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第十章 まるで意図せぬ大冒険
CASE70 ダンジョンその3
しおりを挟む「いないいないばあ~~!」
「…………はっ(嘲笑)」
「このっ……赤ちゃんになっても中身はパプカのままじゃねぇか!!」
ダンジョン内のおかしなトラップによって、なぜか幼児退行(物理的)してしまったパプカ。泣き止ますために変顔をかました俺を鼻で笑う所を見ると、中身は全く変わっていない様子であった。
しかし、それも本質的な話であって精神的には完全に赤ちゃんになっているらしい。こちらの質問には殆ど無反応で、泣いて笑って眠りこけるという赤ちゃんライフを満喫していた。
「きゃっきゃっ」
「か、かわいい……っ! ジュリアス、どうしよう!」
「どうしたサトー?」
「今ならおっぱいが出せそうな気がする! どう思う!?」
「馬鹿だと思う」
くそう、中身はパプカだというのに、赤ん坊になっただけでこうも庇護欲を掻き立てられるとは。父性と言うか母性と言うか、そんなものが俺の中に眠っていたとは我ながら意外である。
ただ、そんなパプカは俺の腕の中が嫌な様子。俺の頬を蹴り上げて逃れようとしていた。
「いてててっ……お、おいジュリアス、なんとかしてくれ」
「ちょっと待て。今服の切れ端で赤ちゃん服を…………よし出来た」
パプカの服で包んではいるものの、今のパプカはほぼ裸。流石にそのままにしては行けないと、ジュリアスがせっせと赤ちゃん服を作ってくれていた。なかなか手先の器用なやつである。
念願叶って俺の手から逃れたパプカは、ジュリアスの豊満な胸の中へと飛び込んだ。
「あぶぶ~」
「はうあっ!? どうしようサトー! 今なら母乳を出せそうな気がする!!」
「ぼっ……そ、それについてはちょっと冗談になってないから聞かなかったことにするよ……」
お前はもうちょっと自分の肉体美について自覚したほうが良いぞ、ジュリアス。
「よし、とりあえずパプカについてはこれで良しとしよう────で、そろそろ脱出について話し合いたいんだが、ルーン? まだ駄目そうか?」
視線を向けた先、そこには洞窟の片隅に小さくなってうずくまる、小動物のような存在があった。
ルーン・ストーリスト。性別、元男性。現女性である。
パプカと同じくトラップに引っかかり、こちらは息子を亡くすと言う経験を経た被害者だ。その衝撃は尋常ではなかったらしく、暫く立ち直ることが出来ないでいた。
「ぐすっ……はい。なんのこれしき…………うぅっ!」
駄目そうである。
「あー……ジュリアス、女の先輩としてなにかアドバイスを」
「わ、私に振るのか!? えーっと……と、とりあえずトイレの時は座って用を足すんだぞ」
お前に聞いた俺が馬鹿だった。
「大丈夫だルーン。トラップと言っても永続効果な物は確認されてないし、強いものでも外に出て解呪してもらえば元に戻るさ。そうじゃないとパプカも人生やり直しになっちゃうからな」
「それはそうなんですが…………すみません」
「は?」
「実は女性化と同時にレベルドレインも受けてしまったようでして」
そう言って俺に冒険者カードを差し出した。つまり、冒険者にとっての身分証明書のようなものであり、事務職員であると同時に冒険者であるルーンも携帯している代物である。
冒険者のパラメーターを見るためのものであり、レベルやステータス。そして状態異常などを確認することが出来る。
「レベル……5? あれ? ルーンってゴールドランクの冒険者だったよな?」
レベルというのは強さの指標。ゴールドランクだと、最低でもレベル30を超えていなければおかしいのだ。
しかしカードに示された数字は5。それに習ってステータスも劇的に下がっている。その数字は一般人の俺よりは強いが、最底辺の冒険者であるブロンズランク並だ。すなわちジュリアスよりも更に弱い。
「あれ? さっきパプカが言ってたこのダンジョンのランクってどれだっけ?」
「シルバーランクって言ってたような……」
さて、何度めかの状況整理をしよう。シルバーランクのダンジョンに対し、我らがパーティーは四人。
元ゴールドランク冒険者ルーン。現シルバーランク冒険者、能力は実質ブロンズランクのジュリアス。元プラチナランクで現赤ん坊のパプカ。一般人俺。
おいやばいぞこれ、詰んでるじゃねぇか!
