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第五章 まるで祟りな夏祭り

CASE31 アヤセ・ナナミ

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「いや~! お騒がせして申し訳無かったッスねぇ! 恋人関係かと思いきや、両方共男性。しかも男の娘……ムフフ、眼福ッス」
「お前は何を言ってるんだ……」

幽霊が自宅で明るく気さくに話しかけてくる状況。
足がないテンプレート的な幽霊だが、その姿はかなりはっきりと視認できる。天パな髪の毛を短く乱雑に切って、色気のかけらもないフリースを着込み、非オシャレメガネをかけた若い女性だった。
異世界と言えど、幽霊……つまりゴーストと言うモンスターが町中に居るのはどうなのだろうか。
基本的に、人間が生活する領域にモンスターは近寄りづらい。魔法によるお祓いや、兵士や冒険者がたむろしているのだからそれも当然だ。
しかし、そう言った系統のモンスターが集まりやすい場所というのは存在する。
もちろん例外的な場所であり、そうそうお目にかかれないスポットなのだが、運悪くと言うかほぼ上司のせいと言うか……俺の住居のことごとくがその例外に当たる場所であるらしい。

「あ、とりあえず自己紹介をした方が良いッスね。自分、アヤセ・ナナミと申します。見ての通り、ゴーストをやっております」
「ご丁寧に、私はルーン・ストーリストと言います」
「俺はサトー……って、ん? その名前だとアンタ、もしかして召喚者か?」
「おお! ひょっとして貴方もそうなんスか? いやぁ、奇遇ッスねぇ」
「いや……奇遇なのはまあそうなんだけど…………なんでゴーストになってるんだよ」

召喚者や転生者は、例外を除いてチート能力を女神特典として受け取っているはずである。
もちろん、それでも道半ばで死んでしまう奴らも少なくない。天然チートである所のオリハルコンクラスの冒険者や、魔王軍四天王なんて奴らが居るのだから、いくらチートを持っていても限界があるのだ。
だが、死んだ召喚者がゴーストになったというのは聞いたことが無い。しかも、人語を介するほどはっきりと意識を保つなど、リッチークラスのゴーストに成り果てているとは。

「そのあたりは自分にも分かりかねるッスね。死んでしまった後は、随分と長い間意識がぼんやりしてたんスけど、気がつけばこの家で漂ってましたから。目を覚ました瞬間に、顔を歪めた親子と遭遇して驚いた次第ッス」
「パプカさんたちを驚かせたのはわざとでは無かったようですね」
「そ、そうだな。後で説明しておくか…………ちなみに、生前のことは覚えてるのか? やっぱり、この家に縁がある……」
「いやいや、この家については全く知らないッス。召喚されてすぐの頃は、グランドキャニオンっぽい荒野に住んでましたから」
「グランドキャニオン? また住みづらそうな所に……」
「うーん、最初はいいアイデアだと思ったんスけどねぇ。崖の中腹に部屋をまるごと召喚したら、敵に出会いにくくなると思ったんスけど、逆にこっちが降りられなくなっちゃって」

…………ん?

「なぁアヤセ。今なんて?」
「へ? ああ、実は女神様に特典として『日本で暮らしてた頃の部屋』をまるごと召喚してもらったんス。けど、立地を間違えちゃってそのまま餓死することに……もうちょっと考えてから特典を選ぶべきでしたねぇ」

俺は思い出す。メテオラがこの土地にやって来た理由を。
今ではめでたくオタク三人衆の一人と化している魔王軍四天王。そのきっかけとなった出来事が、アヤセが言ったことと合致するのである。
俺は一度、自分の部屋に足を運んで、机の中にしまってあった一冊の日記帳を取り上げた。
俺自身には、日記を書くなどという習慣は無い。コレはメテオラの一件で入手した他人の物である。
その日記帳をパラパラとめくって確信を持ち、ルーンとアヤセの元へと戻った。

