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第二章 まるで中二な異世界人
CASE 10 メテオラ その1
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中央の同期の皆さんお元気ですか?
かつてともに研修を受け、中央で数年間、仕事をともに過ごしたお二人との日々は、まるで昨日のことのように思い返されます。
その後、お二人はいかがお過ごしでしょうか。
私は派遣された先で、半年ほど充実した時間を過ごしました。
仕事は順調。失敗することも多々ありましたが、友人もでき、上司や部下に恵まれて、順風満帆な日々でした。
残念なことに、とある事件が街で起こってしまったため、人員整理のため新たな地へと赴くことになりましたが、こちらは空気もご飯も美味しくて、いろいろな地酒も楽しめる大変過ごしやすい地域です。
新たな友人や、永遠の別れだと思っていたかつての友人との再会。
もちろん、前の街や中央での暮らしを思い返さない日はありませんが、私はここで、しっかりと務めを果たしておこうと思います。
いつかお二人にも、私の大切な友人たちを紹介して、こちらにも遊びに来てほしいものです。
最後になりましたが、長く手紙を出さず、申し訳ありませんでした。
言い訳になりますが、忙しく、なかなか落ち着いて筆を走らせる機会がなかったものでして。
今回筆を取ったのは、なぜかすごくお二人に会いたくなったからです。
中央での平和な日々は私にとって最高の思い出です。
そしてもう一つ…………私はここで
死んでしまうかもしれませんので。
* *
『リールの村というのはここか?』
村を飲み込んでしまうほどの巨体。漆黒の鱗は一枚一枚が民家を押しつぶすほどの巨大さを誇る。
牙の一本一本は大木と同等。その瞳は真紅に染まる。
エンシェントブラックドラゴン
魔王軍が率いる最強の一角。名を『メテオラ』魔王軍四天王の一人である。
彼が訪れた先は炎に飲み込まれ、かつてあった巨大な王国をたった一人で滅ぼしたという伝説を持つ。
そんな彼が今…………我らが村へやってきていた。
「な、な、な……何か御用でしょうか」
『リールの村で間違いないかと聞いている』
「は、はいっ!」
その一言一言が大地を揺らし、意識を持っていかれそうになる。
くそぅ。なんでこんな片田舎に四天王なんてもんがやって来るんだ。しかもこんな時に限って、唯一対抗できそうなゴルフリートのオッサンは遠出中。
次にランクの高いパプカは、俺の隣でジュリアスと一緒に立ったまま気絶していた。
そしてかつて、エクスカリバーとともにオッサンと対等に渡り合ったことのあるリュカンは、地面に転がって死んだふりを決め込んでいる…………役立たずどもめ!!
『この村に、エクスカリバーと言う魔剣があると聞いた』
「………………は?」
メテオラの口から意外な名前が飛び出した。
「エクスカリバー……ですか? 確かにこの村にいますが……」
『すぐに連れてこい』
「はいっ! 只今!!」
圧倒的な重圧に、駆け足でギルドへと向かう。
中では念話機で中央と交信中の涙目なルーンの姿があった。
「はい……はい……一週間!? む、無理です! それではとても……はい。わかりました、お願いします……」
「る、ルーン……中央からの応援は……」
「最低でも一週間かかるそうです。そうでなくても、四天王に対抗できる冒険者なんて数えるほどしかいないそうで」
ほぼオリハルコンで構成された勇者パーティでさえ、四天王の一人すら討ち取ったという報告はない
オリハルコン並みの実力を持つ国の兵士も、各地方の重要拠点を守るために配置されているだけで、こんな片田舎の防衛に回す余裕はないだろう。
「しょうがない、とにかくエクスカリバーを差し出して時間稼ぎをしよう」
「え? エクスカリバーさんをですか?」
「ああ。なんでかわからないがご所望だそうだ。問答無用で攻撃をしてこないところを見ると、おとなしく帰ってくれるかもしれない」
俺は壁にかけられたエクスカリバーを引っぺがすと、すぐさまメテオラの場所へと戻った。
「お持ちしました!」
『うむ……貴様がエクスカリバーか』
『………………』
エクスカリバーは一言もしゃべらない。
「おい! 呼ばれてるんだから返事くらいしたらどうだ!」
『………………』
こ、こいつ……死んだふりをしてやがる!
