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第十一章 まるでやらせな接待業

CASE82 ミューズ・リンドブルム その2

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「さ、ささささささぁ、サイサイ……シャインくだしゃい!!」
「とりあえず落ち着け!」

 涙目で鼻水を垂らしながら、ジュリアスは挙動不審者のごとく体を震わせて、握手を求めてミューズへと詰め寄った。
 【ごとく】と表現したが、その様子は完全に不審者のそれ。ひとまず鼻水はやめておけ。ビジュアル的に美女がやっていい表現じゃない。
 そんなジュリアスの様子に、ミューズは若干引きながらも笑顔は絶やさず、彼女の求める握手に答えようとするプロ意識を見せていた。
 だが、その握手は途中でキャンセル。なぜか寸前でジュリアスが踵を返し、近くの路地裏へと走っていったのだ。

「おええええええっ!」
「なんでリバース!? おいおい、大丈夫科ジュリアス!」
「だ、大丈夫だ問題ない。ただの嬉しゲロだ」

 嬉しすぎると人は吐くらしい。

「あのう……大丈夫?」
「ひゃぁおぅっ!?」

 心配の声をかけるミューズに、素っ頓狂な声を上げて後ずさった。
 これを何度か繰り返すことになるが、話が進まないので省略。どこからか取り出した色紙にサインを貰い、これまでに見せてきたどの笑顔よりも眩しい表情で頭を下げた。

「か、カホンにしまゅ!!」
「それは楽器だよ」

 多分家宝の言い間違いだろう。

「とりあえずジュリアスのことは置いておいて────俺もサイン貰って良い?」
「あ、うん。サトーくんも読んでくれてるんだね」
「最新刊までは追いつけてないけどな。すごく面白い作品だと思う。サイン、ありがとう」
「ああ、サインで思い出した。おい、お花畑。サイン会についてはどうなってる、なんで今ここに居るんだ?」

 メテオラの言葉で話が最初へと戻った。そう言えばサイン会がどうとかという話をしていたのだったな。

「うちの会社とのコラボ企画だぞ。バックレなどすれば社長が困るだろうが」
「う……いや、けどアレは流石に……」
「サイン会を無視してこのポンコツにだけサインというのは、ファンサービスとしては良くないのではないか?」

 メテオラの正論がミューズを襲う。どうやら彼女にもその自覚はあるようで、ぐぬぬと言葉を押し殺していた。

「サイン会って、そんなイベントがあったのか? 新刊の発売日とは聞いてたけど、そんな情報は聞いてないんだけど」
「む……まあ、サトー達ならば良かろう。このお花畑の出している本は、魔の国でも新刊は五十年ぶりでな。それを記念して、サプライズでサイン会を開こうという話になったのだ」
「なるほど…………別に逃げ出すほどの事じゃ無いと思うけど……」
「いやいやいや!! 逃げ出さないと私死んじゃうから!! サトーくんは状況をわかってないのよ!!」

 必死な様相で訴えるミューズ。その表情は真に迫っていた。息を大きく吐いて、冷静に俺へと説明し始める。

「知ってる? 今回のイベント、図書街にはすでに10万人以上の人が押し寄せてきているの。サインは手渡しでその場で書くから……その意味は分かるわね?」
「なるほど……確かに死ぬかもしれない」

 少なくとも腱鞘炎とノイローゼは発症するだろう。
 サイン会と言えば聞こえは良いが、実態は耐久レース。10万人分のサインをするとなると、丸一日続けたとしてもまるで時間が足りない。その前に体力が尽きて病院に運ばれることになりそうだ。
 
「ただでさえ本業が忙しいのに、また数十年引きこもりになってしまいそうだわ」
「本業……って言うと、やっぱり魔王軍四天王?」
「お花畑の本業はシナリオライターだ。社長に会ったということは、ダンジョンの件は聞いたな? その際に使われるシナリオを書いているのだ」

 つまり、冒険者相手の接待。ある種の茶番のストーリーを作っているらしい。

「ええと……なんで引きこもってたの?」
「五十年前にとある悪夢が会社を襲ったの。あんなのは二度とごめんよ」
「アレは本当に悪夢だったなぁ。幹部総出で戦った挙げ句、社長まで出てきたギリギリの戦いだった」
「どんな終末戦争だよ」

 話す二人の四天王の体は恐怖に震えているようであった。

「他人事じゃないぞサトー。その時の悪夢は冒険者────現冒険者ギルドマスターによって引き起こされたものだからな」

 どうやら身内による犯行のようであった。


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