くても遅くてもダメ。わかった?」
「バカかよ。オレがそんなんに大人しく従うと思う? 随分ぬるま湯な考えしてんだな」
「フッ。なんとでも言ってろ」
ようやく放される胸ぐら。チクショウ、襟首やネクタイがしわくちゃになってしまった。
「ちゃあんと来るんだぞォ? じゃねーと、優等生な鈴蘭センパイがどーなっちまうかなぁ?」
「は?」
聞き捨てならない捨てゼリフだと思って、オレは怪訝にヤツを睨む。しかし効果はなく、くるりと背を向けて去っていった。
三人のとりまきも、襟首を直すオレをニヤニヤと眺めながらヤツについていく。「金魚のフンが」と悪態づいて、オレはようやく先に行かせた友人たちを走り追った。
❖
「菅平っつーのか、あのキツネ顔」
「そう。あ、いや、『キツネ顔』に俺が賛同したのは聞かなかったことにしてな?」
「心配すんなよ。アイツが吹っかけてきたいざこざに誰も巻き込んだりしないから」
授業が始まるわずかな時間で、友人の一人があの先輩の名前や詳細を教えてくれた。
「あの人、菅平校長の孫なんだけど、その立場で結構ヤバいことやってきてるらしいんだよ。もちろん校長本人も知ってる。公にしたらマズいことも何件か揉み消したことあるらしい。部活の先輩から聞いたから間違いない」
そんなことがあっても、校長が変わるどころか菅平先輩自身への処分はないに等しいのだろう。さっきのようにちょっと脅しを吹っかければ、これまでのことを知っている在校生なら簡単に萎縮して従うしかないという構図なのだ。
「先生たちも目を瞑るしかないんだろ。ほら、慈み野って私立高じゃん、私立の先生って一般企業の雇用と変わんねーから、公立みたいに転勤とか『飛ばされる』とかないんだよな」
「あー、だからたてつけばクビ切りってわけね。無職待ったなしか」
「いくらなんでも、余計なことに首突っ込んで無職になりたかねーよなぁ」
そうだよなぁと頷き合ったところで、高校生になりたてのオレたちが何の話をしてるんだか、と失笑する。
「丈、気を付けろよ。菅平先輩には近づかない方がいい」
「うんうん。バスケ部の先輩もテニス部の先輩も『菅平』には近付かないって言ってた。最悪丈が学校辞めさせられるかもしんねーし」
「うんうん。菅平先輩がどんな顔してるのかわかっただけでも収穫だったってことにしとこうぜ。な?」
心配の目を向けてくれる友人たち。ありがたいが、知らない間に既にこの身ごと突っ込んでしまっているんだ。申しわけなさの背徳感を圧し殺しながら「サンキュな」とから元気のように笑んだ。
友人たちには、ヤツから昼休みに呼びつけられていることは伏せておこう。巻き込まないと決めたら徹底的に巻き込まないようにしなくては。
菅平とのよくわからない因縁は、オレだけでなんとかしなくては。
あのあと大丈夫だったのだろうかとソワソワしてメッセージを送ったが、やはり未だ返ってきていない。放課後になるまではスマートフォンを触らない人なのだろうと決めつけて、嫌な考えを深く巡らせないように努めていた。
だが運の悪いことに、体育館に繋がる渡り廊下であのキツネ顔の先輩と鉢合わせてしまった。
「あ、ラッキー。『後輩』くゥーん、意外と早く会えたなぁ」
オレたちを見つけるなりあのねっとりとした笑顔になって、人二人分の幅しかない渡り廊下をズカズカと大股で歩いて向かって来た。オレと一緒にいた友人たちをわざわざ掻き分けてオレの目の前までやって来る。こういうところが、既にヤツとは仲良くなれそうにない。
「やっぱ一年だったんだな。もう学校には慣れまちたかァ?」
面倒なことに、ヤツはニヤニヤした男子生徒を三人も引き連れていた。とりまきというやつなのだろう、『仲のいい友人』ならこんな風に一人の後ろを追うように歩いたりしない。嫌悪感を出しすぎないようになるべく真顔を決め込む。
「なんかオレに用っスか」
計四人に囲われてしまったので、友人たちを巻き込みたくないオレは「先行ってて」と短く告げた。それでも遠くからチラチラと様子を窺ってくれていたので、目配せで「平気!」と振る舞っておく。
「丁度いいからお前の名前教えとけよ。さっきはせっかく訊いたのに鈴に邪魔されたからな」
「『名乗りはみずから』って法則、知らねぇんスか? まずは先輩が手本見してくださいよ」
「ッハ! 何その法則? キモ。つーか歳上にもの頼む態度じゃなくね? それとも、自分のお名前わかりまちぇんかぁ?」
ケラケラととりまきたちと嗤われる。
何がしたいんだろう、わからないことだらけで話にならない。オレもイライラしているから尚更なのだけれど、今はどのみち話をしたところでわかり合えなさそうだ。
