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第十章 まるで意図せぬ大冒険

CASE70 ダンジョンその5

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「で、誰だこいつら。なんでダンジョン内に子供が?」

 地底湖に落下し、なんとか一命をとりとめた俺達は、岸へと上がって火をおこし、寒気に震えながら服を乾かしていた。
 そんな中、同じく岸へと引き上げた二つの物体。と言うより二人の子供を見てみると、やはり違和感しか無かった。
 俺達の下敷きになった影響か、目を回して気を失う男の子と女の子。ルーンが言うに、怪我はたいしたことないらしい。そのうち起きるだろう。

「流石にこの歳でダンジョンアタックはおかしいですしね。迷い込んだ……にしては深いところまで潜ってますし」
「何にせよ、このまま放っておくことも出来ない。大人として保護してあげないとな」
「むしろ俺達が保護してもらいたい立場なんだが」

 レベルダウンと性転換を受けたか弱いルーンと、一般人の俺。赤子へとジョブチェンジしたパプカに加え、部分的に有能だがすべてを無に帰すポンコツジュリアス。
 はたして、子供二人を保護する余裕などあるのだろうかと甚だ疑問である。

「へっぶち!」
「あーよちよち。ちょっと冷えちゃったなぁパプカ。ほら、もっと火のそばに連れてって……痛でででででっ!」
「だヴぅーー!!」

 相変わらず全然なついてくれないパプカは、抱き上げると同時に俺の髪の毛を力強く引っ張った。やはりあれか? 抱き上げられるなら女の子が良いのか? 確かに俺の立場ならそう思う。

「ふぅ……しかし、都合よく薪が集まってて助かったな。地底湖というのは存外寒……へくちっ!」
「もしかすると、この子達が集めていたのかも知れませんね。とすると、結構長い間ここに居たんじゃ…………あれ?」

 横たわる子どもたちを覗き込んだルーンは、何やら眉を顰めて疑問符を浮かべた。

「どうした?」
「いえ……この男の子、どこかで見たことのある気が……」

 何やら頭のモヤが晴れないらしく、すっきりしない様子で首をかしげる。ルーンは一度面識を持った人間を忘れるようなタイプではないので、ルーンが言うなら多少の面識はあるのだろうが、暫く唸った後諦めて焚き火の元へと戻ってきた。

「とりあえずルーンの疑問についてはあいつらが起きてから聞くことにしよう。で、今後の方針についてだが、子供達を連れてダンジョンを脱出ってことで異論はないな?」
「「異議なし」」
「あい!」
「か、かわいい…………あ、いや。それでだ、滑り落ちたせいでかなり下層まで落ちてしまったのは間違いない。だからひとまず上に登ればいいと思うんだけど……専門家の意見はなにかあるか?」

 事務職員でしかない俺は、冒険者の一般的な基礎知識などは持ち合わせているものの、実地へ赴いたことは一度もない。平野部や山林部になら研修や視察で行ったことはあるが、流石にダンジョンに挑むほど自殺願望はない。
 なので、こういった事は専門家に任せたい。すなわち、ジュリアスとルーンに意見を聞いておくべきだろう。
 俺が話題を振ると、元気よくジュリアスが手を上げた。

「お、ジュリアス。なんか有益な意見でも……」
「こんな下層まで降りたことがないからさっぱり分からない!!」
「分からないなら挙手しなくていいから」

 やはりポンコツはどこまで行ってもポンコツか。

「一応、上に登るタイプのダンジョンもありますけど、洞窟タイプなら大抵降りですし、出口を探すなら登るので正解だと思います」
「頼りになるのはお前だけだ、ルーン」
「サトー、そろそろ私も泣くぞ」
「泣く前にお前は勉強しろ」

 さて、脱出に関しては誰も異議はないようだ。だがしかし、俺達にはもっと重大な問題が山積している。それをクリアせずに脱出するのは今後のためにも良くないだろう。

「あぶぶ~」
「問題はこっちだよなぁ……」
「私も……息子が恋しいです」

 もちろんルーンに子供など居ないが、これはただの隠語であり、実際の所はまあ…………ルーンの名誉にかけて名言は避けよう。
 問題は、赤子になってしまったパプカと、ややこしいことになったルーンの現状をどうするかということだ。
 トラップというのは強力なものでなければ時間経過で回復する。例え強力なものでも、街に戻って優秀な魔法使いに頼めば解呪してもらえるだろう。
 しかし、赤ちゃんになったり性転換をしてしまうなどというトラップは聞いたこともない。すなわちこの先も元に戻れるという保証もないのである。

「最悪でもパプカは元に戻さないと。ルーンは…………このままで良いんじゃないか?」
「駄目ですよ!!」
「けどこのままの状態なら合法的にけっこ……いやいや、そうだな。冷静になろう俺。もちろんルーンが男でだって結婚したいと思うとも」
「混乱してないか、サトー?」

 失敬な、最初から最後までずっと本気だよ。

「そっちのほうが問題だろ」


 疑うジュリアスに、以下に俺が本気であるかを説明している最中、俺達の視線からとある物体が消え失せた。


「あうあう~~」
「あっ、こらパプカ! 危ないから戻ってきなさい!」

 恐るべき速さのハイハイは、あっという間に俺達から距離をとって、横たわる子供達のもとで終着点となった。
 そしてパプカは女の子の顔をその小さな手でペチペチと叩く。
 おいなんだよ。俺に対してはそんな擬音じゃなかったはずだろ。バシバシ叩いてたじゃないか。そんなに俺が嫌いか。

