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第十二章 まるで終わらぬ年の暮れ
CASE93 サトー家②
しおりを挟む「パプカ……尊い犠牲だった────まあでも気にしても仕方がない、次行こう次!」
「こらぁ!! 随分あっさり見捨ててくれますねぇ!!」
悲しみを胸にしまい込み前に進もうとする俺たちの元に、家に入っていったはずのパプカが現れた。
その体には枝や葉っぱがまとわりついており、シャワーを浴びた後だと言うのに不潔極まりない様相である。
「お、パプカ生きてた。良かった、心配したんだぞ?」
「してないでしょうがっ!! 切り替えが早すぎますよ!!」
「やっぱり予想通り転移魔法で飛ばされたみたいだな。すぐに出てきたあたり遠くには飛ばされはしないみたいだが」
「近くの木のてっぺんに転移させられました……まったく、後でもう一度シャワーを浴びないと……」
オッサンが言っていた通り、シシィの魔力はずいぶんと少なくなっている様子。これならば転移魔法を受けても致命傷にはなり得ない。
何度か繰り返せば、安全に無効化も可能かもしれん。
そして次はオッサンの番だ。まあ彼の丈夫さであれば心配することも無いだろう。
「よし、次はオッサンに……ってあれ? オッサンは?」
「もう家に入って行って声が途切れたぞ」
「オッサン……尊い犠牲だった──」
「それ止めてもらえません?」
どうやらパプカの癪に障ったようだ。
とはいえ、順番的にいよいよ他人事ではなくなってしまった。事前に引いたくじでは、オッサンの次は俺となっている。
一応埃をかぶっていた冒険者装備で完全武装している物の、ぶっちゃけセール品の超安物。安心安全とはいかないだろう。
「うっ!? 急に腹が腹痛に……!?」
「そういうの良いですから。はよ行け」
何の心配をされることもなく、俺は自宅へと向かった。
見慣れた我が家の玄関。改めて見てみると、本当に崩壊の具合が著しい。そしてその崩壊具合を含めて『見慣れた』と表現できるのが物悲しい。
ドアはすでにその機能を喪失し、階段は削れすぎてバリアフリー化。趣味にでもしようかと買った植木鉢には、植物の姿は無く焼け野原。
……果たしてこれは玄関と呼べるのだろうか?
俺はクソでかため息を吐き出して、姿勢を低くしながらドア(?)を開いた。
「お、お邪魔しまーす……」
当然ながら返事は無い。そこには俺以外の人間はおらず、埃が舞ういつものリビングが視界に入る。
だが問題は人間以外。恐る恐る壁に掛けられているシシィを確認してみる。
「…………なんか、スッキリした表情?」
そこにはやけに恍惚とした表情を浮かべるシシィの姿があった。
そう言えばダンジョンに飛ばされた当初原因を探っていた時、生ける絵画のシシィがキレた原因は周りの環境を荒らしたからだと言う予想を立てていた。
すなわち、日常的にこの家を破壊するマグダウェル親子がその原因の大部分を占めていると言っても良いだろう。
そしてその親子を排除した直後なのだから、スッキリした表情を浮かべると言うのもうなづける。
「うーん……まあ結論付けるにはもう少し証拠が必要か……とにかく、一旦壁から外して外に──」
と、シシィを壁から外そうとした時、穏やかだったシシィの表情が、俺たちをダンジョンへ飛ばした時の鬼のような形相へと変化した。
「…………無理かっ」
どうやらシシィはこの家を相当気に入っている様子であった。
これを引き剥がして外に出そうとしようものならば、俺の運命はマグダウェル親子と同じ道をたどることになるだろう。
「支部長さーん! ご無事ッスかー!?」
家の外からアヤセの声が聞こえる。どうやら反応の無い俺を心配して声をかけてきたようだ。
今の所無事であることを伝えると、同時に俺はあることを思いついた。
「大丈夫だから、順番通り家に入ってきてくれるか?」
「了解ッス!」
さて、くじの順番としては俺の次がルーンである。予想が正しければ、ルーンに対しても特にアクションを起こすことは無いだろう。
「さ、サトーさん。ご無事ですか?」
「おう、ルーン──やっぱり特に問題なさそうだな」
ルーンが身を縮めて家へと入る。
