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第十章 まるで意図せぬ大冒険

CASE69 ルーン・ストーリスト

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 冬期休暇。
 休眠状態に入るモンスターたちと同様、それらを狩る冒険者の仕事も減少する時期。当然ながら冒険者ギルドの職員たちも暇を持て余す時期であり、普段できない外回りの仕事を終えた後は本当にやることが無くなる。
 そのため、年の終わりの約一ヶ月間。人件費削減の観点から冬期休暇が取らされるのである。
 しかも嬉しいことに有給。全額支給では無いが、休みの間お金がもらえるのは嬉しい話だ。変な所で先進的だよなこの世界。

「なのになんで俺は働いてるんだか……」

 時刻は午前。
 俺は額についた汗をタオルで拭いつつ、帰宅の途に着いていた。
 仕事は休み、遊ぶ場所も買い物をする場所もないリール村のどこから帰っているのかと言うと、忌々しき半壊状態のギルドからである。

「俺が悪いのは認めるけど、監督役で毎日駆り出されるのは納得いかん。他の奴らは交代制だってのに」

 忘年会で半壊したギルドの修理。そのために加害者たちを動員して居るのだが、そいつらは言わずと知れた厄介者達。現場監督であるリュカンでは御しきれないと言う判断から、俺は毎日顔を出すことになっていた。
 朝早く起きて活動を始め、汗を流した後昼食前に帰宅する。
 健康的な生活と言えなくはないが、ことさら休日にやりたい事でもない。と言うかやりたくない。疲れる。
 がっくりと肩を落としながら、コースケハーレム襲撃時から半壊状態の我が家の扉を開いた。

「ただいまー…………って、何してんだお前ら?」

 扉を開けると、そこには人影が二つ。パプカとジュリアス。お馴染みの不法侵入者である。

「不法侵入者とは人聞きが悪いぞサトー。ルーンに招待された正式な客だ。ちょっと用事があるんだ」
「まあまあジュリアス。淑女が集う女子会に参加できない男の醜い嫉妬です。大目に見てあげましょうよ」
「ルーンはともかく淑女が一体どこに居ると言うのか」
「そこはルーンを除外する所でしょうが! 男の子ですよ彼は!」
「男の『娘』だ! 漢字を間違えるんじゃねぇ!!」
「カンジってなんだっけ?」

 ひとしきりボケとツッコミを終わらせた所で、台所からルーンが顔をのぞかせた。
 漂う甘い香り。どうやらルーンがクッキーを焼いて持ってきたようであった。この村で一番の女子力である。

「おかえりなさいサトーさん。今日は早かったですね? 昼食にされますか?」
「────これぞ暖かな家庭……」
「いや違うでしょ」

 理想の家庭像を思い浮かべて感動していると、パプカにツッコミを受けた。

「とりあえず、シャワーを浴びて二度寝してからにするよ。仕事がある日よりも早起きだからな、最近」
「わかりました。じゃあお昼すぎに起こしに行きますね」

 ひょっとして俺はリア充なのではなかろうか。
 眩しい笑顔のルーンが家庭を支えてくれている。実際女性との交際経験は無いが、これはもはや同棲と言ってしまっていいだろう。いや、結婚と言っても過言では無いかも知れない。

「仕方がありませんねぇ。村一番の淑女であるわたしが起こしに言ってあげましょう」
「村一番とはまた範囲が狭いな」
「ちなみに電撃魔法と衝撃波魔法、どっちの方が良いですか?」
「目覚ましかけとくわ」







*    *


 目を覚ますと、時計の針は二本とも真上に来ていた。
 五体は満足。どうやらパプカの魔法を受けずに起き上がることが出来たようだ。
 着替えを済ませ、リビングがある一階へと降りると、先程の三人が談笑している姿が目に写った。

「ああ、おはようサトー。…………なんでギルドの制服を着てるんだ?」
「はぁ? ……あ、マジだ。何やってんだ俺は……」

 ジュリアスの指摘に視線を落として見てみると、なぜか休日に仕事着を着ている間抜けな男の姿があった。つまり俺のことである。
 朝起きて制服を着てリビングに降りる。これが俺の普段のルーティンなのだ。実はたまに休日にもやってしまうのだが、パプカやジュリアスの前でやってしまうとは失態だな。お恥ずかしい。

「ワーカーホリックここに極まれり、ですね。仕事大好き人間は恋人が出来てもすぐに逃げられちゃいますよ?」
「出来たことも無いくせに何言ってんだか」
「おや、喧嘩を売っているなら買いますよ? お金ならいくらでもありますからね」
「分かった分かった。物騒だから杖を降ろせ。で? お前らずいぶん長い時間居るようだけど、用事ってのはまだ終わってないのか?」
「昼食を済ませてから出かけるつもりなんだ。実はルーンとパプカにモンスター・ハントを見てもらおうと思ってな」

 そう言ってジュリアスは、相変わらず使えもしないロングソードを抜き放ち、うっとりと刀身を眺めた。まだ剣聖ソードマスターになりたいと言う設定を諦められないのだろうか。と言うか危ないので剣を抜くのはやめてほしい。

