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第二章 まるで中二な異世界人
CASE5 リュカン・ヴォルフ・パーパルディア その2
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リュカンは言動自体は変人だが、大工としての腕は一流だった。
宣言通り夜には完成させたギルドは、その二日後から仕事を再開した。
必要な書類や道具は中央から配送されており、あとは運び込むだけだったのでそう大変ではなかった。
大変なのはこれからだ。冒険者の普段の活動時間ではないくせに、この地域での初めてのギルドと言うことで冒険者登録をする人間が後を絶たない。
こっちは俺とルーンの二人体制。とてもじゃないが仕事が追い付かないのだ。
昼休憩に入った頃には精根尽き果て、両者とも受付カウンターに突っ伏していた。
「こ、これはきつい……やっぱ二人は無茶だったんだ…………」
「た、たぶん冒険者登録自体の波は終わったと思います。午後からはもう少しましにはなるでしょう」
午後もこれなら過労死と言う言葉が現実味を帯びてしまう。午後からだって、この地域の調査結果の分析と冒険者からの聞き取り、午前中に集めた冒険者の書類整理などなど。
受付長から昇格して支部長になったが故の仕事量の増加。おまけに人員が少ないから相談窓口の仕事も変わらず俺の物だと言う。
仕事量と同じだけ給料を上げてもらっても釣り合わないぞこれ。
俺は朝方ルーンに作ってもらったサンドイッチをかじりながら書類をめくる。休憩時間に仕事をしない主義だが、そのままにしておくと残業が待っているためそんなことも言っていられない。
この地域に新たに登録したジュリアスやパプカ。そのほかの顔見知りの冒険者の書類がちらほら見える中、見たことはあるが前の街にはいなかった人物の書類を見つけた。
「あれ? これリュカンの……」
「あのぅ」
「うわっ!? リュカンさん!?」
名前を読んだら呼んでもいないのに本人が来た。
どうやらいつの間にか昼休憩が終わってしまっていたようだ。まだほかの冒険者の姿が見えないが、ほかの連中は昼食の最中なのだろう。冒険者が増え、ギルドの酒場もまだ稼働していないため、リール村の食事処は常に満員なのである。
「実は相談したいことがあるのだ」
「え、ええ……わかりました。では窓口の方へお移りください」
相談窓口への一番乗りはジュリアスだと思っていたが、意外なことにやってきたのは新顔のリュカンだった。
聞くところによると、本業は冒険者だがランクがブロンズで稼ぎが少なく、副業にしている大工仕事の収入がメインになっているそうだ。
「えーっと、ではリュカン・ヴォルフ・スズキさん…………ん? スズキ?」
改めて見た書類には、先日名乗ったパーパルディアと言う姓は無く、代わりにスズキとか言う違和感がすさまじい苗字が書かれていた。
「あの……スズキさん?」
「我はスズキではない。我の名はリュカン・ヴォルフ・パーパルディアだ!」
「でも書類にはスズキって……念のため冒険者カードを改めさせてもらってもいいですか?」
差し出された冒険者カードを確認すると、やはりそこにもスズキと書かれていた。
「その、偽名を名乗られると困るのですが……」
「ぎ、偽名ではない! ソウルネームと言ってほしい!」
やっぱり偽名じゃないか。
「ま、まあいいでしょう……それで、相談と言うのは何ですか?」
「我はブロンズランクなのだが……その、先に言ったように稼ぎが少ないのだ。遺憾ながら何が足りないのかアドバイスが欲しい。特に、サトーは召喚者と聞く。できればその方面からの視点もいただきたい」
「アドバイス……ですか? わかりました、少しお待ちください」
俺はリュカンの書類の細部に目を凝らした。獣人がいつまで経ってもブロンズであることは珍しい。もともとの身体能力は高く、狼ならば平均より下ということはないだろう。
優れた運動能力、嗅覚に聴覚。魔法は不得手だろうが、それを補って余りある才能を持っているはずだ。
「ジョブは……工作員? あれ? でもリュカンさんのクエスト歴を見るとソロでの活動が主だったはず……」
「ふっ、孤高なる我は群れたりなどしない」
カッコつけているところ悪いが、やっぱこいつ馬鹿だろう。
