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第十章 まるで意図せぬ大冒険

CASE70 ダンジョン その2

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「とりあえず全員集合!」

 ダンジョンの中、少しだけ広い空間にて、俺とルーン。そしてジュリアスとパプカが地べたに座り込む。
 
「さて、先程俺が瀕死の重症を負ったことはまあ良い」
「良いんだ!?」
「サトーさん、慣れてきましたね……」
「ともかく、今の状況がさっぱりわからないと動きようがないからな。まず、心当たりがあるやつは申し出てくれ」

 自宅から何故かダンジョンへ飛ばされたことについて、俺の頭では処理しきれない。そもそもダンジョンについては俺よりも冒険者であるジュリアスやパプカの方が専門家だ。彼女たちの話を聞くのも参考になるだろう。
 しかし期待とは裏腹に、俺の質問に対して誰も答えようとしなかった。

「わかった、じゃあこうしよう。ジュリアスとパプカ、一度目を瞑ってくれ」
「はい? なんでそんな必要が……まあやれと言われればやりますが」
「ええと、これで良いのか、サトー?」

 俺の言うことに素直に応じる二人。普段からこれくらい素直であれば良いのにと思いつつ、俺は咳払いをしてから二人に対して質問をした。

「ダンジョンに飛ばされた原因について、責任を感じている方は手を上げろ」
「「ちょっと待て」」

 二人同時に閉じていた目を開けてしまった。何をやってるんだこいつらは、せっかく俺が恥をかかせぬよう配慮したというのに。ははん? さては俺だけでなくルーンが見ているのが気になるんだな? 意外にシャイな奴らだなぁ。

「仕方がない、ルーンも目を瞑っていてくれるか?」
「違いますよ!! そんなところにツッコんだんじゃありませんから!! そうじゃなくて、えらく分かりやすく疑ってくれるじゃないですかサトー!!」
「そうだそうだ! なんで私達二人が何かしたという前提で話を進めているんだ!」
「うるせぇ!! 俺に心当たりが無い以上、いつもどおりのお前らの持ち込み企画以外に考えられねぇんだよ! 観念して白状しやがれ!」

 ギャアギャアと叫ぶ言い争いは、やがて取っ組み合いの喧嘩へと発展。女性に対して暴力を振るうとは何事かと思われるかも知れないが、身体能力がステータスで決まる世界観。数値が劣る上、二対一の俺は終始劣勢で顔に多くの傷をこしらえる羽目になった。
 ひとしきりの喧嘩の後、ルーンによって仲裁を受けた俺達はひとまず冷静に事の分析に当たることにした。

「サトーさんの懐中時計を見る限り、時間経過はしていないようですので、誘拐などによる物理的な移動では無いと考えて良いでしょう」
「ではやはり、テレポートとかの魔法が原因なのか?」
「いや、それは俺も考えたけど、転移系魔法は総じて高位の魔法使いか高位のモンスターしか使えない魔法なんだよ。リール村で言えば……」
「…………」
「…………」
「おいこら、なぜ三人共わたしの方を凝視するんですか」

 リール村で最も高位の魔法使いと言えばパプカだからである。

「言っておきますがプラチナランクの魔法使いでは転移系魔法は覚えられません! そもそもわたしは【錬金術師】ですので、時空系の魔法は専門外なんです!」
「普段から専門外の魔法をポンポン使ってるやつに言われてもなぁ」

 とは言え、確かにパプカの冒険者ランクでは難しい魔法なのは間違いない。彼女が犯人という線はかなり薄いだろう。

「モンスターにしても、人間の村に高位のモンスターが居たなら騒ぎになっているはずですしね。そちらの線も薄そうです」

 原因の究明も手詰まり感が否めない。うんうんと唸り声を挙げてみても、やはり原因は思い浮かばなかった。

「一度考え方を変えてみよう。みんな、最後に何を見たか覚えているか? 私はサトーの家でパプカが玄関を吹き飛ばしたのを覚えている」
「わたしが玄関を吹き飛ばしたのを覚えています」
「お前はもうちょっと反省しろ。…………ええと、白い光に包まれたのは覚えてるんだが……」
「────あ、そう言えばその直前、絵画についてみんなで話していましたね。確か、入居当時と比べて表情が違うとか……」

 ルーンの発した言葉に、俺は何かをひらめいた。
 表情が変化した絵画。転移魔法を使うモンスター。高位のモンスターは人間の里には出現しない。魔法使いも在籍していない。
 これらをひとまとめにして導き出される答えを、俺はリンシュによって蓄えられた知識の中に持っていた。

