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瑠璃色たまごは彼のもとへ帰する
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右耳に付いたままになっていた極小ワイヤレスイヤホンが、ジジジと音を拾う。そのわずかな雑音で、瑠由は静かに目を覚ました。
ひとつ吸い込むと、温かな胸の中にいることに気が付いた。抱き締められた格好のまま眠ってしまった彼を起こさぬよう、静かに身を起こしていく。
静まり返った家の中。壁掛け時計を注視すると、まだ早朝の三時にすら達していない真夜中だった。
「…………」
腕の中から完全に抜け出してしまう前に、彼の頬に軽く口付けを落とす。静かな寝息。無垢な寝顔。澱の消えた、胸の内。
いつからこの子は、こんなに言うとこを聞かない子になってしまったのだろう。しかし数年の間会えなかったことが原因で、相当拗らせたに違いないと覚る。
やがてその頭部をひと撫でして、後ろ髪を引かれながらもその愛しい温もりから離脱。無音を努めて着衣を済ませ、最後に部屋の隅に置かれたブーツを履いた。
なにとも言わず、開いたままの窓から身を乗り出して、外壁へ向けて左手首のワイヤーを飛ばす。それを駆使して外壁を伝い、屋上へ出る。あの頃高いと感じた金網は、身体的訓練を常に行うようになった今ならば、ものともせずに乗り越えられる。
「響、いま屋上に出た」
瑠璃色の夜空に向かって、そう一言告げる。急ぎ足で、非常階段入口の陰に丸めておいたベロベロのパラシュートを回収し、それを右脇に抱えて再度闇夜を見上げる。目を凝らしてようやく見えた漆黒色ヘリコプターへ、その細長い左腕を上げた。位置を示すためだった。
高度を落とした漆黒色ヘリコプターが屋上上空にやってくると、その橫腹から白い縄梯子を垂れ下げてきた。落ち着いて左腕で掴み、脚を掛け、合図を送る。
縄梯子は一定の速度で電動式に巻き取られていき、瑠由が自力でヘリコプターへ乗り込めるところで止まるようにプログラムされている。上がり込もうとしたところへ、ぬっと白い手が瑠由へ向けて差し出された。
「早く掴まれ」
抜群の透明感を誇る男声が降ってくる。瑠由は眉間をわずかに詰めた。
「はいこれ」
ガサリと乱雑な音を立てて手渡したのは、ぐるぐる巻きのベロベロになったパラシュート。そちらに気を取られている隙に、瑠由はみずからの力でヘリコプターへ乗り込んだ。
「迎えに来てくれてありがと。そこ『だけ』は『とりあえず』お礼しといてあげる」
冷淡にツーンとした態度を取る瑠由。座席へ腰掛け、その細長い脚を高く組んだ。
「お前な。情報課がお前のGPSと紐付け直すまでどれだけ尽力してくれたと思ってるんだ」
「大瀧課長には、帰ったらすぐ丁重にお礼を言っとくもん。各課長たちが頑張ってくださったことくらい、私だってわかってるよ」
受け取ったベロベロのパラシュートを床に転がし、響と呼ばれた金髪の男はヘリコプターの扉を閉めた。
「悪かったよ、響が待てって言ったのに飛び移ろうとして失敗したこと」
パートナーの顔を見ずに、謝辞を告げた瑠由。「仕方ないな」の溜め息で、響はカツカツと瑠由の真正面へ腰を下ろした。
「やけに素直じゃないか。何かあったのか、不時着したここで」
「何もないけど」
「じゃあどうして顔を合わせない? 俺の世界一美しく整った顔面を見られないとは、よほど後ろ暗く感じる何かがあったんじゃあないのか?」
「あーもうっ。こちとらアンタの顔にはうんっざりしてんのよ! バカ、ナルシスト、自己中!」
「フン、元に戻ったかと思えば二割増しの攻撃力を孕んだ憎まれ口か」