工作員と言えば、バリバリの支援系ジョブだ。罠を仕掛けたり、パーティーに有利な陣地を構築したりするのが役割なのだ。
そもそも攻撃手段がほとんどない。罠を仕掛けておびき寄せ、ひっかけて倒すというのがせいぜいだろう。
思えば大工仕事も、このジョブに関連したスキルを取得していたため、あのように素早い修理ができたのだろうな。
「リュカンさん……召喚者の意見などではなく、普通のギルドの人間としての意見です…………パーティを組んでください」
「な、なに!? 我に凡俗なる者たちと徒党を組めというのか!」
「もしくはジョブを変えて前衛職に就くことをお勧めします。今のレベルでは後衛職でのソロはどのみち厳しいでしょうから」
「だ、だがジョブを変えてしまっては大工仕事に便利なスキルの効果が薄れてしまうではないか!」
スキルは特定のジョブでしか習得できないものではないが、特定のジョブに就いていないと効果が下がってしまう・使えなくなる種類のものもある。工作員などと言う専門性が求められるジョブは最たる例と言っていいだろう。
……こいつは冒険者を頑張りたいのか、副業のついでに本業をやるという矛盾を極めたいのかどっちなんだろう。
「ギルドの人間としてはやはりパーティを組むのをお勧めしますね。工作員はあまりいないジョブですし、一人いればクエストの成功率はグンと上がります。こちらの地域にお知り合いはいらっしゃいますか?」
「わ、我のような高貴なる人間が他のものとつるむなど考えられぬ。よって親しい知り合いはいない」
ああ、ここにも友人の少ない冒険者が居たのか……冒険者って基本いろんなところに行くから、交友関係は広いはずなんだけどなぁ。
「…………では、召喚者としてのアドバイスをさせていただきます」
「おお! ついに明かされる召喚者の謎が我がもとに! 数々の功績を遺した異世界人はどのような方法で……」
「女神さまに会ってチート武器かチート能力をもらってください。以上」
仕事中にしてはかなり投げやり気味な言い方だが、リュカンの希望だったしこれ以上言うことが本当にない。
リュカンはぽかんと口を開いたかと思うと、やや間をおいてから口を開いた。
「……チートとは、確か”特別な”とか”反則的な”みたいな意味だったな。学校で習ったぞ」
学校で教えてんのかい。
「ん? ではその女神さまに会うにはどうすればいいのだ? 教会に行って……いや、我は混沌なる堕天使の系譜、そんな神聖な場には……」
「知りません」
「は?」
「女神さまに会う方法は私も知りません。むしろ私も会う方法があれば聞いてみたいです」
「え……サトーは召喚者なのだろう? 召喚者や転生者はこの世界に来る前に女神さまに会うのが『OYAKUSOKU』なのではないのか?」
そう言ったお約束は俺には適用されていないのだよ。
コースケのほか、何人か召喚者や転生者を知っているが、みんな一様にして何かしらのチートを与えられている。
すさまじい武器だったり、素晴らしい才能だったり、人それぞれではあるがみんな英傑、豪傑、英雄などなど……なんにでもなれるほどの力を持っているのだ。
一方の俺は、才能無し、道具無し、そもそも女神に会っていない。
召喚者としてのアドバイス? そんなもんこっちが聞きたいっての。
「お約束と言うのは否定しません。知る限り皆さんいろいろお持ちですし。けど私はそのような力は持っていませんので」
「う、うむ……なんかすまん」
やめろ、みじめになる。
「と、とにかく何が言いたいのかと言うと……他人から特別に見える人間でも、詳しく知ると意外と普通な人間だったりするんです。まして、特別な力を持っていない私やリュカンさんはとにかくコツコツと努力して追いつくしかないと言うことです……あ、でもリュカンさんはその点私より恵まれているではありませんか。獣人としての身体能力に加えて、工作員と言う特殊なジョブをお持ちなんですから」
「…………ふっ。凡俗なる民よ、そなたの言う通りだな。力を求めるあまり、何かしら安易な方法がないか模索していただけなのかもしれない…………分かった! 凡俗なる我はひとまずパーティを組んでみようと思う! 相談を受けてくれてありがとう、サトー」
素晴らしい。どこかのポンコツもこれぐらい物分かりが良い奴だったらよかったのに。
