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第十二章 まるで終わらぬ年の暮れ

CASE92 サトー

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 季節は冬。
 俺たちの住む東部地方は気候的にはそれほど寒くなることは無く、たまに雪が降っても数日で溶けてしまうような温暖な地域。
 とは言っても、気温が低くなることは間違いない。少なくとも、この季節に寒中水泳を行うもの好きは少ないだろう。

「どわっぷっ!?」

 意味不明な叫び声を上げて、俺の体は水の中へと飛び込んだ。もちろん、俺の意思ではない。
 足のつかない大量の水。

「冷たっ!? み、水!? なんじゃこりゃぁっ!?」
「さ、サトーさん! わぷっ……皆さん無事ですか!?」

 ルーンが心配の声をかける。俺は水の冷たさに震えながら、ひとまず周りを見渡した。
 目の前にはルーンの可愛い顔がある。さすがルーン、水に濡れても美人さんだ。
 それはともかく残りの二人。パプカは水面に仰向けになって浮かんでおり、その表情は何かを悟ったかのように落ち着いていた。
 そして問題のもう一人。

「あぶっわっぷ……っ! た、助け……ぶくぶく──」
「って泳げねぇのかよ!?」

 ポンコツ冒険者ジュリアスがおぼれていた。
 水を叩き、典型的な要救助者なジュリアスをすぐさまルーンが確保し、何とか一命をとりとめた。

「ジュリアスさん、泳げないんですか?」
「い、いや……急に水に放り込まれたからか足がつって……」
「流石にそこまではポンコツじゃなかったか」

 ジュリアスに睨みつけられたが、それは放っておいて状況整理。
 どうやら俺たちは湖のど真ん中に転移したらしい。岸まではさほどの距離もなく、かなり小さな湖のようだ。
 岸からすぐに桟橋も見受けられるため、人里離れた山奥という訳ではないようである。

「俺達、転移魔法でどっかに飛ばされたんだよな? なんで湖?」
「やっぱりあのおばあさんボケてたんじゃないですか? まあ地面の中とかじゃないだけマシでしょうが」
「さ、サトーさん、パプカさん。状況整理も良いですが、とりあえず岸に上がりませんか? このままだと低体温症で動けなくなっちゃいますよ……」

 ルーンの言うことももっともである。
 最初に言った通り季節は冬。なんの準備運動もせずに湖に飛び込めば、低体温症まっしぐら。短時間浸かっていたいただけで、俺たちの唇は青く染まり始めていた。

「そ、そうだな。ひとまず皆桟橋の方へ向かおう。ルーン、ジュリアスを頼んだ…………? おい、パプカ? 聞いてるのか?」

 皆が桟橋へと泳ぎ始めたにもかかわらず、なぜかパプカは浮かんだまま動こうとしなかった。
 早々にルーンとジュリアスは桟橋へとたどり着いたのだが、パプカが動こうとしないので俺も桟橋に上がることが出来ないでいる。

「すみませんがサトー、少し疲れてしまったようです。このままで良いので、桟橋まで引っ張って泳いでもらえませんか?」
「はぁ? 疲れてるってんなら俺が一番疲れてるわ。最後の最後で楽しようとするなよ、ほら行くぞ!」
「いえ本当にお願いします。何なら一生のお願いをここで使っても良いですから引っ張ってください。わたしとしても水が冷たくて死にそうなんです」
「────お前、ひょっとして泳げないのか?」

 何が何でも自ら動こうとしないパプカに質問を投げかけた。
 するとパプカはゆっくりと首だけを俺の方へと向けて、寒々しい中なぜか顔を真っ赤にした。

「おおお泳げななななっそそそそんなわわけあるわけないわけないいじゃないですか!!」

 目は泳ぎまくっているようだ。

「分かった。分かったからひとまず俺の服に掴まれ。俺もそろそろ寒さが限界なんだ」
「────お世話になります」

 最初からそれぐらい殊勝であれよ。



※※※※※※  ※※※※※※


「おえええっ! げほっごほっ!!」
「げほっげほっ!! お前! 最後の最後で溺れるんじゃねぇよ! こっちまで水に沈むとこだったわ!!」

 桟橋にたどり着き、ようやく水から脱出できるという時、浮かんでいる姿勢を崩したパプカはその瞬間溺れ始めたのである。
 しかもその手は俺の服を思い切り掴んでいたのだから、当然俺も道連れとなったのだ。
 辛くもルーン達に引き上げられたが、飲み込んだ水で大きく咳き込む羽目になった。