しゃべらない剣はただの剣。このままだんまりを決め込んで、この場をやり過ごす魂胆なのだろう。
『どういうことだ、これはエクスカリバーではないのか?』
「い、いえ! エクスカリバーで間違いありません!! おいこら! この方をどなたと心得ている! 魔王軍四天王のメテオラ様だぞ! 早く喋れ! 今すぐ喋れ!!」
『あわわわっ!? サトー氏! 振り回すのは止めてほしいでござる!』
やっと喋りやがった。
『お前がエクスカリバーで相違ないか?』
『う、うむ……拙者、魔剣エクスカリバーでござる』
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「『ひぃ!?』」
メテオラの口が開き、その叫びは民家の窓をぶち割って、石造りのギルドの壁に亀裂を産んだ。
「エクスカリバー! お前なにしたの? なにしたんだよ!?」
『ご、誤解でござるサトー氏! 拙者魔王軍に知り合いなどおらぬゆえ!』
ひとしきり叫んだメテオラは、叫ぶのをやめると失神寸前の俺の目の前に顔を近づける。
『いやぁ、すまんすまん。つい興奮して大笑いしてしまった。許せ』
い、今の笑い声だったのか。
「え、エクスカリバーがご所望なら連れて行って頂いて結構です! どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください!」
『ちょ、ちょっとサトー氏! それはあまりにも薄情でござる!』
「うるせぇ! どうせお前が持ち込んだ厄介事だろうが! お前が連れて行かれて村が救われるんなら、俺はお前が犠牲になろうと構わない!!」
『止めてほしいでござる! 拙者女神の加護を受けし者でござるが、いきなり四天王と戦えと言われても無茶ぶりと言うものでござるから!!』
「あ、てめぇ! 手から離れろ! 魔力でひっついてんじゃねぇ!」
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「『ごめんなさい!!』」
『実に愉快だ。お前たち面白いな』
やっぱり笑ってるだけなのか。
『別に貴様をどうこうしようと言うわけではない。今日は貴様に尋ねたいことがあって来ただけだ』
『む……? 拙者にでござるか?』
『ああ。風のうわさで聞いたのだ。俺様が知りたいことに関し、このあたりでは貴様が最も詳しいのだと』
俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
空気が震え、あたりにピリピリとした魔力が充満するのを感じる。
そしてメテオラが口を開いた。
『”萌え”なるものを知っているか?』
……………………はい?
『萌え……でござるか?』
『うむ。ちなみに字はこう書くらしい……一体どこの文字なのかは分からないが』
巨大な爪で地面に書いた文字は、たしかに「萌え」と書かれていた。
「あ、あの……メテオラ様?」
『メテオラでいい。今は職務外時間に仕様で来ているだけだからな』
「ではメテオラさん…………なに言ってんだアンタ」
魔王軍最強の一角、エンシェントブラックドラゴン『メテオラ』
魔王軍で最強といえば、すなわち世界でも最強の一角だ。国を滅ぼすとか序の口で、天変地異を収めたと言う伝説すら持つおとぎ話に出てくるような生物。
そんな男が言うに事欠いて「萌え」が何かと聞いてきた。
『さ、サトー氏……もうちょっとオブラートに……』
「そんなことを言われても突っ込まざるを得ないだろこれは。メテオラさん、どこでそんな言葉を聞いてきたんですか? そして誰に聞いたんですか。名前を教えて下さい。ぶっ飛ばしてきますから」
『誰に、というわけではないな。この言葉はとあるマジックアイテムから流れた一節なのだ』
「マジックアイテム?」
『実は先日、暇だったので空を散歩していると、崖の上に人間の住処を見つけたのだ。もちろん見過ごすわけに行かず、塵に返そうと降り立ったのだが、そこには大量の書物と肖像画、棚に並べられた色彩豊かな人形の山があった』
お、おう……何か展開が読めてきた気がする。