「なんでそんなにオレに固執するんスか。朝三〇秒くらい顔合わせただけっしょ、しかも『初めて』。それとも自信も余裕もねーんスか? どこの誰かもわかんねーような俺すら怖いの?」
ばん、と突然、渡り廊下の壁に左肩を押し付けられたオレ。力技の壁ドンだ、肩と背中を打ち付けた。ちょっと痛いし、ついでに言えば『壁ドン』を男にやられても全然嬉しくない。まぁわざと挑発したんだから、こうなってしまうのも当たり前っちゃ当たり前だけど。
キッと睨み返すよりも先に、ヤツはオレの胸ぐらを掴み上げて顔まで近付けてきた。更に嬉しくない。
「あんま調子こいてんなよ、チビガキ。テメーが『ひとの女』に手つけようとしてっからだろうが」
「高城先輩はアンタの『所有物』じゃないし、そもそもとして『物』じゃない。高城先輩が誰と話そうが自由だ」
「ルセぇよ。三年の話に何も知らねぇ一年が頭突っ込んできてんじゃねーっつってんの。わかんねーかね?」
「アンタこそ部外者なんだよ。ただ部活の話してただけでこの剣幕とか、過剰反応だと思わねーの?」
さっき高城先輩がヤツにそう伝えていたのだから、ここは先輩に話を合わせておくにかぎる。この意味不明な怒りの矛先が先輩に向けられるのだけは避けたい。
粘り気のある視線は「ふぅーん?」と何かに納得した様子を見せた。そのあとで再びニタァと卑しく笑むと、近付けていた顔をようやく離した。
「何も知らねーテメーに教えとかなきゃなんねーことがあるな。昼休みの終わり一〇分前にデンに来い。それより早くても遅くてもダメ。わかった?」
「バカかよ。オレがそんなんに大人しく従うと思う? 随分ぬるま湯な考えしてんだな」
「フッ。なんとでも言ってろ」
ようやく放される胸ぐら。チクショウ、襟首やネクタイがしわくちゃになってしまった。
「ちゃあんと来るんだぞォ? じゃねーと、優等生な鈴蘭センパイがどーなっちまうかなぁ?」
「は?」
聞き捨てならない捨てゼリフだと思って、オレは怪訝にヤツを睨む。しかし効果はなく、くるりと背を向けて去っていった。
三人のとりまきも、襟首を直すオレをニヤニヤと眺めながらヤツについていく。「金魚のフンが」と悪態づいて、オレはようやく先に行かせた友人たちを走り追った。
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「菅平っつーのか、あのキツネ顔」
「そう。あ、いや、『キツネ顔』に俺が賛同したのは聞かなかったことにしてな?」
「心配すんなよ。アイツが吹っかけてきたいざこざに誰も巻き込んだりしないから」
授業が始まるわずかな時間で、友人の一人があの先輩の名前や詳細を教えてくれた。
「あの人、菅平校長の孫なんだけど、その立場で結構ヤバいことやってきてるらしいんだよ。もちろん校長本人も知ってる。公にしたらマズいことも何件か揉み消したことあるらしい。部活の先輩から聞いたから間違いない」
そんなことがあっても、校長が変わるどころか菅平先輩自身への処分はないに等しいのだろう。さっきのようにちょっと脅しを吹っかければ、これまでのことを知っている在校生なら簡単に萎縮して従うしかないという構図なのだ。
「先生たちも目を瞑るしかないんだろ。ほら、慈み野って私立高じゃん、私立の先生って一般企業の雇用と変わんねーから、公立みたいに転勤とか『飛ばされる』とかないんだよな」
「あー、だからたてつけばクビ切りってわけね。無職待ったなしか」
「いくらなんでも、余計なことに首突っ込んで無職になりたかねーよなぁ」
そうだよなぁと頷き合ったところで、高校生になりたてのオレたちが何の話をしてるんだか、と失笑する。
「丈、気を付けろよ。菅平先輩には近づかない方がいい」
「うんうん。バスケ部の先輩もテニス部の先輩も『菅平』には近付かないって言ってた。最悪丈が学校辞めさせられるかもしんねーし」
「うんうん。菅平先輩がどんな顔してるのかわかっただけでも収穫だったってことにしとこうぜ。な?」
心配の目を向けてくれる友人たち。ありがたいが、知らない間に既にこの身ごと突っ込んでしまっているんだ。申しわけなさの背徳感を圧し殺しながら「サンキュな」とから元気のように笑んだ。
友人たちには、ヤツから昼休みに呼びつけられていることは伏せておこう。巻き込まないと決めたら徹底的に巻き込まないようにしなくては。
菅平とのよくわからない因縁は、オレだけでなんとかしなくては。
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