馬鹿だし、見た目も中身も中二病なリュカンだが、根は良い奴みたいだな。
「ではひとまず、サポート役として高ランクの冒険者について行くのが良いかもしれませんね」
「しかし、あまりにランクが違うと依頼を受けれないのではなかったか?」
「通常ならそうですね。ただ、高ランクの方にも色々いらっしゃいますから。「荷物持ちが欲しい」とか「補助魔法をかけるだけの魔法使いが欲しい」などの限定クエストを依頼される方もいます。もちろん、通常のクエストよりも難易度は高めですし条件もいくつかありますが、最近では駆け出しの方を中心に「高ランクの雰囲気を間近で観察できる」と人気なんですよ?」
リュカンはなるほどと首を縦に振った。実際、ランクの伸び悩みを抱える冒険者がこの形態のクエストを受けて、その後飛躍的に高ランクへと上り詰めたと言う話は時々聞くのだ。アドバイスとしては間違っていないだろう。
「この地域で高ランクと言えば……ゴルフリートさんですかねぇ。彼について行けば間近で観察できるってレベルじゃないでしょうし……なんて、さすがに彼のクエストについて行ったら命がいくつあっても…………」
「ゴルフリート? あのゴルフリート・マグダウェル殿か!? あの伝説のオリハルコンランクの狂戦士! なんと、こんな辺境地にてそんな大物に会えるのか! ぜ、ぜひゴルフリートのクエストに参加させてほしい!!」
「え……いえ、さすがに彼の任務には……」
「ふっ、やはり我は特別な人間たちを集める特異体質であったか! これぞ我が定め! ああ、心躍る冒険が我を待っているのだ!」
「いえ、ですから……それはいくらなんでもまだ早い…………」
「凡俗なる女よ! 早速クエストの受諾を頼む! 我が華麗なる冒険譚は今ここから始まったのだから!!」
「ちょっと待ってリュカンさん! それ打ち切りエンドーー!!」
人の話を聞かず、書類にサインをしてルーンに提出し、リュカンはギルドを出て行った。
同時に戻ってきた冒険者たちの波に負け、追いかけることは叶わなかったが、ゴルフリートについて行くと言う意味を知っている俺としては、彼の安否が心配…………と言うか、結果は完全に見えている分、哀れみしか湧いてこなかった。
後日談
冒険者の波も落ち着き、ギルド内の酒場も開店。ようやくある程度の平穏が戻っていた。
相変わらずジュリアスは毎日相談所に顔を出すし、パプカは飲み会の際に毎回愚痴をこぼす。最初の数日を除けば前に居た街とそう変わりない日常を送っている。
しかしふと冒険者たちの話に耳を傾けると、少し気になる話が聞こえてきた。
「聞いたか? あの獣人冒険者の話」
「聞いた聞いた。ゴルフリートの旦那について行ってボロボロになって帰ってきたって話だろ?」
「ああ。なんでもグールタランチュラの巣に入って行ったらしい。ブロンズが相手にできるモンスターじゃないだろうに」
「あん? 俺はオーガの群れのど真ん中に突撃したって聞いたが……」
「いやいや、最高難度のダンジョンに入って数日間飲まず食わずで走り回ったと……」
残念ながら冒険者の皆様、事の真相はあなた方が噂するはるか斜め上を行きます。
なぜならば、彼らが噂する複数の証言をすべて組み合わせた物が真実となるからです。
ゴルフリートのオッサンは基本的に一つ一つクエストを選んだりはしない。依頼書の束をひっつかんで提出し、ぶらぶらと地域を走り回ってすべて解決するまでは帰ってこない。
すなわち深く考えずにオッサンについて行ったリュカンは、そのすべてのクエストに同行する羽目になったのだ。
加えてボロボロと言うのも、外傷があったわけではない。無駄に有能なゴルフリートは、リュカンが陥った危機をことごとく救い上げ、結果として無傷で連れて帰ってきてくれたのだ。
逆を言うなら、ケガを負って途中離脱という行為が許されず、最後の最後までつき合わされたのである。
体はともかく、精神的に深手を負ってしまったと言うことだ。
しかし、そのさらに数日後には再び中二的なセリフを吐きながら普通に冒険者をやっているリュカンの姿があった。
一応心配の声をかけてみると、なんと、ゴルフリートに付き合った数日間と俺への相談の記憶がすべて抜け落ちてしまっていた。あまりのショックに脳の防衛本能でも働いたのだろうか。
