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第十一章 まるでやらせな接待業

CASE91 サトー その3

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「マオー社長。サトー達を連れてきました」
「おお、入れ」

 多目的企業【マオーグン】。
 マオーが社長を務めており、文字通り多目的な種目の仕事を一手に担っている、魔の国でも有数の大企業である。
 その会社が丸ごと所有している高層ビルの中。社長室と書かれたドアから、俺たちは死にそうな顔をしながら入室した。

「なんで死にそうな顔しとるん?」
「いえ……昨夜一睡もしてないものでして……」

 昼の様々な苦境を乗り越え、夜に酒をしこたま飲んだ後、ジュリアスによって思い返された残業をこなした。
 普通なら一徹ぐらいなんのそのであるが、ここまでイベントが重なると体力がやばい。
 あまりにもヤバかったので、深夜頃にパプカにバフ魔法をかけてもらったのだが、これがいけなかった。
 
「バフ魔法ですか? 良いですよ。ちょうど試作魔法が何種類かあるんです。【レッ〇ブル】か【モン〇ター】、どっちが良いですか?」
「それって商標登録的に大丈夫なのか?」

 というやり取りを経て魔法をかけてもらった。
 だが試作魔法と言うこともあり効果はほどほど。眠気が少し飛んだかな? というぐらいの気持ち程度の物であり、それ以上に効果が切れた時の辛さがひどかった。
 一時的に楽になった分が現在押し寄せてきているのだ。眠気とダルさと二日酔いの頭痛が襲ってきているのだから、はっきり言って死にそうである。

「くそ……パプカに頼むんじゃなかった」
「好き勝手言ってくれますね……何ならもう一度魔法をかけてあげましょうか? 今度は【オロ〇ミン】当たりでも試してみますか」
「二人とも、不毛な争いはやめろ……どうやってもこの辛さはしばらく抜けないんだぞ」
「私は頭痛の方が……お酒が抜けていませんし、頭痛薬が飲めないのが辛い……」
 
「なんやこいつら」
「お前ら社長の前でよくそんな態度が取れるよなぁ。逆に尊敬するわ」

 マオーとタナカの咳払い。
 俺たちは体の不調に鞭を打って、ようやく話を聞く態勢を整えた。

「前に村へ帰れるのは一週間後になるって言ってたけど、実は急に担当者が暇になってな。サトーらが良ければ今から帰れるけど、どうする?」
「仕事も残ってますし願ってもないんですが、なんで急に?」
「いやぁ、ホンマは王国教会の兄ちゃんを先にテレポートさせる予定やったんやけど、「神様がイチャイチャしっぱなしで仕事が終わらない」言うて滞在延長したんや。はぁ……ホンマ何をやっとるんやあの人らは」

 教会ってことは、マオーが言っている兄ちゃんとはアックスの事だろう。
 
「まあという訳で、帰るにあたってひとまずここにサイン貰えるか? テレポートに際する諸々の契約書ってやつや。一応代表者が目を通しといて」
「わかりました────あの、ここに書いてある「体が真っ二つになっても担当者を訴えないこととする」ってあるんですが……」
「ああ、まあ時々な……起きるねん」

 されるの? 真っ二つに!?

「なーんてな! ジョークジョーク! 誰がそんなアホな契約書を渡すかい」
「誰って……ロボ的なお医者さんとかでしょうか」

 つい先日の出来事である。
 ひとしきり笑ったマオーは改めて取り出した契約書を俺に手渡した。目を通してみればまともな内容である。

「それじゃサイン……っと」
「よし。それじゃあさっそく始めよか」

 マオーはタナカに指示を出し、タナカは担当の人を呼びに部屋を後にした。

「なあパプカ。転移系魔法ってヒュリアンさんが使ってたやつだよな? マオーさんの会社でも使える人が担当者だけっていうことは、そんなに難しい魔法なのか?」
「まあ難しいですね。しかも魔法ギルドのライセンスが必要な特殊魔法ですから、使える人はすごく少ないんですよ」

 魔法ギルドとは、危険な魔法を取り扱うための資格を取るために設立された小規模ギルドである。冒険者ギルドとも提携しているため、冒険者と並行して所属している魔法使いも多いらしい。

「すんっごく集中力が必要な魔法でして、きちんとした場所に転移させるためには優れた空間把握能力も必要です。下手をすれば地面の中に埋まったり、空高くに転移させられたりしますからね」
「そんなに高度な魔法なのか……ヒュリアンさんは気軽にゴルフリートのおっさんに使ってた気もするが……」
「お母さんは規格外ですからねぇ。あんまり参考にはしない方が良いです」

 そこでふと、ジュリアスが会話に加わった。

「パプカやルーンは使えないのか? 二人とも相当な使い手だと思うんだが」
「わたしは専門が違うので勉強もしてません。ルーンはどうです?」
「魔法ギルドに登録していないので公式で使用はできませんが、一応転移魔法自体は使えますよ。ただ、数十センチ飛ばすのがせいぜいなので実用性はありませんね」