「ええ! わたしは金づちですよ!! それが何か!? お父さんに浮かび方は習いましたが、泳ごうとするとこの様ですよ!!」
「おまえ都合が悪くなったらキレて誤魔化す癖やめろ」
「ちっ」
「舌打ちもやめろ!」

 この幼女はやることなすこと計算ずくなのが恐ろしい。

「ええと、二人とも。楽しそうなところ悪いが、こっちの話を聞いてもらって良いか?」

 ジュリアスがルーンが灯した焚火で暖まりながら声をかけてきた。
 俺たちも火へと近づき、低体温症一歩手前の体を温めながら耳を傾ける。

「ジュリアスさんと話していたんですが、たぶんこの辺り、私たちの家の近くだと思うんです」
「家……って、リール村の? そう言われれば確かに……」

 リール村から少し外れた場所にある我が家。さらにそこから外れた場所に、小さな湖が存在する。
 内陸辺境の地であるリール村では、海産物などは手に入らないため、魚などの水辺の食べ物はこの湖から調達しているのだ。
 俺も休みの日に釣りに何度か出かけて、そのたびに坊主だったので二度とやるかと竿を投げ捨てた思い出があった。

「じゃあわたし達、戻ってこれたんですね!? ああ、ありがとうおばあさん! ボケてるとか言ってすみませんでした!!」
「いやぁ、ようやく帰ってこれたのか……なんというか、感慨深いな」
「長い間出掛けていましたからねぇ……へくちっ! ──ふぅ、ともかくここがリール村の湖なら家もすぐそこのはずです。服やシャワーもありますし、さっそく向かいましょうか」

 可愛らしいくしゃみを脳内フォルダーに永久保存し、俺たちは焚火を消して家へと向かった。
 火で暖まったとはいえ、濡れた服はすぐには乾かない。短い距離だが歩くたびに体は冷え、肩を震わせながらわが家へと向かう。

「で、でも家かぁ……あそこには事の元凶がまだいるんだろう? 家に入った瞬間またダンジョン行きってオチにはならないか?」
「ぬ……た、確かに。あの生ける絵画を何とかしない事には天丼ギャグになりかねない……」

 ジュリアスの言う通り、事の元凶が我が家の居間に現在も存在している。ミナツの話によるとその名前を【フィクシィ】と言う生ける絵画。彼女が俺たちを見た瞬間再び転移魔法を発動させる可能性は十分に考えられるのだ。
 だとすれば、これまでの俺たちの大冒険が無に帰する可能性すらある。いや、ダンジョンでサンドリアスと出会ったのも偶然で、同じ奇跡が二度起きるはずもない。
 下手をすればダンジョンから一生出られない事にもなりかねなかった。
 俺たちは同じ考えを頭に浮かべ、寒気とは別の理由で肩を震わせた。

「ま、まああの家には裏口があります。クローゼットまでは居間を通らなくても行けますので、ひとまずは問題ないかと」
「そ、そうだな。問題はあるが、ひとまず棚上げにしておこう」

 何せ召喚者が生み出した存在だ。その能力の凄さは身に染みてわかっている。万全の準備をして事に当たらなければならないだろう。
 そんなことに頭を悩ませながら歩いていると、すぐに懐かしの我が家の外装が見えてきた。パプカに破壊された扉はそのままである。

「あれについては反省してますから。あんまりネチネチ言われるのはちょっと……」
「その調子で大いに反省しろ」

 と、このまま話し込んでいては本当に低体温症になってしまう。とっとと熱いシャワーを浴びて乾いた服に着替えよう。
 少し駆け足になって家へと向かう。すると、何やら我が家から聞き覚えのある雄たけび声が聞こえてきた。


「ここで会ったが百年目ぇ!! 今度こそパプカの仇を取──」
「ああ、やっぱり今日もダメでしたねぇ」

 
 明らかにゴルフリートのオッサンとアヤセの声だった。
 懐かしいが──あそこに割って入るのは嫌だなぁ。





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