もしもこれでダメならば、入った瞬間にどこかへ飛ばされるはずだが、どうやらそのような様子はない。
むしろシシィの表情が、ルーンが入った瞬間に朗らかな笑みへと変化していた。
「家の掃除とかしてくれてたのルーンだしなぁ。シシィ的には一番好感度が高いのか……」
「あの……話が見えないんですが」
「いや、どうやらそこまでビビる必要はないみたいだ。少なくとも俺らはな──いつも家の管理をありがとう」
「なぜこのタイミングで……」
俺とルーンが問題ないのであれば、最低限居住地としての条件はクリアだろう。
とりあえず胸をなでおろし、続いてはジュリアスを呼び寄せる。
ここからが不安な人選となってくるのだが、心配しすぎても仕方あるまい。
ジュリアスは玄関先で大きな深呼吸をし、意を決したように剣を抜き放って突入してきた。
「うおおおっ! サトー! ルーン! 助けに来たぞ────って、あれ?」
涙交じりで突入してきたジュリアスの目に移ったのは、暖かいお茶を啜りながら優雅に座る俺とルーンの姿であった。
俺はシシィの表情を見る。穏やかだった笑顔はやや崩れ、少し困ったような表情と化している。だが転移の魔法が発動しないのを見ると、ジュリアスはシシィのお眼鏡にかなったようだった。
「よかったなジュリアス。セーフみたいだぞ」
「え──なんの話……?」
よし次。
最後は我が家の同居人。幽霊のアヤセである。
生ける絵画と幽霊は相性としてはどうなのだろう? 彼女の念力は時々暴走し、我が家の傷のいくらかは彼女によるものである。
…………いや、本当どうなんだろう?
「ちわーッス! アヤセ戻りましたー!」
やけに明るい雰囲気で入室。その表情は何の迷いも恐怖も無いようである。
「…………大丈夫……か?」
「みたいですね……」
「だからなんの話をしてるんだ?」
机を盾に様子をうかがっているが、どうやらシシィの魔法は発動しない模様。
そして件のシシィの表情と言えば、どうにも微妙な面である。眉は逆八の字になり、しかし怒っているとは微妙に見えない変な顔。
とりあえず魔法が飛んでこない当たり、アヤセもセーフと見て良いのだろうか?
「アヤセ、お前……なんでそんな迷いが無いんだ?」
「え? だって支部長さんたちがどっか行ってる間、普通にこの家で生活してましたし」
なるほど、すでに実践済みだったということか。
だが、これでいよいよ確信に至る。
シシィの魔法は、普通に住んでいれば問題ない。問題があるとすれば……
「よし! パプカ! オッサン! 一周回ったから、次は二人で入ってきてくれ!」
いつの間にか戻ってきていたオッサン。外で待機していた二人に対して呼びかける。
「あ? なんでお前ら無事なんだよ!?」
「わたしたちが入っても大丈夫なんですか!?」
「大丈……うん! まあ……ね!」
「サトー、歯切れが悪いぞ」
大丈夫かどうかは入ってきてみれば分かる。そしてその結果が、今回の問題に対して終止符を打つことになるのである。
────まあありていに言えば人柱だが、これまでの被害を鑑みて怪我をすることは無いだろう。たぶん、きっと。
二人は互いの顔を見合わせて、武器を構えて駆けだした。
そしてドアを突き破り、二人して雄たけびを上げる。
「オラァ! かかってこいや魔物野郎!! 親子の絆見せてやらぁ!!」
「そんな絆があるかどうかはともかく、今度はさっきのようには行きませんよ!! たとえサトー宅が火の海になろうとも、まとめて吹っ飛ばして差し上げます!!」
血気盛ん過ぎる二人が室内へと突入し、台詞を吐き切った瞬間にその姿を消した。
「ぶがぁっ!?」
「へぶぅっ!?」
外から二人の悲鳴が聞こえた。どうやら外の空中に放り出されたらしく、顔面から地面へと落下したらしい。
なるほど、これで確信した。
シシィはこの家に害する存在に対し、その魔法を行使するようだ。ダンジョンに飛ばされた際は、魔法の範囲が大きすぎて他の者も巻き添えを食っただけなのだろう。魔力が少ない今、その危険性もだいぶ低いと見て良い。
すなわち、
「おまえら出禁」
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