『おまけにガラスに映るのはこの世のものとは思えないもの……なんと絵が動いていたのだ』
『まさかサトー氏……』
「うん。多分予想どうりなんだろうな」
『そのガラスに映し出される人物たちが、萌えだ何だとやたらと言っていたので気になったのだ。書物類は絵が多くて面白いものだったが、いかんせん字が読めない』
まあ多分それ日本語だからなぁ。
『そこで、萌なるものを知っている人間を探していたのだ。その者なら、字を読むことも出来るだろう?』
「ま、まあ……読めると思いますが」
『実はその場で、人間と思しき亡骸と、日記のようなものを見つけたのだ。エクスカリバーよ、これを読めるか?』
どこから取り出したのか、メテオラは一冊の本を俺たちに差し出した。
中を確認すると、たしかにそこには日本語で書かれた文字が羅列されていた。以下はその抜粋である。
異世界歴一日目
夢にまで見た異世界生活。女神様と出会い、特別なアイテムを得た俺に敵はない。
とは言え、俺ツエーをやりたいわけではなく、俺は内政物をやりたい。そこで、女神様からは現代社会と変わらない環境を維持した自分の部屋を一緒に召喚してもらった。
場所は敵が気が付かないような安全な場所。水道水は無限に出るし、電気もガスも使い放題。何よりコレクションしていた自分のオタグッズも付属してもらっている。パソコンでネットを見るのだって可能。
現代知識をいくらでも仕入れられるチート能力だ。
まずは街で日本の飲める水道水を売って、こちらの地盤づくりをしよう。
異世界の文明レベルを聞いたが、どうせまともな飲料水がない世界のはずだ。
水なら無限に出てくるのだからいくらでも儲かるだろう。
異世界歴二日目
早々に挫折。
召喚された場所が崖の中ほどにあったのだ。たしかに敵は来れないかもしれないが、俺自身外出することができない。
魔法を使って空をとぶことを考えた。けど俺は魔法なんて使えない。覚えようにも、この世界の人間と会ったこともなければ書物を読むことも出来ない。
詰んだかもしれない。
異世界歴十日目
冷蔵庫にあった食料が尽きた。幸い米はまだあるので、おかゆにして当面を凌ごう。
ネットでロッククライミングの知識を得た。俺には実行できないので意味がなかった。
異世界歴二十日目
とうとう米が尽きた。もう帰りたい。
異世界歴三十日目
水でお腹を膨らますのもそろそろ限界のようだ。あんなに味気なかったおかゆが、今ではすごく恋しい。
異世界歴四十日目
かゆ…………うま……
ここで日記は途切れていた。
馬鹿じゃねぇのこいつ。
『どうだ、読めるか?』
「ええ。馬鹿がいました」
もしかして召喚者って、俺が思う以上に馬鹿が多いのかもしれない。
『ほう? 貴様もこの文字が読めるのか』
「ええ、まあ……メテオラさん。召喚者や転生者というのはご存知ですか?」
『召喚……ああ。あの初期装備で我らの軍主力に突っ込んでくる精神異常者のことか』
やっぱり魔王軍でもそんな認識なんだな。
「とりあえず、この日記には大したことは書いてありませんでした」
『なんだつまらん。あの部屋についてもっと詳しく知ることが出来ると思っていたのだが……』
『あの、メテオラ氏。良ければ、その文字と部屋について、拙者が色々教えて差し上げようか?』
『む、本当か? それは助かるぞエクスカリバー。早速あの場所に行こうではないか』
そう言ってメテオラは巨大な翼を広げた。地面に落ちる影が村全体を包む。
『あ、メテオラ氏。できればリュカン氏も一緒に連れていきたいでござる。この件については、彼も相当な知識を持ち合わせておるゆえ』
「ふっ、我の出番のようだな」
「うぉ! びっくりした!」
先程まで死んだフリを決め込んでいたリュカンが、いつの間にか復活していた。
「我はリュカン・ヴォルフ・パーパルディア。ヴォルフ地方は我が故郷。そこには四天王、そなたが望む物もあるだろう。今度連れて行ってやろう」
お前の名前はスズキだろ。
人間の土地を魔王軍四天王が自由に飛び回るというのも困りものだが、害がないならまあ良い……のか?
