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第十二章 まるで終わらぬ年の暮れ

CASE95 パンデミック③

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「ふぅ……危なかった。アヤセ、お前の雄姿は決して忘れないぞ」

 冷や汗をぬぐいつつ、パプカのいる女子寮からの脱出を果たした俺は、次の目的地である冒険者ギルドへと歩みを進めていた。
 なぜ最終目的地が冒険者ギルドかと言うと、ギルドには冒険者用の安宿が併設されており、何人かの冒険者がそこで生活基盤を築いているからである。
 とはいえ、リュカンや大工に転職した元冒険者たちの活躍によって、リール村の住居不足は解消。ほとんどの冒険者はプライバシーが保護された別の住居へと移り、ギルド併設の宿に泊まっているのは常に金欠気味の少数のみとなっている。
 ちなみにリール村は辺境地域にあり、冒険者の仕事はコースケが襲来しない限りは引く手あまた。低ランクの冒険者でも、きちんと働いていれば金欠にはなり得ない場所である。
 すなわちこんな好立地で金欠になるような冒険者は、金銭面でズボラな奴らであると言っても過言ではない。
 そしてそのズボラな奴らの中には、リール村でも有名なポンコツ冒険者、ジュリアスも含まれている。

「おうサトー、ブツブツ言いながら何してんだ? アヤセの姉ちゃんがどうしたって?」

 リール村を往来していると、でかい図体が目の前に出現。見上げてみれば、久しぶりに見た気がするゴルフリートのオッサンの姿があった。

「アヤセ? 何の話だっけ……忘れた。まあいいや」
「良いのか? 『決して忘れない』とか言ってたけど」
「いやそれよりオッサン、出歩いて大丈夫なのか? 風邪は?」
「この俺が風邪なんか引く分けねぇだろ。今もちょうどパプカのお見舞いに行こうとして、女子寮のトラップに引っ掛かって吹っ飛んできたところだ」

 風邪よりもヤバい目にあってるようだが、彼にとってはこれが日常である。

「そうか……アヤセもどっかに行っちゃったし、風邪を引いてないならオッサンに手伝ってもらうのも悪くないかもな」

 看病と言うのも慣れていなければ中々骨の折れる作業である。
 残る人数は少ないとはいえ、一人で一軒一軒回っていては日が暮れる。一人よりも二人の方が効率が良いだろう。そしてジュリアスの看病を押し付けてやろ……ゲフンゲフン。
 という訳で状況説明。オッサンはなるほど……と言って顎に手を当てた。

「うーん、まあそれは別に構わないが、そんなに村で風邪が流行ってるのか? パプカの状況は聞いたが、他の奴らもかかってるとは初耳なんだが」
「それは周りを見て気づけよ……と言うか、最近オッサンの姿を見てなかった気がするんだが、どこか遠出でもしてたのか?」
「いや、最近やたらと眠くてな。ずっと家に引きこもって寝てたんだよ。で、出てきたらこんな状況だから、何事かと思ったぜ」

 アグレッシブなオッサンが引きこもり生活とは珍しい。
 まあ冬でクエストなんかも休止状態だから、普通の冒険者ならそんな状況でもおかしくないのだが、彼の場合はクエストなど関係なしに狩りに出かけるのが普通なので、やはり首をかしげるような状況だろう。
 
「サトーも何日か見ないうちに変わったよな? イメチェンか?」
「は? いや、俺の衣装はいつも通りの事務職員だけど」
「そうか?」

 おかしなことを言うオッサンだが、ここで長話をしていても仕方がない。
 協力を取り付け、揃ってギルドへと向かう────向かおうとしたのだが、

「おいオッサン、どこへ行くつもりだ?」
「ん? ギルドって言えばこっちだろ?」

 と言って、見当違いの方向を指さしていた。

「いや、ギルドはこっち……」
「うおおおっ!? 見ろサトー!! 空に大怪鳥がっ!!」
「えっ!? いや……えっと…………いないけど?」

 急に動転したオッサンは、空を見上げて冷や汗を流していた。勿論空は晴天で大怪鳥の姿はない。と言うか、いつもの彼なら大怪鳥ごときで動転はしないだろう。

「そ、そうか……ふぅ、急に見えたから焦ったぜ。────ところで、さっきから気になっていたんだが」
「なんだよ?」
「サトー、いつから分身の術が使えるようになったんだ? いきなり6人に分身するとは、やるじゃねぇか」

 この人は一体何を言っているのだろうか。
 最初から何か言動がおかしいとは感じていたが、いよいよこれはおかしい。

「……オッサン、風邪ひいてない?」

 何となく感づいていた答えを口に出す。
 その言葉にオッサンはきょとんとした表情を浮かべたのだが、オッサンがきょとんとした表情をしても何も可愛くないのでやめてほしい。

「俺が風邪? そんな馬鹿な……そんな事より地震だ! 姿勢を低くし、頭部を保護して身を守れ!!」
「いや風邪だよそれ!! 揺れてねぇよ! 空に怪鳥は居ないし俺は事務職員のままなんだよ!!」

 心底嫌だが、オッサンの額に手を当てて熱を測ってみると、手が火傷したのではと思うほどの高温状態になっていた。
 すなわち、高熱による幻覚を見ていたという訳である。

「馬鹿は風邪ひかないと言うか、馬鹿は風邪を引いても気づかないと言うのが正しいのか……」

 そう言えばオッサン、俺の家に突撃してはフィクシィに近くの湖に飛ばされてたしなぁ。普通の人間なら風邪を引いてもおかしくないだろう。
 雪合戦に参加していなかったのも、普通に体調が悪かっただけなのか。

「そんな馬鹿な」
「馬鹿はアンタだ。帰って寝ろ」

 結局、残る看病は俺一人で回らなければならないらしい。
 まったく……なんで俺だけ風邪を引いていないんだか。こんな金にもならない作業をこなさなければならないとは、今回ばかりは丈夫な体が恨めしい。 


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