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瑠璃色たまごはキミのために笑む
2 木曜日
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翌朝、同じ時間。
「おはよ」
「お、おはよーございます」
瑠由ちゃんは昨日と変わりなく、ぼくにそうして挨拶をした。相変わらず黒い不織布マスクが瑠由ちゃんの顔の下半分を覆っている。
エレベーターは、五階から下へ降りていっているみたいだ。八階まで昇ってくるまで結構時間がかかる。
「るりいろ調べたよっ」
うぅ、つい早口になっちゃった。一言でも多く瑠由ちゃんと話がしたい、マスクの理由をどうしても訊きたい――そう思うと、口から言葉が前のめりに滑り出た。
「へぇ、勉強熱心だねぇ。感心感心」
そんなぼくを気にしなかったみたいで、瑠由ちゃんはその大きな目を三日月型に細めた。安心したぼくは、エレベーターの方から瑠由ちゃんへと向き直る。
「綺麗な青色だった。ちょっと濃い紫っぽいっていうか、ただ暗い青じゃないっていうか。海の底みたいな色だよね」
「うんうん、よく調べたね。エライぞ小学生」
その褒め言葉がやけに年下に向けたものみたいに思えて、自分の理想にしている年齢と実際のそれが食い違っているんだと思い知る。会話の途中だっていうのに、ここで会話をやめたくなるような居心地の悪さを奥歯で味わった。
「私はあの色、夜空の色だって思ってるの」
「夜空……そうなんだ」
エレベーターがようやく一階から昇ってくる。
「いつか私、あの瑠璃色の夜空を背景に自由に翔びまわる、風になりたいんだ」
「えっ、風?」
「うん。だって、実体があるのめんどくさいんだもん。でも消えてなくなりたいわけじゃないから、だから風なの」
随分とぼんやりしているなぁ。中学三年生にしては現実が見えていないというか……だって小五のぼくでさえ「将来は風になりたい」だなんて言わないし、そもそも思わないし。
「見えるとみんな好き勝手言うしさ……本当のことも、知らないくせに」
瑠由ちゃんは、それをとっても小さい声で呟いた。でも、ぼくはしっかりと聞いてしまう。ちょっと怖く感じて、生唾を呑み込んだ。
「だからホントは私、学校行かなくてもいいんだよね」
「い、いや、そんなことないよ。だってどのみち学校は行かなきゃいけないじゃん。決まりだし……」
「決まり、か。あは、そうだよねぇ。まぁだから、こうやって朝制服を着て出ていくわけですが」
まただ。また昨日と同じように、理由不明の不安感が瑠由ちゃんから滲んでいる。
「瑠由ちゃんは友達と会えなくてもいいの?」
「ふふ、キミには大切な友達がたくさんいるんだね。そんで、真面目で優しい男の子」
全部を見透かされているみたいな返答で、ぼくはたじろいでしまう。イエスかノーで返ってくると刷り込まれた小学生の会話とは違うんだ、と、まざまざ突き付けられるような。
なのに、それでもやっぱりぼくは、瑠由ちゃんと話がしたい。
瑠由ちゃんのマスクの下の『本当の顔』を、ぼくに見せてほしい。
「瑠由ちゃんには、風は似合わないよっ」
ポーンと古い電子音が鳴ってエレベーターが到着。ゴウンゴウンうるさい扉が開いたけど、瑠由ちゃんはぼくの一言に固まってしまう。
「え?」
「瑠由ちゃんはどっちかっていうと……その、ほ、星の方が似合うよ」
「…………」
ゴウンゴウンうるさい扉は、誰も乗せずに閉まろうとする。すんでのところで、ぼくは下の矢印を押してもう一度扉を開け放たせる。
「ど、どうせ翔びまわるなら、流れ星くらいにでもなったらいいよ。瑠由ちゃんは、そうやって自由に翔びまわる方が、きっと、似合うよ」
ボタンに掌を押し付けたまま、ぼくはあさっての方を向いて言い切った。カッコつけすぎたな――言ってしまってから思いっきり後悔して、奥歯をギリギリとする。顔のこの熱は、照れ恥じらいだ。
「ありがとう。私にも優しくしてくれて」
柔らかい声。ぼくは瑠由ちゃんへ視線を戻す。
一見大人びているのに、ぼくとたいして変わらないくらいの女の子みたいな笑顔をしていた。
黒いマスクの奥が透けて見えているんじゃないかと思えるほど、『本当に』微笑んでいるとわかる笑顔。実際には、瑠由ちゃんの大きな目が三日月型ににっこりしているだけだ。でもその真っ白な笑顔が、黒いマスクを無いのと同じにしている。
三秒くらいお互いを見合って、でもとても三秒とは思えないほどぼくには永く感じた。
やがて、瑠由ちゃんに「そろそろ学校行く?」と首を傾げられたことでようやく現実に引き戻る。ぎこちなく乗り込んで、瑠由ちゃんがボタンを押す。
エレベーターの中では無言が続いた。瑠由ちゃんの考えていること、瑠由ちゃんが毎日感じていること――それらがきっとマスクを着け続ける原因なんだろうけれど、ぼくには想像もできない。
「今日、私も学校行ってみる」
ポーンと古い電子音が鳴ってエレベーターが到着。ゴウンゴウンうるさい扉が開いたら、瑠由ちゃんが小さく呟いた。「今まで行ってなかったの?」なんて訊けないし、結局ぼくはまた曖昧に「うん」と細く頷いた。