「凡俗なる民よ! 我は先ほど耳にした! この街にはかの有名なゴルフリート殿がいると言うではないか! それならばぜひ、彼のクエストに同行を希望し……」
「それはやめろ!!」
宣言通り夜には完成させたギルドは、その二日後から仕事を再開した。
必要な書類や道具は中央から配送されており、あとは運び込むだけだったのでそう大変ではなかった。
大変なのはこれからだ。冒険者の普段の活動時間ではないくせに、この地域での初めてのギルドと言うことで冒険者登録をする人間が後を絶たない。
こっちは俺とルーンの二人体制。とてもじゃないが仕事が追い付かないのだ。
昼休憩に入った頃には精根尽き果て、両者とも受付カウンターに突っ伏していた。
「こ、これはきつい……やっぱ二人は無茶だったんだ…………」
「た、たぶん冒険者登録自体の波は終わったと思います。午後からはもう少しましにはなるでしょう」
午後もこれなら過労死と言う言葉が現実味を帯びてしまう。午後からだって、この地域の調査結果の分析と冒険者からの聞き取り、午前中に集めた冒険者の書類整理などなど。
受付長から昇格して支部長になったが故の仕事量の増加。おまけに人員が少ないから相談窓口の仕事も変わらず俺の物だと言う。
仕事量と同じだけ給料を上げてもらっても釣り合わないぞこれ。
俺は朝方ルーンに作ってもらったサンドイッチをかじりながら書類をめくる。休憩時間に仕事をしない主義だが、そのままにしておくと残業が待っているためそんなことも言っていられない。
この地域に新たに登録したジュリアスやパプカ。そのほかの顔見知りの冒険者の書類がちらほら見える中、見たことはあるが前の街にはいなかった人物の書類を見つけた。
「あれ? これリュカンの……」
「あのぅ」
「うわっ!? リュカンさん!?」
名前を読んだら呼んでもいないのに本人が来た。
どうやらいつの間にか昼休憩が終わってしまっていたようだ。まだほかの冒険者の姿が見えないが、ほかの連中は昼食の最中なのだろう。冒険者が増え、ギルドの酒場もまだ稼働していないため、リール村の食事処は常に満員なのである。
「実は相談したいことがあるのだ」
「え、ええ……わかりました。では窓口の方へお移りください」
相談窓口への一番乗りはジュリアスだと思っていたが、意外なことにやってきたのは新顔のリュカンだった。
聞くところによると、本業は冒険者だがランクがブロンズで稼ぎが少なく、副業にしている大工仕事の収入がメインになっているそうだ。
「えーっと、ではリュカン・ヴォルフ・スズキさん…………ん? スズキ?」
改めて見た書類には、先日名乗ったパーパルディアと言う姓は無く、代わりにスズキとか言う違和感がすさまじい苗字が書かれていた。
「あの……スズキさん?」
「我はスズキではない。我の名はリュカン・ヴォルフ・パーパルディアだ!」
「でも書類にはスズキって……念のため冒険者カードを改めさせてもらってもいいですか?」
差し出された冒険者カードを確認すると、やはりそこにもスズキと書かれていた。
「その、偽名を名乗られると困るのですが……」
「ぎ、偽名ではない! ソウルネームと言ってほしい!」
やっぱり偽名じゃないか。
「ま、まあいいでしょう……それで、相談と言うのは何ですか?」
「我はブロンズランクなのだが……その、先に言ったように稼ぎが少ないのだ。遺憾ながら何が足りないのかアドバイスが欲しい。特に、サトーは召喚者と聞く。できればその方面からの視点もいただきたい」
「アドバイス……ですか? わかりました、少しお待ちください」
俺はリュカンの書類の細部に目を凝らした。獣人がいつまで経ってもブロンズであることは珍しい。もともとの身体能力は高く、狼ならば平均より下ということはないだろう。
優れた運動能力、嗅覚に聴覚。魔法は不得手だろうが、それを補って余りある才能を持っているはずだ。
「ジョブは……工作員? あれ? でもリュカンさんのクエスト歴を見るとソロでの活動が主だったはず……」
「ふっ、孤高なる我は群れたりなどしない」
カッコつけているところ悪いが、やっぱこいつ馬鹿だろう。
工作員と言えば、バリバリの支援系ジョブだ。罠を仕掛けたり、パーティーに有利な陣地を構築したりするのが役割なのだ。
そもそも攻撃手段がほとんどない。罠を仕掛けておびき寄せ、ひっかけて倒すというのがせいぜいだろう。