『貴様も詳しいのか。ならば俺様の背中に乗れ。今度と言わず、今すぐに行こう』
リュカンはエクスカリバーを手に持って、メテオラの背中へと乗り込んだ。
中身はアレな四天王だが、これほど圧力のある実力者を前にここまで堂々とした態度。意外とこの二人は大物になるのかもしれない。
『ではサトー氏、行って来る! 晩御飯までには帰ってくるでござる!』
「いやいや、二度と帰ってこなくていいから! 三人で仲良く長期旅行を楽しんできてくれ!」
かつてともに研修を受け、中央で数年間、仕事をともに過ごしたお二人との日々は、まるで昨日のことのように思い返されます。
その後、お二人はいかがお過ごしでしょうか。
私は派遣された先で、半年ほど充実した時間を過ごしました。
仕事は順調。失敗することも多々ありましたが、友人もでき、上司や部下に恵まれて、順風満帆な日々でした。
残念なことに、とある事件が街で起こってしまったため、人員整理のため新たな地へと赴くことになりましたが、こちらは空気もご飯も美味しくて、いろいろな地酒も楽しめる大変過ごしやすい地域です。
新たな友人や、永遠の別れだと思っていたかつての友人との再会。
もちろん、前の街や中央での暮らしを思い返さない日はありませんが、私はここで、しっかりと務めを果たしておこうと思います。
いつかお二人にも、私の大切な友人たちを紹介して、こちらにも遊びに来てほしいものです。
最後になりましたが、長く手紙を出さず、申し訳ありませんでした。
言い訳になりますが、忙しく、なかなか落ち着いて筆を走らせる機会がなかったものでして。
今回筆を取ったのは、なぜかすごくお二人に会いたくなったからです。
中央での平和な日々は私にとって最高の思い出です。
そしてもう一つ…………私はここで
死んでしまうかもしれませんので。
* *
『リールの村というのはここか?』
村を飲み込んでしまうほどの巨体。漆黒の鱗は一枚一枚が民家を押しつぶすほどの巨大さを誇る。
牙の一本一本は大木と同等。その瞳は真紅に染まる。
エンシェントブラックドラゴン
魔王軍が率いる最強の一角。名を『メテオラ』魔王軍四天王の一人である。
彼が訪れた先は炎に飲み込まれ、かつてあった巨大な王国をたった一人で滅ぼしたという伝説を持つ。
そんな彼が今…………我らが村へやってきていた。
「な、な、な……何か御用でしょうか」
『リールの村で間違いないかと聞いている』
「は、はいっ!」
その一言一言が大地を揺らし、意識を持っていかれそうになる。
くそぅ。なんでこんな片田舎に四天王なんてもんがやって来るんだ。しかもこんな時に限って、唯一対抗できそうなゴルフリートのオッサンは遠出中。
次にランクの高いパプカは、俺の隣でジュリアスと一緒に立ったまま気絶していた。
そしてかつて、エクスカリバーとともにオッサンと対等に渡り合ったことのあるリュカンは、地面に転がって死んだふりを決め込んでいる…………役立たずどもめ!!
『この村に、エクスカリバーと言う魔剣があると聞いた』
「………………は?」
メテオラの口から意外な名前が飛び出した。
「エクスカリバー……ですか? 確かにこの村にいますが……」
『すぐに連れてこい』
「はいっ! 只今!!」
圧倒的な重圧に、駆け足でギルドへと向かう。
中では念話機で中央と交信中の涙目なルーンの姿があった。
「はい……はい……一週間!? む、無理です! それではとても……はい。わかりました、お願いします……」
「る、ルーン……中央からの応援は……」
「最低でも一週間かかるそうです。そうでなくても、四天王に対抗できる冒険者なんて数えるほどしかいないそうで」
ほぼオリハルコンで構成された勇者パーティでさえ、四天王の一人すら討ち取ったという報告はない
オリハルコン並みの実力を持つ国の兵士も、各地方の重要拠点を守るために配置されているだけで、こんな片田舎の防衛に回す余裕はないだろう。
「しょうがない、とにかくエクスカリバーを差し出して時間稼ぎをしよう」
「え? エクスカリバーさんをですか?」
「ああ。なんでかわからないがご所望だそうだ。問答無用で攻撃をしてこないところを見ると、おとなしく帰ってくれるかもしれない」
俺は壁にかけられたエクスカリバーを引っぺがすと、すぐさまメテオラの場所へと戻った。
「お持ちしました!」
『うむ……貴様がエクスカリバーか』
『………………』
エクスカリバーは一言もしゃべらない。
「おい! 呼ばれてるんだから返事くらいしたらどうだ!」
『………………』
こ、こいつ……死んだふりをしてやがる!