「【生ける絵画】だ!」

 パズルがはまり込んだような快感に、思わず叫び声をあげてしまった。
 その声にパプカとルーンは「なるほど!」と感心し、ジュリアスは首を傾げて疑問符を浮かべていた。

「ゴールドランク以上のダンジョンや廃墟に生息するモンスターだから、ジュリアスが知らなくても無理ないな。ランクこそ中位のモンスターなんだが、対象の人間を別の場所に移動させたり、絵の中に取り込んだりする奴なんだよ」
「確かに、生ける絵画なら村の中に居ても不思議じゃありませんね。知識のない人が誤って自宅に飾るという事例もあるそうですから」
「つ、つまり私たちは、その生ける絵画が原因でここに飛ばされたと言うわけか。しかし、なぜあのタイミングで? 何か原因があったのか?」
「ああ、それは簡単だ。生ける絵画っていうのは周りの環境も重要らしくてな。その場を荒らしたり壊したりした時に力を発動……させ…………」

 なるほど合点がいった。
 入居当時は確かに穏やかなほほ笑みを浮かべた美少女の絵画が、なぜ今鬼のような形相を浮かべているのか。そしてなぜあのタイミングで俺達が飛ばされたのか。
 答えは簡単。俺の家の玄関口と屋根と壁を見ればわかる。

「やっぱりお前の持ち込み企画じゃねぇかパプカーーーーー!!」
「失敬な!! 確かに玄関口に関してはわたしですが、それにしてもお父さんが壊したのが先です! 天井と壁はコースケ一行の仕業でしょうが! 発言の撤回を要求します!」
「いや逆ギレじゃねぇか! 少なくとも生ける絵画の堪忍袋の緒を切ったのはお前の所業だよ!」

 思えば数々の破壊行為を働かれた我家。意思を持っていたとは驚きだが、今まで我慢していたのだと考えると、相当忍耐力の強い奴だったのだと感慨深い。
 それはそれとして、俺達が飛ばされた原因の一つであるパプカは反省の色が薄い。いや、一応自分の反論に無理があることを理解しているのか、冷や汗をかいているのが見て取れる。

「ま、まあまあ。やってしまった事は仕方がありませんし、ここで言い争っていても事態は好転しません。ここは一つ穏便に、サトーさん」
「はあぁ……ルーン、あなたは本当に天使のようなお人です。わたしの性別が違っていたなら求婚していた所です」
「その場合同性結婚になってしまうんですが……」

 うむぅ……ルーンにこう言われてしまっては、これ以上声を荒げると大人げないのはこちらになってしまうか。
 実際言い争っている場合でもないし、この場ではこのぐらいにしておいた方が良いだろう。

「こいつには帰ってからたっぷりと説教することにして、とにかく事態は飲み込めた。生ける絵画が原因だとして、絵とは関係のないダンジョン内。取り込まれたわけじゃなくて飛ばされた方が正解だろう」
「だとすれば、自力で帰るしかなさそうですね。まずはダンジョンを出ないことには……」

 結局答えはそこに行き着いてしまうのだ。絵に取り込まれただけならば、中のモンスターを倒せばいいだけのこと。
 しかし転移魔法で飛ばされた場合だと、自力でリール村まで変える必要が出てくる。少なくともリール村の周辺にはダンジョンが存在しないため、結構な距離を移動しなければならないのだろう。
 陰鬱にため息を吐く俺とルーンを他所に、さきほどまでしょんぼりしていたパプカが復活。キラキラと目を光らせながら、ドヤ顔で俺の顔を見つめていた。

「ハッハー!! ではここはわたし達冒険者の出番のようですね! ルーンはともかく、軟弱なサトーを外まで導いてあげましょう!! ゴブリンが出てきたということは、シルバーランクのダンジョンでしょうし、本職であるわたしとジュリアス。そしてルーンがいれば怖いものなしです!」
「えぇ!? わ、私はダンジョンは得意では無いんだが。け、経験があまり無いと言うか……」
「ともかく! わたしが先導役を努めます! クソザコナメクジサトーは安全な真ん中を歩いてください! さあゆかん! 未知の冒険への扉が今開かれるのです!!」



 カチッ



「あ」
「「「あ」」」


 ドッカーンッ!!


 文字通りの音とともに爆発が起こった。
 炎は確認していないが、爆風とともに巻き起こった土煙が辺り一帯を包み込む。そしてその中心地には、何かボタンのようなものを踏み込んだパプカが居た。

「おぉい!? 何やってんだパプカーーーッ!?」
「だ、駄目ですサトーさん! ダンジョントラップです! 走っては……」



 カチッ



「あ」
「「あ」」



 ドッカーンッ!!