「ああ、だからふたりとも冒険に出る格好なのか。よく見ればルーンも普段とは…………」

 ルーンの仕事着は知っている。ルーンの私服も知っている。しかし、冒険者としてのルーンの姿は見たことがない。
 ゴールドランクの一流冒険者であるルーン。幼い頃から冒険者である両親と旅をしていたことからそのランクを獲得したらしいが、事務職員となってからは活動していないという。
 そんなルーンの冒険者服。
 下はジュリアスと同じようなボーイッシュな短パンだが、普段顕にしない太ももが白日のもとにさらされている。太もも!!
 上はカーディガンを着込み、その上からベルトがいくつか着いたポンチョのような防寒着。肩や首元に金属のプレートが付いており、防具代わりになっているようだ。もふもふでかわいい!!
 腰には細身の剣。ルーンのジョブについては聞いたことがないが、少なくとも魔法を使用するクラスらしいので、剣はサブウエポンなのかも知れない。それにしても可愛らしい、まるで妖精である。

「あの……あまり褒められると恥ずかしいんですが」
「あれ、声に出てた? 大丈夫、全部本音だ。だから結婚を前提に付き合ってください」
「サトーってルーンのことになると途端に理性を失いますよね。そろそろ目を覚ましてください」

 振り下ろされたパプカの杖により、俺は正気に戻った。

「事情はわかった。お荷物……じゃなかった、ジュリアスの手伝いをするために集まったんだな?」
「サトー、今私のことをお荷物と……」
「まあ仕事を気にしないで良い時期だしちょうど良いかもな。クエストじゃないから金は出ないが、素材があったらギルドに回してくれ。休暇明けに買い取るから」
「わかりました。しかしわたしとしてもナイスなタイミングです。実は新しい魔法を覚えまして、試し打ちがしたかったんです。こう杖を振って、【ダーク・アロー】! って叫ぶんです格好いいでしょう?」


 ズガンッ!!


 なんの音か分かりきっているだろうが説明しておこう。パプカの魔法が家の玄関口を撃ち抜いた音である。

「あ、間違えた」
「おま……何してくれとんじゃぁ!! 玄関が大破したじゃねぇか!!」
「いやぁすみません。でも良いじゃないですか。どうせ半壊していましたし、直す時に撤去する予定なんでしょう?」
「お前はその倫理観をどうにかしろ! 他所でも同じようなことやってるんじゃないだろうな!? ギルドの責任問題になるんだぞ!!」
「何を言ってるんですか。こんな事サトーに対してしかやりませんよ」
「お前が何を言ってるんだ」

 一度パプカと常識という言葉について話し合う必要がありそうだ。

「まあまあ。パプカの言う通り扉は取り壊し予定だったのだろう? そのくらいに…………ってあれ?」

 仲裁に入ってきたジュリアスが言葉の途中で疑問符を吐き出した。
 その視線は俺とパプカにではなく、なぜか壁にかかっている肖像画に向いているようだった。

「なぁルーン、この肖像画って前からこんな絵だったか?」
「はい? えーっと、多分入居時から変わっていないと思いますが……」

 自宅の壁にかかっている肖像画。裏面にびっしりと貼り付けられた【呪】と書かれた札。コレ自体は呪いよけの御札らしく問題はないのだが、今回は絵のほうが問題であるらしい。
 美人、と言うより美少女が椅子に座った絵。不気味と言えなくもないが、その重厚感はこの絵がそれなりの値段であることを物語っているようだった。
 その絵にジュリアスは違和感を覚えた様子だが、一体何が問題なのだろう。

「前に来た時はこの女性は微笑んでいたと思うんだが……」
「あれ? 言われてみればそうですね。何度かこの家には来てますが、わたしの記憶ではこんな鬼のような形相はしていなかったと思います」

 二人に言われて見てみると、確かに肖像画の女性は今にも襲いかかってきそうな恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。
 毎日見てるから気が付かなかったが、最初からこんな絵だったかな?

「サトーさんの私物でしたっけ?」
「いや、この賃貸の付属物のはずだ。絵を飾る趣味は無いから外したかったんだけど、呪われそうで……ゲフンゲフンッ!」
「ん? ねぇルーン。なんかこの絵、目が光り始めてませんか?」
「あ、確かに光ってるな。ギラギラと眩しいぐらいに。さっきは光ってなかったよな、サトー?」
「いや、と言うかなんか光が強くなってねぇか!? 眩しっ!?」

 突如として煌々と強い光がリビングを包み込んだ。目を開けることすら出来ない光は俺達の視界を奪い、一瞬で目の前がホワイトアウトした。


「い、一体何が…………ん?」


 目の痛みに暫く悶た後、ようやく目を開いてみれば────そこは自宅ではなかった。

「ど、どこなんだここはーーーーーっ!?」

 俺は一人、見知らぬ洞窟の中で佇んでいた。
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