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第七章 まるでオタクな獣人街
CASE48 サトー⑥ その1
しおりを挟む人生初の朝帰りを果たした俺は、体中の悲鳴を抑え込むために丸一日を要した。
いや、要したと言うよりも現在進行系でベットの上で療養中である。
もちろん、視察のためにヴォルフの街には訪れているので、休んでばかりもいられない。
とりあえず身体を動かせるようになるまでは、レポートを書きつつ休んでいる。
「――白百合学園についてはこのぐらいか? 結構な文量になっちゃったなぁ」
白百合学園という歴史ある巨大施設。
これに関して、もちろん冒険者ギルドからの視察は、これまで何度も行われているらしい。
にもかかわらず、俺が行く意味はあるのだろうか? その答えは、間違いなく行く意味はあったと言える。
何故かと言うと、視察は視察でも、『体験入学』と言う形で行った人間は、これまで一人としていなかったからである。
そもそも、体験入学自体、最近始められたものであるらしい。
三大ギルドの交流が盛んになったのは、つい最近の出来事である。
と言っても、俺が召喚される以前の話であるが、今のギルドマスターが就任する前までは、各ギルド間はそれほど仲がよろしくなかったらしい。
敵対的とまでは言えないが、自分たちの手の内を他のギルドに晒すような真似はしなかったと言う。
まあ、そういった歴史から、他のギルドの施設への視察それ自体が、最近始められたものであり、更に体験入学となるともっと歴史は浅いのである。
…………というよりも、体験入学に行きたがるギルドの職員がいなかったとも言える。
どうやら、白百合学園の軍隊ばりの教育方針は、冒険者ギルドにも伝わっていたようで、好き好んで体験したいという人間は皆無だったらしい。
護衛職の冒険者に頼めばいいとも思うのだが、詳細なレポートとなると、どうしても事務職の人間が必要になるのだ。
そんな感じで、栄えある人柱に俺が選ばれたということだ。
ちなみに、こう言った知識を知ったのは体験入学が終わった直後。すなわちつい先程、リンシュから送られてきた書類に書いてあったのである。
「完全に確信犯じゃねぇか!! あの野郎覚えとけよ!!」
と、大声で叫ぶも、その声はホテルの個室に虚しく響く。
そして俺のズタボロな筋肉にも響いて、しばらく悶絶を打ってしまった。
プルルルルルル
…………相変わらず、地球文明を忘れられないような念話機の呼び出し音である。
「はい、サトーです」
『あら? ワンコールで念話機を取れるなんて、もしかしてサボってた?』
どうやら相手はリンシュのようであった。
「念話をすぐに取って疑われたのは初めてですよ。ちょうどホテルに居ただけです」
『まぁ、ホテルなんていやらしい。まさか出張先で大人の階段でも登ったのかしら?』
「そういう冗談は棒読みで言っても効果ないと思いますよ、サブマス」
『えー? でも朝帰りしたんでしょう? そういう可能性も、毛ほどはあるんじゃないの?』
相変わらず何処から見てるんだこの女は。朝帰りの件は報告すらしていないのに。
『冗談はさておいて、仕事の方は順調? 学園の体験入学はどうだった?』
「それもまだ報告してな……いえ。ツッコむだけ無駄ですね。体験入学については収穫ありでしたよ。今レポートにまとめている最中です」
『学長の娘さんとコネを持てたのはナイスよサトー。私、商業ギルドの方にはあまりツテが無いから』
「喜んでもらえて良かったです。ところで、私なんかで良かったんですか? 本来なら、もっと大規模な視察団を組んで取り組む案件なんじゃ?」
『そりゃあアレよ。あんなイカれた学園の体験入学なんて、進んで参加したい人間が居るわけないじゃない』
「そ、そんなアレな場所に行っていたのか俺は……」
改めてよく生きて帰ってこれたものだ。
今度からはもうちょっと良く考えてから行動することにしよう。
『あ、そうだ。アンタ、明日の準備は出来てる? まさかレポートのために、ホテルに缶詰になってるんじゃないわよね?』
「は? えーっと、今日は体のこともあって一日ホテルに居るつもりですが……」
『はぁ? 服の準備とかは良いの? アンタ、礼服とか持ってなかったわよね?』
礼服? つまり、冠婚葬祭に使う儀礼用の服のことか?
