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第七章 まるでオタクな獣人街
CASE46 くーあん その1
しおりを挟む「ごめんねルティカちゃん。急なお仕事が入っちゃってさー」
「いえいえ。本業を優先するという条件で教員をしていただいているのですから、お気になさらずです、みぽりん先生」
申し訳なさそうに両手を合わせるみぽりん先生。
どうやら、アイドルとしての仕事が急遽入ったようで、俺達の体験入学の協力をしている場合では無くなったようである。
結局の所、エクスカリバーとリュカンは彼女のコンサートを聞いただけで、俺に至ってはリュカンの黒歴史を聞いただけ。
あまり実りがあったとは言えない時間であった。
『ふぅ……至福のひとときだったでござる』
「普段のコンサートにも参加しているが、あそこまで近づいた最前列で見るのは初めてだったからな。本当に素晴らしい時間であった…………最後にサトーに叩かれたのは謎だったが」
「まあイケメンは爆ぜろとだけ言っておこう」
解せぬ表情のリュカンに対し、俺は叩いた説明などするつもりはない。
なんだろうな、アレだ。なんかむかつくからとしか言いようがない。
「さて、では次の授業へと移りましょうか。そろそろくーあん先生の準備も済んだでしょうし」
「えっと、調理担当の先生……でしたっけ? リュカン、くーあん先生の授業は受けたことあるのか?」
「いや、我はあゆあゆ先生の授業でギブアップだ。それ以外の体験授業は受けたことがない」
「あ、ちなみにみぽりん先生の音楽授業は初等部で、くーあん先生の調理授業は高等部のものです。後で受けていただくゴリ美先生の体育授業も高等部ですね」
い、嫌な予感しかしない!
みぽりん先生の音楽授業は受けていないから分からないが、中等部のあゆあゆ先生の授業でさえ、命の危険を感じるものだったのだ。
それが更に段階をあげて高等部の授業? 死亡フラグとしか思えない。
平和的な調理の授業はまだしも、問題の体育の授業は、本気で死の危険があるのではと勘ぐってしまう。
俺たちは食堂の調理場へと足を踏み入れて、エプロンとナプキンを頭にかけて、くーあん先生の授業を受ける準備を整えた。
「ではみなさん。ルティカはここで待っていますので、頑張ってください」
「「『――は?』」」
ガチャン!!
何の金属音かと言うと、なぜか調理場の奥に備え付けられていた、鋼鉄製の柵が閉められる音である。
直後にガチャリと、施錠の音までセットでついてきた。
理解の追い付かない謎行動と謎施設。
俺たち体験組三人は、意味不明な状況にフリーズしてしまっていた。
「えっ、ちょ……なんで柵が……」
「すみません、ルティカは中等部の生徒ですので、高等部の授業はまだ受けることが出来ないんです。でも安心してください! 体験入学の方々は、年齢に関係なく授業を受けていただけます! ――――死なないようにだけ気をつけてください」
「「『どの辺りを安心しろと!?』」」
そして調理場の奥。すなわち俺たちが閉じ込められた一区画に、一筋の光が指した。
どうやら奥側には扉が備え付けられていたようで、それが開いたのが原因のようだ。
「皆さん、お待たせいたしました。準備が整いましたので、奥までどうぞ」
扉の先にはくーあん先生の姿。手を指し示し、こちらへ来いと催促していた。
「よし、では行けサトー。我はここでゆるりと待つことにしよう」
「アホか! エクスカリバー持ってるんだからお前が行け!!」
「カリバー氏なら貸し出してやろう! だから安心して逝ってこい!」
「今の行って来いって絶対当て字が違うだろ! ふざけんな!!」
『二人共、拙者を物扱いするのはやめてほしいでござる』
と言う感じで取っ組み合いの喧嘩である。もちろん、底辺冒険者であるリュカンにすらかなわない一般人の俺が敗北。
まあ勝敗はともかくとして、
「みなさん、時間が勿体無いので早く来てください」
「「『アッハイ』」」
くーあん先生の鋭い目つきに、すごすごと進むしか無い三人であった。
* *
「…………何、ここ?」
周囲を高い壁に囲まれて、天井はなく上は青空。一見して闘技場のように見えるその場所で、俺とリュカンは首を傾げていた。
そんな俺達のもとに、
「お二人とも……失礼、お三方は料理に置いて、最も最初にやらなければならないことは何であると思われますか?」
「え? し、下ごしらえとか?」
「手洗い?」
『二人共甘いでござるな。食材の調達でござる』
「……ふむ、まあエクスカリバーさんが一番近いですね」
『おー、やったでござる!』
くーあん先生の問い。確かに、調理授業の内容としては至極まっとうなものである。
しかし、その話とこのおかしな空間とがまるで合致していない。そして思い出す、ルティカが別れ際に放った不穏な言葉。
「死なないようにだけ気をつけてください」
俺の額から、汗がひとしずく流れ落ちた。
「大丈夫ですサトーさん! 高等部の方々なら問題なくこなせる内容ですし、カリバーさんがいる状態なら楽勝です!」
「あれ? ルティカちゃんいつの間に?」
囲まれた高い壁の上に、いつの間にかルティカが陣取っていた。
「ルティカ様の言うとおり、メイドですらこなせる内容。冒険者ギルドから出向かれた皆様なら、まるで問題はないでしょう」
「い、いや。私は冒険者ギルドの事務職員なのですが……」
「わ、我もブロンズの底辺冒険者で……」
「という訳で早速始めましょう」
全然人の話を聞いてくれない。
「先程の答えですがズバリ――――屠殺です」
アカン。
「とさっ……それってあの……つまり」
「首をチョンパします」
『言っちゃったでござる』
「まったく、昨今の若い子は命をいただくということを何だと思っているのでしょうか。切り身が泳いでるわけ無いでしょう! なんですかそれは!」
どうやらくーあん先生的に許せない話のようだ。
ひとしきり怒ったのちに、冷静に我に返ったくーあん先生は、コホンと咳払いをしてから、
「と、とにかく。命の大切さを教えるために、一度は命を奪うという事も経験しておかなければならないのです」
「理念はともかく……素人が屠殺というのはちょっと……なあ、リュカン?」
「ん? いや、屠殺くらいなら我は全然……弱い魔物退治くらいならいくらかやっているしな」
『事務職であるサトー氏はそういったあら事になれていないのでござろう』
インドア派で悪かったな。
「だがサトー、以外にも平和な授業で良かったではないか。ルティカちゃんのあの台詞は、かなり大げさだったようだな」
「ま、まあ気分はよろしくないが、たしかにな」
「覚悟は出来たようですね。では始めます。檻を開けてください!」
コッコッコッコ……
「ん? 鶏の鳴き声?」
「どうやらそのようだ。ふっふっふ、我が血肉となる生贄がやって来たら……し……」
かっこいいのかそうでないのか、おかしなポージングを決めたリュカンの表情が、檻が開いたと同時に青ざめた。
そしてそれは俺も同じ。冷や汗すら一気に引いて、言葉すら出てこない有様。
コケーッ!! ココココッ! コケーッ!!
鶏なのは間違いない。白い体に赤い鶏冠と黄色いくちばし。完全に俺の知っている鶏と同じものである。
ただし、体長は3メートル近くあり、バカでかい鉤爪。蛇のようなしっぽを持つ…………バジリスクである。
「「魔物じゃん!?」」
「食用として飼われたバジリスクは、肉は柔らかくジューシーな食材です。さぁ、レッツハンティング!」
「やっぱりこの学校にはまともな教師はいないのかー!?」
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