「これ……もしかしてお前のか?」
「うおう!? そ、それは自分の日記帳じゃないッスか! なんでこんな所に!?」

なんということだろう。馬鹿がこんな所にいたとは。
オタクグッズが大量に貯蔵された崖っぷちの部屋。そこで身動きが取れず、そのまま餓死してしまうという愚挙を犯した馬鹿。
それこそが、眼の前に居るアヤセ・ナナミと言う女であるらしい。
事情を確かめるべく、日記帳の中身を確認するルーンは、苦笑いを浮かべてアヤセを見た。まあ当然だろうな。

「うわぁ……あれ? でも、この日記帳は一人称が『俺』になっていますよ? 男性のものなんじゃ……」
「ああ、自分実はネナベなんス。文章を書く時は、つい俺って書いちゃうんスよねぇ」
「ねなべ……?」

ネナベ。つまりインターネット上で男性のふりをする女性のこと……だったか? インターネットのないこの世界では、ルーンに説明するのは難しいだろう。

「お? しかもその日記帳、自分の触媒になってるようッスね。なるほど、だからこの家で目を覚ましたんスか」
「つまり……あれか?メテオラがこの日記を持ってきたから、アンタも一緒に付いてきたと?」
「そういうことでしょうねぇ」

そんな他人事みたいに言うなよ。

「あのぉ……もしかして、この家が夏なのに涼しかったのって……」
「あ! そうか、ゴーストがいたからなのか……」

ゴーストがいる場所の気温は低い。怪談話をすると涼しくなると言うが、この世界では物理的に気温が下がるらしい。
大量のゴーストがいる場合は、涼しくなるどころか凍える程度になるそうだが、快適な気温に保たれているのは、アヤセしかこの場にいないからなのだろうか。

「ところで、なんでこのタイミングで意識が戻ったんだ? 話を聞く限り、手帳を持ってきたときからこの家にいたんだろ? そう言えばその頃から涼しかったしな」
「ん~……自分が考察するに、なんかとてつもない魔力が放出されたみたいなんス」
「魔力?」
「ええ。こう……息苦しくなるようなジットリとした大量の魔力ッス。多分……あっちの方角からッスね」

そう言ってアヤセが指差すのは、祭りの会場の中心地。イベントが行われていたステージがある広場の方角だった。

「魔力……? 何かあったっけ?」
「いえ特には……息苦しい?」

なんか心あたりがあるような無いような…………ともかく、アヤセが復活した理由は祭りに関係有るようだ。

「で? アンタはどうすれば成仏するんだ? 念仏でも唱えれば良いのかな」
「どうすれば良いんッスかねぇ? 生前は無宗教でしたし、念仏系で成仏できるとは思えないんスけど」

アヤセはしばらく頭を捻ると、パッと顔を上げて、

「ま、成仏したいわけでもないですし、しばらく考えてみることにするッス。なんだかんだで若くして死んじゃいましたからねぇ、自分」
「案外あっけらかんとしてますね。死んだことにはあんまり嘆いたりはしないんですか?」
「そりゃあ悲しいッスよ! うぅ……せめて男性とお付き合いくらいはしたかったッスねぇ。自分、召喚前は引きこもりだったッスから友達もいませんでしたし……」

そんな悲しくなるような情報を話されてもなぁ。



「オラァ! ゴーストがなんぼのもんじゃい!」
「さあ出てきなさい! 装備を整えたお父さんが相手をしてあげますよ!」



と、体中にニンニクと十字架をぶら下げたオッサンと付添のパプカが、我が家の扉を粉砕しつつこの場に乱入した。

「ってあれ? サトー、ルーン。ご無事のようですね?」
「さっきまで無事だったが、お前らのせいで賃貸の扉がご無事じゃなくなったよ。弁償しろ」
「戻ってこないので、てっきりゴーストに取り憑かれたのかと思って駆けつけたのですが……杞憂でしたか?」