思えば大工仕事も、このジョブに関連したスキルを取得していたため、あのように素早い修理ができたのだろうな。
「リュカンさん……召喚者の意見などではなく、普通のギルドの人間としての意見です…………パーティを組んでください」
「な、なに!? 我に凡俗なる者たちと徒党を組めというのか!」
「もしくはジョブを変えて前衛職に就くことをお勧めします。今のレベルでは後衛職でのソロはどのみち厳しいでしょうから」
「だ、だがジョブを変えてしまっては大工仕事に便利なスキルの効果が薄れてしまうではないか!」
スキルは特定のジョブでしか習得できないものではないが、特定のジョブに就いていないと効果が下がってしまう・使えなくなる種類のものもある。工作員などと言う専門性が求められるジョブは最たる例と言っていいだろう。
……こいつは冒険者を頑張りたいのか、副業のついでに本業をやるという矛盾を極めたいのかどっちなんだろう。
「ギルドの人間としてはやはりパーティを組むのをお勧めしますね。工作員はあまりいないジョブですし、一人いればクエストの成功率はグンと上がります。こちらの地域にお知り合いはいらっしゃいますか?」
「わ、我のような高貴なる人間が他のものとつるむなど考えられぬ。よって親しい知り合いはいない」
ああ、ここにも友人の少ない冒険者が居たのか……冒険者って基本いろんなところに行くから、交友関係は広いはずなんだけどなぁ。
「…………では、召喚者としてのアドバイスをさせていただきます」
「おお! ついに明かされる召喚者の謎が我がもとに! 数々の功績を遺した異世界人はどのような方法で……」
「女神さまに会ってチート武器かチート能力をもらってください。以上」
仕事中にしてはかなり投げやり気味な言い方だが、リュカンの希望だったしこれ以上言うことが本当にない。
リュカンはぽかんと口を開いたかと思うと、やや間をおいてから口を開いた。
「……チートとは、確か”特別な”とか”反則的な”みたいな意味だったな。学校で習ったぞ」
学校で教えてんのかい。
「ん? ではその女神さまに会うにはどうすればいいのだ? 教会に行って……いや、我は混沌なる堕天使の系譜、そんな神聖な場には……」
「知りません」
「は?」
「女神さまに会う方法は私も知りません。むしろ私も会う方法があれば聞いてみたいです」
「え……サトーは召喚者なのだろう? 召喚者や転生者はこの世界に来る前に女神さまに会うのが『OYAKUSOKU』なのではないのか?」
そう言ったお約束は俺には適用されていないのだよ。
コースケのほか、何人か召喚者や転生者を知っているが、みんな一様にして何かしらのチートを与えられている。
すさまじい武器だったり、素晴らしい才能だったり、人それぞれではあるがみんな英傑、豪傑、英雄などなど……なんにでもなれるほどの力を持っているのだ。
一方の俺は、才能無し、道具無し、そもそも女神に会っていない。
召喚者としてのアドバイス? そんなもんこっちが聞きたいっての。
「お約束と言うのは否定しません。知る限り皆さんいろいろお持ちですし。けど私はそのような力は持っていませんので」
「う、うむ……なんかすまん」
やめろ、みじめになる。
「と、とにかく何が言いたいのかと言うと……他人から特別に見える人間でも、詳しく知ると意外と普通な人間だったりするんです。まして、特別な力を持っていない私やリュカンさんはとにかくコツコツと努力して追いつくしかないと言うことです……あ、でもリュカンさんはその点私より恵まれているではありませんか。獣人としての身体能力に加えて、工作員と言う特殊なジョブをお持ちなんですから」
「…………ふっ。凡俗なる民よ、そなたの言う通りだな。力を求めるあまり、何かしら安易な方法がないか模索していただけなのかもしれない…………分かった! 凡俗なる我はひとまずパーティを組んでみようと思う! 相談を受けてくれてありがとう、サトー」
素晴らしい。どこかのポンコツもこれぐらい物分かりが良い奴だったらよかったのに。
馬鹿だし、見た目も中身も中二病なリュカンだが、根は良い奴みたいだな。
「ではひとまず、サポート役として高ランクの冒険者について行くのが良いかもしれませんね」
「しかし、あまりにランクが違うと依頼を受けれないのではなかったか?」