しゃべらない剣はただの剣。このままだんまりを決め込んで、この場をやり過ごす魂胆なのだろう。
『どういうことだ、これはエクスカリバーではないのか?』
「い、いえ! エクスカリバーで間違いありません!! おいこら! この方をどなたと心得ている! 魔王軍四天王のメテオラ様だぞ! 早く喋れ! 今すぐ喋れ!!」
『あわわわっ!? サトー氏! 振り回すのは止めてほしいでござる!』
やっと喋りやがった。
『お前がエクスカリバーで相違ないか?』
『う、うむ……拙者、魔剣エクスカリバーでござる』
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「『ひぃ!?』」
メテオラの口が開き、その叫びは民家の窓をぶち割って、石造りのギルドの壁に亀裂を産んだ。
「エクスカリバー! お前なにしたの? なにしたんだよ!?」
『ご、誤解でござるサトー氏! 拙者魔王軍に知り合いなどおらぬゆえ!』
ひとしきり叫んだメテオラは、叫ぶのをやめると失神寸前の俺の目の前に顔を近づける。
『いやぁ、すまんすまん。つい興奮して大笑いしてしまった。許せ』
い、今の笑い声だったのか。
「え、エクスカリバーがご所望なら連れて行って頂いて結構です! どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください!」
『ちょ、ちょっとサトー氏! それはあまりにも薄情でござる!』
「うるせぇ! どうせお前が持ち込んだ厄介事だろうが! お前が連れて行かれて村が救われるんなら、俺はお前が犠牲になろうと構わない!!」
『止めてほしいでござる! 拙者女神の加護を受けし者でござるが、いきなり四天王と戦えと言われても無茶ぶりと言うものでござるから!!』
「あ、てめぇ! 手から離れろ! 魔力でひっついてんじゃねぇ!」
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「『ごめんなさい!!』」
『実に愉快だ。お前たち面白いな』
やっぱり笑ってるだけなのか。
『別に貴様をどうこうしようと言うわけではない。今日は貴様に尋ねたいことがあって来ただけだ』
『む……? 拙者にでござるか?』
『ああ。風のうわさで聞いたのだ。俺様が知りたいことに関し、このあたりでは貴様が最も詳しいのだと』
俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
空気が震え、あたりにピリピリとした魔力が充満するのを感じる。
そしてメテオラが口を開いた。
『”萌え”なるものを知っているか?』
……………………はい?
『萌え……でござるか?』
『うむ。ちなみに字はこう書くらしい……一体どこの文字なのかは分からないが』
巨大な爪で地面に書いた文字は、たしかに「萌え」と書かれていた。
「あ、あの……メテオラ様?」
『メテオラでいい。今は職務外時間に仕様で来ているだけだからな』
「ではメテオラさん…………なに言ってんだアンタ」
魔王軍最強の一角、エンシェントブラックドラゴン『メテオラ』
魔王軍で最強といえば、すなわち世界でも最強の一角だ。国を滅ぼすとか序の口で、天変地異を収めたと言う伝説すら持つおとぎ話に出てくるような生物。
そんな男が言うに事欠いて「萌え」が何かと聞いてきた。
『さ、サトー氏……もうちょっとオブラートに……』
「そんなことを言われても突っ込まざるを得ないだろこれは。メテオラさん、どこでそんな言葉を聞いてきたんですか? そして誰に聞いたんですか。名前を教えて下さい。ぶっ飛ばしてきますから」
『誰に、というわけではないな。この言葉はとあるマジックアイテムから流れた一節なのだ』
「マジックアイテム?」
『実は先日、暇だったので空を散歩していると、崖の上に人間の住処を見つけたのだ。もちろん見過ごすわけに行かず、塵に返そうと降り立ったのだが、そこには大量の書物と肖像画、棚に並べられた色彩豊かな人形の山があった』
お、おう……何か展開が読めてきた気がする。
『おまけにガラスに映るのはこの世のものとは思えないもの……なんと絵が動いていたのだ』
『まさかサトー氏……』
「うん。多分予想どうりなんだろうな」
『そのガラスに映し出される人物たちが、萌えだ何だとやたらと言っていたので気になったのだ。書物類は絵が多くて面白いものだったが、いかんせん字が読めない』
まあ多分それ日本語だからなぁ。