 ゴールドランクの冒険者の資格を持つルーンでさえ難しいのだから、使える人間は相当に少ないのだろう。
 あまりに知り合いに高ランクの冒険者が多すぎて麻痺してくるが、ゴールドランクの冒険者はまさしく一流冒険者。普通の冒険者はここらが打ち止めと言われるランクである。
 それ以上のランクのさらに少数である魔法使いたちの中で、さらに少数しか使えない魔法と表現したならば、難易度の程度が分かるだろう。

「しかも長距離の転移となるとさらに難易度は上がるからな。王国と魔の国を移動するなんて芸当、ウチの企業でもおばあちゃんぐらいしかおらへんで」
「へぇ。そんなに凄いことなんです────おばあちゃん?」

 おそらくは担当者の呼び名がマオーの口から放たれた。
 それは愛称なのか、はたまたマオーのマジな肉親の事なのか。いずれにせよ、その正体は次の瞬間、扉が開け放たれたことで露見した。

「担当者をお連れしました。さあマクナンさん、お入りください」

 やけに丁寧な口調でタナカが案内をしていた。
 そんなタナカから遅れて数秒。非常にゆっくりとした足取りで、小柄なおばあちゃんが入ってきた。
 大きな杖で体を支え、顔のしわは深く目を開いているかどうかも分からない。腰はかなり曲がっており、小柄な体がさらに小さく見えている。ゆったりローブと魔法使いっぽい帽子を被っているのを見ると、やはりこの人が担当者なのだろうか。

「この人が転移を担当しとるフローリアス・マクナンさんや。御年262歳。魔女って人種は寿命が短いのが難儀やなぁ」
「え……えっと──転移系魔法って凄い集中力が必要なんですよね?」
「そうやな。まあ大丈夫大丈夫。おばあちゃんはその道のプロやから。魔の国でも有数の転移系魔法の第一人者やで──そう言われたの、200年くらい前やけど」
「200年くらい前の話じゃないですか!!」

 不安だ。不安に過ぎる。
 確かに実力は凄かったのだろう。でもそれが過去形ならば、やはり不安と言わざるを得なかった。
 パプカの話を聞くに、転移系魔法は失敗したなら生死に直結するような魔法である。そんな魔法をかけてもらう相手が、失礼ながらヨボヨボのおばあちゃんと言うのはどうなのだろうか。

「だ、大丈夫ですよサトーさん。そもそも魔法使いって高齢の方が多いジョブですし、こう見えて現役の凄い方なのかもしれませんよ」
「そ、そうだよな! いやぁ、すみません失礼なこと言って。今回お世話になるサトーと言います。よろしくお願いしますね」

 俺は思考を切り替え、目の前のおばあちゃんへ挨拶をした。

「………………………は? 何か言ったかい?」
「大丈夫なんですか!?」
「耳が遠いだけやから大丈夫やって。もっと大声で言わな──おばあちゃん! さっき言ってたお客さん! 来てるで! お世話したってや!!」
「………………………ああ。お昼ご飯なら食べましたよ」

 やっぱりだめかもしれない。
 ちなみに今は朝方。なんの話をしているのだろうかこの人は。

「大丈夫大丈夫。いざとなったら凄い人やから」
「さっきから大丈夫しか言ってませんが大丈夫ですか──ってうわっ!? もう始めてる!?」

 俺たちの不安をよそに、タイミングも見計らわず杖を構えて魔法の準備を始めるおばあちゃん。自分勝手が過ぎる。

「まあ始まってしまったわけやし、ここらでお別れやな」
「不安しかないんですが」
「ゆうても専門家に任せるしかないし、なるようになれや」

 そんなテキトーな。

「ま、まあ……色々とお世話になりました」
「おう、リンシュにもよろしく言っといてな」
「イトーもありがとな、ここで引き続き頑張ってくれ」
「あれ? 中村じゃなかったですか?」
「いや、タカハシだろ。失礼だぞ二人とも」
「タナカだよ!! わざとやってんのかてめぇら!!」

 というやり取りを経て、俺たちは魔の国で世話になった二人にあいさつを終えた。後はいよいよ帰るだけである。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………あれ?」

 覚悟を決めて数分。杖を構え、魔力を高め、魔法を放つ瞬間になって数分が経過した。

「──これ、何待ち?」
「おばあちゃん! 起きて!!」
「……ふがっ!? ああ、いえ…………寝てませんよ。今から晩御飯ですものね」

 違います。

「ねぇ! これ本当に大丈夫な────」
「「あ」」

 というツッコミを仕掛けたところで、俺たちの体はこの場から消失した。
 長きにわたるダンジョンアタック、そして魔の国での騒動を経て────俺たちの冒険は幕を閉じた。
 ────こんなあっけない終わりで良いのかよ!!

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