まあ、彼女なりに心配してくれたのだろう。結果として事態を悪化させる羽目になってしまったが。

「というかオッサン、ゴーストは苦手とか言ってなかったか?」
「ああ、なにせ物理で殴れないからな! だからゴーストに効きそうな道具を持って馳せ参じたというわけだ」
「十字架はともかく、ニンニクは吸血鬼特攻のアイテムなんじゃ…………ん?」


ゴゴゴゴゴ……


何やら空気が震えている。
と言うか、家全体が実際に揺れているようだ。家具や食器類がガタガタと音を立てて、柱がギシギシと悲鳴を上げている。
地震? にしては空気が張り詰めているような……

「ルーン、とりあえず机の下…………うわっ!?」

ルーンを机の下に誘導しようとすると、俺の視界にとんでもないものが映り込んだ。
それは、青白い光をひときわ強めた人影。つまり、ゴーストであるアヤセが涙目でオッサンを睨みつける姿。

「………クは……」
「な、何?」
「ニンニクは駄目ッスーーーーー!!」

と言う叫び声を上げた瞬間。青白い光はその場を包み込んで爆発。
オッサンめがけて放たれたのだろうその光は、巨体を軽々と吹き飛ばし、玄関付近の設備を巻き添えにして大破させた。
つまり、ゴースト特有の能力である…………ポルターガイストである。

「…………はっ!? ああ! スイマセン! 視界にニンニクが入ったものだからつい! ゴーストとしての本能が!」

どうやら、俺は思い違いをしていたらしい。
何故かこの世界では、ニンニクはゴーストに対する特攻アイテムらしい。











*    *

「先日は大変ご迷惑をおかけしたッス! 挽回できるよう、誠心誠意職務に励ませていただきまッス!」

何故か敬礼ポーズを決めながら、アヤセがギルドに訪れていた。
しかも、その姿は自宅に居るときのようなフリース姿ではなく、ギルド職員専用の制服に身を包んでいた。
そう、つまりアヤセは、本日からギルド職員として、リール村のギルドで働くことになったのである。ちなみに、かのドS上司への報告は済んでいるため、きちんとした正規雇用である。
俺の家の修繕費用を捻出させるための雇用らしいが……なんでわざわざこの村のギルドで働かせるのだろうか。とうとう事務職員の比率が、人間と人外で半分半分になっちゃったぞ。
物に触れないはずのゴーストが、どうやって制服を着たのかとか、そんなんで仕事ができるのか、とか。色々ツッコミどころはあるが、多分ツッコんじゃいけないんだろうなぁ。

「ああ……うん。頑張ってね」
「よろしくッス支部長さん! ナナミはとうとうニートから脱却します!」


「おいーっす……お? なんだ、幽霊の姉ちゃん。働くの今日からだっけ?」


ギルドの入り口から入ってきたのは、先日村外れの林まで吹き飛ばされたゴルフリートのオッサンである。当然のごとく無傷だが。

「ゴルフリートさん! コンニチワッス! 先日は申し訳ありませんでした!」
「いやいや、あれ程のポルターガイストを食らったのは久しぶりだったぜ。冒険者としてもやってけるんじゃねぇの?」

ガッハッハ! と笑うオッサンは、攻撃されたことなど歯牙にもかけていないようだ。

「まあそれはともかく、どうやって仕事をするつもりなんだ? その体だと、ペンすら持てないんじゃないの?」
「問題ありません支部長さん。物理的に持つことは出来ずとも、ポルターガイストでペンを浮かせることは出来ますから!」

と言って、机の上に置かれたペンを睨みつけて、思い切りいきむアヤセ。
ペンはプルプルと震え、不安定ながら徐々に空中に浮かび上がり………………直後、高速で射出。
ギルドの酒場。そこにたむろする男たちのジョッキに穴を開け、酒瓶を砕きつつ、最終的に俺の頬をかすめて壁に突き刺さった。

「あ、あれ? 加減が難しいッスね……」
「ああ……うん。しばらくは、書類の整理に回ってもらおうかな」

こうして、新たな仲間が我がギルドへと加わった。
…………こんな異常な職場に慣れつつある自分が怖い。






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