 天丼な二度目の爆発が発生。今度は走り出した俺を止めるために踏み出した、ルーンを中心に土埃が巻き起こった。

「ルーーーン!! どうするんだこれ、どうしよう!? ジュリアス! 本職だろ、どうすればいい!?」
「えぇ!? と、とにかく救護を……あ、絆創膏ならあるぞ!」

 その絆創膏が役立つレベルの怪我ならば良いのだが。
 とにかく、二人の無事を確認するのが先か。下手に駆け寄るのも危険だとジュリアスが言うので、歯がゆいが土煙が晴れるまでその場で待機。やがてパプカの方の煙が晴れてきた。

「大丈夫かパプカ! パプ……あ、あれ?」

 土煙が晴れた先。すなわちパプカが居た中心地点に、彼女の姿が見当たらなかった。
 正確には、パプカの服と杖が横たわるだけで、本体であるパプカの姿だけが消失してしまっていたのだ。

「じゅ、ジュリアス? あれはなんのトラップなんだ? パプカはどこに……」
「私もあまり詳しくないんだが、多分姿が見えないところを見ると……転移系のトラップじゃないだろうか?」
「はぁ!? この状況であいつだけはぐれたって事か!? どうすんだよ! あいつ魔法の触媒がなきゃただの幼女なんだぞ!?」
「わ、私に怒鳴られても困る! とにかく、ルーンの手当のあとすぐに探しに行くことぐらいしか…………ん?」

 うろたえる俺とジュリアス。下手に身動きが取れない中、ジュリアスがパプカの装備品を見ながら眉を顰めた。

「何か……動いて……」
「何かって何……が…………」


「あう~、だぁだぁ」


 ────赤ん坊が居た。


「…………あれ、パプカか?」
「…………髪の色からすると……そうだな」

 俺とジュリアスは、事態を整理するために大きく深呼吸。そしてもう一度大きく息を吸い込んでから、

「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」」

 と叫んだ。

「何あれどういうこと!? 赤ん坊になっちゃってるじゃねぇか!!」
「トラップに疎い私でも分かる! 流石にそんなトラップがあるとは思えない!!」

 混乱の極み。俺が勉強した知識の中にも、対象を赤ん坊に退化させるものなど存在しなかった。
 どういうこと? どうなってんのこれ? あれはちゃんともとに戻る物なのだろうか?

「ゲホッゲホッ!! さ、サトーさん! ジュリアスさん! パプカさんは無事ですか!?」
「あっ! サトー! ルーンの方は無事のようだ! 赤ん坊になってない!」

 ようやく晴れたルーン周辺の土煙。その中からは、今までどおりのルーンがそのまま出現した。
 見た所怪我もしておらず、煙に巻かれて咳き込んでいるのが被害のせいぜいと言った所のようだ。

「ルーン、大変なんだ! パプカが幼女から乳児にジョブチェンジした!」
「い、言ってる意味はよく分かりませんが、とにかく落ち着きましょう。効くかどうかは分かりませんが、抵抗魔法を使って…………あれ?」

 パプカを救おうと一歩踏み出したルーンが、なぜかピタリとその場で動かなくなった。
 視線を落として自分の体を見下ろした後、体を弄り最終的に股間に両手を当てて再び動かなくなった。

「────────!?!?!!!??!!??」

 声にならない悲鳴。そしてその表情は血の気がさっぱりと失せ、同時におびただしい量の汗を垂れ流していた。
 やはり何かトラップの効果を受けてしまったのだろうか? 俺は慎重に地面を踏みしめてルーンへと近づいて、口元へ耳を近づけて話を伺った。

「え? アレが無い? アレってつまり…………息子? 息子が行方不明? 意味がちょっと────はっ!?」

 察し。
 具体的に説明するのはルーンの名誉のために差し控えるが、結論だけ言おう。
 つまり────ルーンが女の子になってしまったのである。


「びえええええええええええええっ!!」
「どうなってるんですか!? どうなってるんですか!? 私どこに落としてきちゃったんですか!?」
「サトー! 何がどうなった! ルーンに何があったと言うんだ!? パプカを助けに行かなくて良いのか!?」

 脳みその情報処理が追いつかない。
 泣きわめく赤ん坊パプカと、性転換したルーン。そしてポンコツ冒険者のジュリアスを前に、俺はどうしようもなく立ちすくむ。

「一体……どうなってんだこのダンジョンは……」


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