『そこで、萌なるものを知っている人間を探していたのだ。その者なら、字を読むことも出来るだろう?』
「ま、まあ……読めると思いますが」
『実はその場で、人間と思しき亡骸と、日記のようなものを見つけたのだ。エクスカリバーよ、これを読めるか?』
どこから取り出したのか、メテオラは一冊の本を俺たちに差し出した。
中を確認すると、たしかにそこには日本語で書かれた文字が羅列されていた。以下はその抜粋である。
異世界歴一日目
夢にまで見た異世界生活。女神様と出会い、特別なアイテムを得た俺に敵はない。
とは言え、俺ツエーをやりたいわけではなく、俺は内政物をやりたい。そこで、女神様からは現代社会と変わらない環境を維持した自分の部屋を一緒に召喚してもらった。
場所は敵が気が付かないような安全な場所。水道水は無限に出るし、電気もガスも使い放題。何よりコレクションしていた自分のオタグッズも付属してもらっている。パソコンでネットを見るのだって可能。
現代知識をいくらでも仕入れられるチート能力だ。
まずは街で日本の飲める水道水を売って、こちらの地盤づくりをしよう。
異世界の文明レベルを聞いたが、どうせまともな飲料水がない世界のはずだ。
水なら無限に出てくるのだからいくらでも儲かるだろう。
異世界歴二日目
早々に挫折。
召喚された場所が崖の中ほどにあったのだ。たしかに敵は来れないかもしれないが、俺自身外出することができない。
魔法を使って空をとぶことを考えた。けど俺は魔法なんて使えない。覚えようにも、この世界の人間と会ったこともなければ書物を読むことも出来ない。
詰んだかもしれない。
異世界歴十日目
冷蔵庫にあった食料が尽きた。幸い米はまだあるので、おかゆにして当面を凌ごう。
ネットでロッククライミングの知識を得た。俺には実行できないので意味がなかった。
異世界歴二十日目
とうとう米が尽きた。もう帰りたい。
異世界歴三十日目
水でお腹を膨らますのもそろそろ限界のようだ。あんなに味気なかったおかゆが、今ではすごく恋しい。
異世界歴四十日目
かゆ…………うま……
ここで日記は途切れていた。
馬鹿じゃねぇのこいつ。
『どうだ、読めるか?』
「ええ。馬鹿がいました」
もしかして召喚者って、俺が思う以上に馬鹿が多いのかもしれない。
『ほう? 貴様もこの文字が読めるのか』
「ええ、まあ……メテオラさん。召喚者や転生者というのはご存知ですか?」
『召喚……ああ。あの初期装備で我らの軍主力に突っ込んでくる精神異常者のことか』
やっぱり魔王軍でもそんな認識なんだな。
「とりあえず、この日記には大したことは書いてありませんでした」
『なんだつまらん。あの部屋についてもっと詳しく知ることが出来ると思っていたのだが……』
『あの、メテオラ氏。良ければ、その文字と部屋について、拙者が色々教えて差し上げようか?』
『む、本当か? それは助かるぞエクスカリバー。早速あの場所に行こうではないか』
そう言ってメテオラは巨大な翼を広げた。地面に落ちる影が村全体を包む。
『あ、メテオラ氏。できればリュカン氏も一緒に連れていきたいでござる。この件については、彼も相当な知識を持ち合わせておるゆえ』
「ふっ、我の出番のようだな」
「うぉ! びっくりした!」
先程まで死んだフリを決め込んでいたリュカンが、いつの間にか復活していた。
「我はリュカン・ヴォルフ・パーパルディア。ヴォルフ地方は我が故郷。そこには四天王、そなたが望む物もあるだろう。今度連れて行ってやろう」
お前の名前はスズキだろ。
人間の土地を魔王軍四天王が自由に飛び回るというのも困りものだが、害がないならまあ良い……のか?
『貴様も詳しいのか。ならば俺様の背中に乗れ。今度と言わず、今すぐに行こう』
リュカンはエクスカリバーを手に持って、メテオラの背中へと乗り込んだ。
中身はアレな四天王だが、これほど圧力のある実力者を前にここまで堂々とした態度。意外とこの二人は大物になるのかもしれない。
『ではサトー氏、行って来る! 晩御飯までには帰ってくるでござる!』
「いやいや、二度と帰ってこなくていいから! 三人で仲良く長期旅行を楽しんできてくれ!」
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今回はあとがきは無しです。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
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