なんでこのタイミングで、そのような服の話になるのだろう。
『――――ちょっと待って。ひょっとして、伝え忘れ…………まあいっか』
「えっと、何が「まあいっか」何でしょう? 伝え忘れって……」
『大丈夫大丈夫。返事はこっちから出しておいたから、出席については問題ないし、迎えもそろそろホテルに着くはずだから。後は彼女の指示に従って頂戴』
「彼女?」
コンコンコン
扉の向こう側から、ノックする音が聞こえた。
『それじゃ、また明日ね』
ノックが聞こえたと同時に、リンシュは念話機を切ってしまった。相変わらずマイペースな人間である。『明日』と言うのは何の話だろうか。
それはともかく、訪れた客を待たせるのは駄目だろう。
震える筋肉にムチを打ってベットから立ち上がり、扉までの短い距離を時間をかけてゆっくり進む。
ドアノブまで腕を上げるだけで、挫けてしまいそうな体の痛み。俺は約一分ほどの時間を用いて、扉を開いた。
「はい、どちら様ですか?」
「あ、サトー君こんにちは」
「…………ミント?」
扉の向こう側には、普段の事務職員の制服ではなく、私服姿の我が友人。
ミンティア・ルールブックと言う女性が立っていた。
* *
なぜ彼女がこんな場所にいるのか?
普段は中央でリンシュの秘書をしている彼女が、こちらに来る用事など思い浮かばない。
私服だし、単なる観光という可能性もあるが、本日は平日。有給休暇でも使っているのだろうか?
部屋へと招き入れて、キョロキョロと部屋を見渡すミントを見て首をかしげる。
「さてサトー君。いよいよ明日なわけだけれど、準備はちゃんと出来てる? サトー君のことだから、大抵の準備は終わってるだろうけど、念のためにチェックしに来たわよ」
「明日? 準備……って何のだ? 話が全く見えないんだけど」
「はぁ?」
ミントは口をぽかんと開けてこちらを見た。
その表情は、俺が何を言っているのか分からないというものであった。
こっちもミントが何を言っているのかちっとも分からないんだが。
「何って……明日! 結婚式! 招待状受け取ったでしょ?」
「招待状…………あっ!」
なるほど。俺は先程のリンシュの台詞を、ようやく理解した。
俺が勤めているリール村は、東部地域の更に奥。辺境地域と呼ばれる僻地に存在する。
すなわち、交通の便などがまだ完璧に整備されているとは言い難く、郵便物などが安全に届けられる場所ではないのである。
そのため、時折配達業者が道すがらモンスターに追われたり、自然災害で道が寸断されていたりで、目的地に郵便物が到着しないこともある。
通販にハマっているパプカなんかは、よく予定日に荷物が届かないと文句を言っているらしい。
そしてこの俺。実は住所を二つ持っている。
一つは今住んでいるリール村。そしてもう一つは、かつて居候として住んでいたリンシュの自宅である。
この国では、転勤の多い職業に就いている人間には、住所を二つ持つ権利が与えられている。
そもそも辺境地で無くとも、街道にモンスターがうろつく世界観。荷物が届けられる保証も無い。
配達業者に無理をさせるのも酷な話であるため、トラブルに会い、郵便物が正しく届かなかった場合、もう一つの住所に届けられると言うシステムになっているのだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、ミントの言う結婚式の招待状。
これは俺の自宅へは届いていない。
とするならば、その招待状はリンシュの家へ届けられているはずである。
そこに来てリンシュの「伝え忘れ」と言う言葉を思い出す。
すなわち――――あの野郎、招待状が来た件を俺に伝え忘れてやがったな!?
「……わかった、ミント。ちょっとした手違いで、結婚式があるとは知らなかったんだ。でも、リン……サブマスが代わりに返事は出してくれてたらしいから、問題はないと思う」
「ま、まあ……サブマスも忙しいもんね。自宅に帰ることなんて、週に一回くらいしか無いみたいだし」
アイツのことだから、いつもの嫌がらせの可能性もあるのだろうが、その場合はもっとからかうように伝えるだろうから、今回は純粋な伝え忘れだろう。
完璧超人のごとく中央では活躍しているリンシュであるが、俺に関することになると何故か気が抜けるらしく、結構ポカをやらかすことも多いのだ。
「じゃあ今から色々準備しないとね。礼服はレンタルで良いかな? 後はご祝儀袋とか……」
「あ、ところでミント。結婚式って誰のだ? ミントも来てるってことは、仕事関係か?」
「あれ? 言ってなかった? 仕事関係っていうのは間違っていないけれど、もっと密接な関係というか」
「密接?」
ミントを呼ぶような間柄で、密接な関係にある知人?
中央の冒険者ギルドの養成学校の先生とかだろうか?
「ボンズ君」
「……は?」
「明日、ボンズ君の結婚式があります」
どうやら、我らが友人。
18歳と言う同じ年齢である、ボンズード・マクシリアンが結婚するみたいです。
――――――――マジか!?
応援ありがとうございます!
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