「通常ならそうですね。ただ、高ランクの方にも色々いらっしゃいますから。「荷物持ちが欲しい」とか「補助魔法をかけるだけの魔法使いが欲しい」などの限定クエストを依頼される方もいます。もちろん、通常のクエストよりも難易度は高めですし条件もいくつかありますが、最近では駆け出しの方を中心に「高ランクの雰囲気を間近で観察できる」と人気なんですよ?」
リュカンはなるほどと首を縦に振った。実際、ランクの伸び悩みを抱える冒険者がこの形態のクエストを受けて、その後飛躍的に高ランクへと上り詰めたと言う話は時々聞くのだ。アドバイスとしては間違っていないだろう。
「この地域で高ランクと言えば……ゴルフリートさんですかねぇ。彼について行けば間近で観察できるってレベルじゃないでしょうし……なんて、さすがに彼のクエストについて行ったら命がいくつあっても…………」
「ゴルフリート? あのゴルフリート・マグダウェル殿か!? あの伝説のオリハルコンランクの狂戦士! なんと、こんな辺境地にてそんな大物に会えるのか! ぜ、ぜひゴルフリートのクエストに参加させてほしい!!」
「え……いえ、さすがに彼の任務には……」
「ふっ、やはり我は特別な人間たちを集める特異体質であったか! これぞ我が定め! ああ、心躍る冒険が我を待っているのだ!」
「いえ、ですから……それはいくらなんでもまだ早い…………」
「凡俗なる女よ! 早速クエストの受諾を頼む! 我が華麗なる冒険譚は今ここから始まったのだから!!」
「ちょっと待ってリュカンさん! それ打ち切りエンドーー!!」
人の話を聞かず、書類にサインをしてルーンに提出し、リュカンはギルドを出て行った。
同時に戻ってきた冒険者たちの波に負け、追いかけることは叶わなかったが、ゴルフリートについて行くと言う意味を知っている俺としては、彼の安否が心配…………と言うか、結果は完全に見えている分、哀れみしか湧いてこなかった。
後日談
冒険者の波も落ち着き、ギルド内の酒場も開店。ようやくある程度の平穏が戻っていた。
相変わらずジュリアスは毎日相談所に顔を出すし、パプカは飲み会の際に毎回愚痴をこぼす。最初の数日を除けば前に居た街とそう変わりない日常を送っている。
しかしふと冒険者たちの話に耳を傾けると、少し気になる話が聞こえてきた。
「聞いたか? あの獣人冒険者の話」
「聞いた聞いた。ゴルフリートの旦那について行ってボロボロになって帰ってきたって話だろ?」
「ああ。なんでもグールタランチュラの巣に入って行ったらしい。ブロンズが相手にできるモンスターじゃないだろうに」
「あん? 俺はオーガの群れのど真ん中に突撃したって聞いたが……」
「いやいや、最高難度のダンジョンに入って数日間飲まず食わずで走り回ったと……」
残念ながら冒険者の皆様、事の真相はあなた方が噂するはるか斜め上を行きます。
なぜならば、彼らが噂する複数の証言をすべて組み合わせた物が真実となるからです。
ゴルフリートのオッサンは基本的に一つ一つクエストを選んだりはしない。依頼書の束をひっつかんで提出し、ぶらぶらと地域を走り回ってすべて解決するまでは帰ってこない。
すなわち深く考えずにオッサンについて行ったリュカンは、そのすべてのクエストに同行する羽目になったのだ。
加えてボロボロと言うのも、外傷があったわけではない。無駄に有能なゴルフリートは、リュカンが陥った危機をことごとく救い上げ、結果として無傷で連れて帰ってきてくれたのだ。
逆を言うなら、ケガを負って途中離脱という行為が許されず、最後の最後までつき合わされたのである。
体はともかく、精神的に深手を負ってしまったと言うことだ。
しかし、そのさらに数日後には再び中二的なセリフを吐きながら普通に冒険者をやっているリュカンの姿があった。
一応心配の声をかけてみると、なんと、ゴルフリートに付き合った数日間と俺への相談の記憶がすべて抜け落ちてしまっていた。あまりのショックに脳の防衛本能でも働いたのだろうか。
「凡俗なる民よ! 我は先ほど耳にした! この街にはかの有名なゴルフリート殿がいると言うではないか! それならばぜひ、彼のクエストに同行を希望し……」
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