「戦力的には心もとないな……ルーン、魔法はどうだ? 強化魔法の一つでもあると私としてもだいぶ違うと思うんだが」
「だめですね。魔法自体は覚えているんですが、レベルとステータスが足りなくて使えません。初級魔法がせいぜいと言った所です」
「そう言うジュリアスは何が出来……いや、ごめんなんでもない」
「聞く前に諦めるなサトー! もっと期待しろ!!」
「じゃあ聞くが、お前に何が出来る?」
「う……いや、ダンジョンクエストは得意じゃなくて……」
彼女に得意なクエストが存在するのだろうか?
「ともかく、さっきゴブリンが出たしここも安全とは限らない。とりあえず身を隠せる場所に移動しよう。戦えない俺がパプカを連れて行くから……」
「だぁっ!! ふーっ!」
「…………分かった、じゃあルーンに連れて行ってもらおう」
とにかく俺の腕の中が嫌であるらしいパプカは、ルーンの腕に抱かれて満足気に眠りについた。
「現金な奴め」
「ひとまず私が先頭を行こう。一応現役冒険者だしな、任せてくれ」
甚だ不安だが、ジュリアスの言う通り現役冒険者は彼女だけ。しかもこの中では現状最もレベルの高い人物でもあるため、これしか方法は無いだろう。
「あ、二人共。そこの地面にトラップがあるから気をつけてくれ」
「ああ、分かった……ん?」
「ルーン、その壁は触らないでくれ。多分即死系のトラップがある」
「はい、分かりました……あれ?」
「それから────」
「ちょ、ちょっと待てジュリアス!!」
俺の静止の声にジュリアスは首をかしげた。だが首をかしげたいのはこっちだ。やけにトラップの数が多いのも疑問だが、ツッコミどころはそこじゃない。
「なんで罠の場所が分かるんですか?」
俺の疑問をルーンが代弁してくれた。
そう、普通の人間は罠の場所をすばやく察知など出来ない。確かに、シーフであるジュリアスは罠の察知や解除も仕事のうちであるが、それももっと時間をかけて行うものだ。
しかし彼女は一瞥しただけで罠の存在を看破している。流石に彼女のレベルでそのスピードはおかしかった。
「え? 罠の場所なんて誰でも分かるだろう?」
「「いやいやいやいや、その発言はおかしい」」
「そうなのか? こんなに分かりやすいのに、察知できないほうがおかしいと思うが……ああ、確かになんでバレバレのトラップを踏んづけるのだろうと思っていたんだが……ちなみに自慢じゃないが、冒険者になってからというものトラップにかかったことは一度もない」
「そこは自慢するところだよ! 一応言っておくが凄いことなんだからなそれ!!」
忘れていたが、彼女はポンコツであると同時に、シーフの才能に関しては天下一品なのであった。
それはもう、一度シーフとして活動すれば、すぐにでも勇者パーティーに加入できるレベル。すなわちオリハルコンにすらなれる最上級の才能だ。
ちなみに、ダンジョンにおいてトラップにかかったことのない冒険者というのは非常に珍しい。トラップは、ダンジョンの洗礼とも言われる代物なのだ。
「だ、だって私程度がそんな凄いはずないだろう!? 普通の仕事でさえ失敗する人間だぞ私は!」
「なんでそこだけ自己評価が低いんだよ! と言うかごめん! 普段ポンコツって言っててごめん!」
ちょっと責任を感じちゃったじゃねぇか。
「で、でもこのジュリアスさんの能力ならトラップはもう怖くありません! 攻略がぐっと楽になりましたね!」
「そ、そうだな! 頼りにしてるぜジュリアス! お前に足りないのは自信だ! 頑張れ!」
「私が頼り…………は、初めてそんなこと言われたぞ!」
なんて不憫な子なんだろうか。
「よし! サトー、ルーン! 私に任せて着いてこ────」
意気揚々と一歩を踏み出したジュリアスが眼の前から消失した。
「「────は?」」
「あああああああああああああっ!?」
と言う叫びが血の底から聞こえてきた。どうやら前をよく見ていなかったらしく、踏み出した先に奈落が続いていたようで、そこに落下したと言う結果であるらしい。
さらにまずい事態が発生。ジュリアスの叫び声に慌てて駆け寄った俺とルーンの足元が崩れたのである。
「「ああああああああああああああっ!?」」
なるほど良くわかった。ジュリアスは罠にかかることのない天性の才能は持っているが、罠でも何でも無い所で躓く天性のポンコツなのだ。
応援ありがとうございます!
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