「う…………ん?」
「サトーさん、女の子が目を覚ましそうです」

 パプカの張り手が功を奏したのか、女の子のほうが唸りながら意識から目覚める。
 改めて見ると、一般人の子供の格好としてはややおかしな点がいくつかあった。
 ゴワゴワの髪の毛を短めのおさげにまとめ上げ、やや褐色の肌を厚めの布で包んでいる。所々には防具にも見える装飾品が施されており、ぱっとみた感じ冒険者の魔法使いと言った風貌だ。
 パチリといきなり全開にした瞳が俺達を見る。そしていなや、子供とは思えない勢いで空中へと飛び上がり、警戒感を顕にして遠くの地面へと着地した。

「おのれゴブリン!! よくも私達を下敷きにしてくれましたね!!」
「あ、いや……下敷きにしたっていうのは間違いじゃないけど、ゴブリンってのはちょっと……」

 こちらの話に全然耳を傾ける様子のない女の子は、「シャーッ!」と言う猫の威嚇のような声をあげながら俺達の一定の距離を取る。
 近くに落ちていた小枝を拾うと、勢いよく振りかぶって大声を上げた。

「地獄に落ちろ! 爆裂魔法エクスプロージョン!!」

 ……………………何?
 彼女が言い放った魔法の呪文。パプカもよく使う、強力な爆裂魔法だ。とてもじゃないが、パプカ以外の幼女が使える魔法ではなく、事実女の子の魔法はうんともすんとも言わず不発であった。
 威嚇のつもりかと思ったが、彼女の表情は驚いたように変化して、その魔法が割と本気で出そうとしていたことが伺える。あれか? いわゆる早めの中二病というやつか?

「あーもう!! 強炎魔法ハイファイア! 炎弾ファイアバレット!! 炎球ファイアーボール!!」
「「「???」」」

 必死に呪文を繰り出すものの、やはり不発。徐々に弱い魔法へと変わっていっているのは妥協なのだろうか。
 そしてとうとう最後の魔法。一番弱い初歩魔法へとたどり着く。若干半泣きになりながらである。

「え、えぐっ……と、灯りトーチ

 不発であった。

「チックショー!! なんですか馬鹿にして!! ええ、私は魔法使いのくせに魔法が使えない愚か者ですよ!」
「いや何も言ってねぇし」

 半泣きから一転。ブチ切れて枝を地面へと叩きつけ、自らも地面に大の字になって横たわった。

「ええい! こうなったらヤケです!! 蔑むなり煮るなり焼くなり好きにしろぉーーー!!」
「おいサトー、あの子全然こっちの話聞かないぞ」
「ああ。いつものお前と同じだな」

 さて、この状況どうしてくれよう。色々説明をしたいし聞きたいが、ジュリアスの言う通り全然話を聞いてくれない。どうやって宥めすかしたものか……

「だうっ!」
「うん? パプカ、そんな汚い枝を拾うな。ばっちいぞ」

 相変わらず好き勝手に動き回るパプカが、女の子が叩きつけた枝を拾い上げて弄っていた。ささくれが刺さりでもしたら大変だし、ここは取り上げておくべきだろう。保護者として。

「ほーらパプカ、俺が遊んでやるからその棒はこっちにくれないか? ほーれよちよち」
「えくちゅぷろーしょん」


 俺の頬の横を一筋の火花が走った。
 それは凄まじい勢いで地底湖の中心へと向かい、着弾と同時にけたたましい爆発を引き起こす。


 チュドーーーーーーンッ!!


 爆発は水を巻き上げて、雨のように辺りへと降り注いだ。

「………………あ、あーっと……ルーン。パプカの冒険者カードって確認したっけ?」
「い、今確認中で……わっ!? 大変ですサトーさん! パプカさん、レベルやスキル自体は前のままです!!」
「よし、こいつには魔法の触媒は渡さないようにしよう」
「きゃっきゃっ」

 危うく死ぬところである。

「…………ぱ?」
「は?」

 全身から血の気の失せた俺は、女の子から発せられた半濁音に、半濁音符を外して答えた。
 そこには、俺と同じかそれ以上に血の気の失せた女の子の引きつった表情があった。

「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!?」
「え、何? 壊れた?」
「さ、サーン!! サーン!! 起きて下さーい!!」

 半泣きどころか完全に泣き出した彼女は、未だ眠りこける男の子へと助けを求める。どうやら男の子の方は「サン」と言う名前らしい。
 
「うるせーなリリアン。なんだよ、何が起きた?」
「あ、良かった。男の子の方も目を覚ましました」

 横たわるサンの頭は、ルーンの温かい膝の上に乗っかっていた。なんと羨ましい。状況が状況でなければ押しのけて俺が眠るところである。

「…………あ?」
「大丈夫ですか? 痛いところとかはありませんか?」
「る────るーるるるるるるるるるるっ!?」

 何? 徹◯の部屋?
 今度はサンの方が壊れたレコーダーのように一文字を発し続けていた。
 リリアンと呼ばれた女の子ほどではないが勢いよく飛び上がり、すぐさまリリアンの元へと駆け寄って合流。何やらこちらに聞こえないように相談をしている様子であった。
 何かの結論が生まれたのか、今度はこちらへと駆け寄ってきた。
 
 そして土下座。意味不明である。

「師匠には黙っててください!!」
「母さんには黙っててください!!」

 本当にこいつらが何を言っているのかがさっぱり理解できなかった。

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