頬杖の響を睨み散らかし、瑠由は不機嫌を装って窓の外を眺める。
「ねぇ」
「なんだ」
「あの建物の位置情報、本社のデータベースから消せるかな」
「……何を言ってるんだ、お前」
「迷惑かけたくないの。私が不時着したことで、あの建物の住人たちに」
目をまるくする響。頬杖を解き、徐々に歪めていく。
「本当に、あの建物で何もなかったのか?」
「ないっつってんでしょ、しつこいな。そんなだから微塵もモテないのよ」
イラ、な響をよそに、ツーンを徹す瑠由。
「大瀧課長に、一度相談するしかないだろうな」
「まぁ、そうだよねぇ」
瑠由の静かな溜め息を聞き、響は眼球をひと回しする。
「その前に、あの場所は住宅街だ。我々の目当ての品があるとも思えん。本社としても、狙いを付けることはないと思うがな」
顔を上げる瑠由。ようやく響へ視線を移す。
「……そっか」
「ついでに。この話、俺は聞かなかったことにしておいてやる」
「何よ、貸しのつもり?」
「あのな。憎まれ口しか叩けんのかお前は」
「アンタ限定よ、バカ響」
「うるさい。ふしだら牛女。感謝の言葉のひとつでも述べてみろ」
「誰が述べてやるか! ミスターナルシスに私のプライベートをとやかく言われたかないのよ!」
数時間後、朝陽が昇る頃。目を覚ました琢心は、慌てて彼女を探すだろう。四時間に充たない逢瀬が夢幻となってしまったことに、彼は酷く落胆するかもしれない。
だが、彼の机の上には、開きっぱなしになったノートがある。そこに書かれた走り書きに気が付いたとき、彼の落胆はようやく緩和され、次第にその心のヒビも修復されていくことだろう。
───────────────────────
たくちゃんへ
かくしてくれて、どーもありがと!
またたくちゃんに会いにくるよ
次ももーっとたのしいことしよーね
ずぅっとたくちゃんのことだけ
愛してるよ
瑠由
───────────────────────
おわり
ひとつ吸い込むと、温かな胸の中にいることに気が付いた。抱き締められた格好のまま眠ってしまった彼を起こさぬよう、静かに身を起こしていく。
静まり返った家の中。壁掛け時計を注視すると、まだ早朝の三時にすら達していない真夜中だった。
「…………」
腕の中から完全に抜け出してしまう前に、彼の頬に軽く口付けを落とす。静かな寝息。無垢な寝顔。澱の消えた、胸の内。
いつからこの子は、こんなに言うとこを聞かない子になってしまったのだろう。しかし数年の間会えなかったことが原因で、相当拗らせたに違いないと覚る。
やがてその頭部をひと撫でして、後ろ髪を引かれながらもその愛しい温もりから離脱。無音を努めて着衣を済ませ、最後に部屋の隅に置かれたブーツを履いた。
なにとも言わず、開いたままの窓から身を乗り出して、外壁へ向けて左手首のワイヤーを飛ばす。それを駆使して外壁を伝い、屋上へ出る。あの頃高いと感じた金網は、身体的訓練を常に行うようになった今ならば、ものともせずに乗り越えられる。
「響、いま屋上に出た」
瑠璃色の夜空に向かって、そう一言告げる。急ぎ足で、非常階段入口の陰に丸めておいたベロベロのパラシュートを回収し、それを右脇に抱えて再度闇夜を見上げる。目を凝らしてようやく見えた漆黒色ヘリコプターへ、その細長い左腕を上げた。位置を示すためだった。
高度を落とした漆黒色ヘリコプターが屋上上空にやってくると、その橫腹から白い縄梯子を垂れ下げてきた。落ち着いて左腕で掴み、脚を掛け、合図を送る。
縄梯子は一定の速度で電動式に巻き取られていき、瑠由が自力でヘリコプターへ乗り込めるところで止まるようにプログラムされている。上がり込もうとしたところへ、ぬっと白い手が瑠由へ向けて差し出された。