瑠由ちゃんはぼくを振り返らないまま、背中まで伸びた長い黒髪と真っ黒のセーラー服をなびかせて、エントランスから出ていった。
「おはよ」
「お、おはよーございます」
瑠由ちゃんは昨日と変わりなく、ぼくにそうして挨拶をした。相変わらず黒い不織布マスクが瑠由ちゃんの顔の下半分を覆っている。
エレベーターは、五階から下へ降りていっているみたいだ。八階まで昇ってくるまで結構時間がかかる。
「るりいろ調べたよっ」
うぅ、つい早口になっちゃった。一言でも多く瑠由ちゃんと話がしたい、マスクの理由をどうしても訊きたい――そう思うと、口から言葉が前のめりに滑り出た。
「へぇ、勉強熱心だねぇ。感心感心」
そんなぼくを気にしなかったみたいで、瑠由ちゃんはその大きな目を三日月型に細めた。安心したぼくは、エレベーターの方から瑠由ちゃんへと向き直る。
「綺麗な青色だった。ちょっと濃い紫っぽいっていうか、ただ暗い青じゃないっていうか。海の底みたいな色だよね」
「うんうん、よく調べたね。エライぞ小学生」
その褒め言葉がやけに年下に向けたものみたいに思えて、自分の理想にしている年齢と実際のそれが食い違っているんだと思い知る。会話の途中だっていうのに、ここで会話をやめたくなるような居心地の悪さを奥歯で味わった。
「私はあの色、夜空の色だって思ってるの」
「夜空……そうなんだ」
エレベーターがようやく一階から昇ってくる。
「いつか私、あの瑠璃色の夜空を背景に自由に翔びまわる、風になりたいんだ」
「えっ、風?」
「うん。だって、実体があるのめんどくさいんだもん。でも消えてなくなりたいわけじゃないから、だから風なの」
随分とぼんやりしているなぁ。中学三年生にしては現実が見えていないというか……だって小五のぼくでさえ「将来は風になりたい」だなんて言わないし、そもそも思わないし。
「見えるとみんな好き勝手言うしさ……本当のことも、知らないくせに」
瑠由ちゃんは、それをとっても小さい声で呟いた。でも、ぼくはしっかりと聞いてしまう。ちょっと怖く感じて、生唾を呑み込んだ。
「だからホントは私、学校行かなくてもいいんだよね」
「い、いや、そんなことないよ。だってどのみち学校は行かなきゃいけないじゃん。決まりだし……」
「決まり、か。あは、そうだよねぇ。まぁだから、こうやって朝制服を着て出ていくわけですが」
まただ。また昨日と同じように、理由不明の不安感が瑠由ちゃんから滲んでいる。
「瑠由ちゃんは友達と会えなくてもいいの?」
「ふふ、キミには大切な友達がたくさんいるんだね。そんで、真面目で優しい男の子」
全部を見透かされているみたいな返答で、ぼくはたじろいでしまう。イエスかノーで返ってくると刷り込まれた小学生の会話とは違うんだ、と、まざまざ突き付けられるような。
なのに、それでもやっぱりぼくは、瑠由ちゃんと話がしたい。
瑠由ちゃんのマスクの下の『本当の顔』を、ぼくに見せてほしい。
「瑠由ちゃんには、風は似合わないよっ」
ポーンと古い電子音が鳴ってエレベーターが到着。ゴウンゴウンうるさい扉が開いたけど、瑠由ちゃんはぼくの一言に固まってしまう。
「え?」
「瑠由ちゃんはどっちかっていうと……その、ほ、星の方が似合うよ」
「…………」
ゴウンゴウンうるさい扉は、誰も乗せずに閉まろうとする。すんでのところで、ぼくは下の矢印を押してもう一度扉を開け放たせる。
「ど、どうせ翔びまわるなら、流れ星くらいにでもなったらいいよ。瑠由ちゃんは、そうやって自由に翔びまわる方が、きっと、似合うよ」
ボタンに掌を押し付けたまま、ぼくはあさっての方を向いて言い切った。カッコつけすぎたな――言ってしまってから思いっきり後悔して、奥歯をギリギリとする。顔のこの熱は、照れ恥じらいだ。
「ありがとう。私にも優しくしてくれて」
柔らかい声。ぼくは瑠由ちゃんへ視線を戻す。
一見大人びているのに、ぼくとたいして変わらないくらいの女の子みたいな笑顔をしていた。
黒いマスクの奥が透けて見えているんじゃないかと思えるほど、『本当に』微笑んでいるとわかる笑顔。実際には、瑠由ちゃんの大きな目が三日月型ににっこりしているだけだ。でもその真っ白な笑顔が、黒いマスクを無いのと同じにしている。
三秒くらいお互いを見合って、でもとても三秒とは思えないほどぼくには永く感じた。
やがて、瑠由ちゃんに「そろそろ学校行く?」と首を傾げられたことでようやく現実に引き戻る。ぎこちなく乗り込んで、瑠由ちゃんがボタンを押す。
エレベーターの中では無言が続いた。瑠由ちゃんの考えていること、瑠由ちゃんが毎日感じていること――それらがきっとマスクを着け続ける原因なんだろうけれど、ぼくには想像もできない。
「今日、私も学校行ってみる」
ポーンと古い電子音が鳴ってエレベーターが到着。ゴウンゴウンうるさい扉が開いたら、瑠由ちゃんが小さく呟いた。「今まで行ってなかったの?」なんて訊けないし、結局ぼくはまた曖昧に「うん」と細く頷いた。
瑠由ちゃんはぼくを振り返らないまま、背中まで伸びた長い黒髪と真っ黒のセーラー服をなびかせて、エントランスから出ていった。
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