「早く掴まれ」
抜群の透明感を誇る男声が降ってくる。瑠由は眉間をわずかに詰めた。
「はいこれ」
ガサリと乱雑な音を立てて手渡したのは、ぐるぐる巻きのベロベロになったパラシュート。そちらに気を取られている隙に、瑠由はみずからの力でヘリコプターへ乗り込んだ。
「迎えに来てくれてありがと。そこ『だけ』は『とりあえず』お礼しといてあげる」
冷淡にツーンとした態度を取る瑠由。座席へ腰掛け、その細長い脚を高く組んだ。
「お前な。情報課がお前のGPSと紐付け直すまでどれだけ尽力してくれたと思ってるんだ」
「大瀧課長には、帰ったらすぐ丁重にお礼を言っとくもん。各課長たちが頑張ってくださったことくらい、私だってわかってるよ」
受け取ったベロベロのパラシュートを床に転がし、響と呼ばれた金髪の男はヘリコプターの扉を閉めた。
「悪かったよ、響が待てって言ったのに飛び移ろうとして失敗したこと」
パートナーの顔を見ずに、謝辞を告げた瑠由。「仕方ないな」の溜め息で、響はカツカツと瑠由の真正面へ腰を下ろした。
「やけに素直じゃないか。何かあったのか、不時着したここで」
「何もないけど」
「じゃあどうして顔を合わせない? 俺の世界一美しく整った顔面を見られないとは、よほど後ろ暗く感じる何かがあったんじゃあないのか?」
「あーもうっ。こちとらアンタの顔にはうんっざりしてんのよ! バカ、ナルシスト、自己中!」
「フン、元に戻ったかと思えば二割増しの攻撃力を孕んだ憎まれ口か」
頬杖の響を睨み散らかし、瑠由は不機嫌を装って窓の外を眺める。
「ねぇ」
「なんだ」
「あの建物の位置情報、本社のデータベースから消せるかな」
「……何を言ってるんだ、お前」
「迷惑かけたくないの。私が不時着したことで、あの建物の住人たちに」
目をまるくする響。頬杖を解き、徐々に歪めていく。
「本当に、あの建物で何もなかったのか?」
「ないっつってんでしょ、しつこいな。そんなだから微塵もモテないのよ」
イラ、な響をよそに、ツーンを徹す瑠由。
「大瀧課長に、一度相談するしかないだろうな」
「まぁ、そうだよねぇ」
瑠由の静かな溜め息を聞き、響は眼球をひと回しする。
「その前に、あの場所は住宅街だ。我々の目当ての品があるとも思えん。本社としても、狙いを付けることはないと思うがな」
顔を上げる瑠由。ようやく響へ視線を移す。
「……そっか」
「ついでに。この話、俺は聞かなかったことにしておいてやる」
「何よ、貸しのつもり?」
「あのな。憎まれ口しか叩けんのかお前は」
「アンタ限定よ、バカ響」
「うるさい。ふしだら牛女。感謝の言葉のひとつでも述べてみろ」
「誰が述べてやるか! ミスターナルシスに私のプライベートをとやかく言われたかないのよ!」
数時間後、朝陽が昇る頃。目を覚ました琢心は、慌てて彼女を探すだろう。四時間に充たない逢瀬が夢幻となってしまったことに、彼は酷く落胆するかもしれない。
だが、彼の机の上には、開きっぱなしになったノートがある。そこに書かれた走り書きに気が付いたとき、彼の落胆はようやく緩和され、次第にその心のヒビも修復されていくことだろう。
───────────────────────
たくちゃんへ
かくしてくれて、どーもありがと!
またたくちゃんに会いにくるよ
次ももーっとたのしいことしよーね
ずぅっとたくちゃんのことだけ
愛してるよ
瑠由
───────────────────────
おわり
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