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第九章 まるで陽気な忘年会

番外編 サトー その5

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「ではひとまず選択肢をあげましょう。爆死と焼死、どっちが良いですか?」
「それは選択肢とは言えない」

 物騒な言葉を述べる幼女先生。どこからか取り出した大きな魔法の杖をこちらへ向けて、敵意満々な様子である。
 完全に幼女先生任せにして遠巻きに野次を飛ばしていた撲滅会の面々もこれには慌てた様子で、すぐさま駆け寄って幼女に耳打ちをした。

「先生! 煽っておいてなんですが流石に暴力沙汰はまずいです! 魔法でビビらせる程度に納めてください!」
「何を言うんですか! 我々の標語は「カップル死すべし慈悲はない」でしょう! ならば慈悲など与えません! あ、でも大丈夫ですよ。殺すと言ってもきちんと半殺しです。後で教会に連れていけばセーフです」
「アウトですよ!!」
「いーやーでーすー! ではわたしはなんのためにこんなアホみたいな団体に入ったんですか! そもそも団体行動が苦手なのに! 本当はわたしだって男の子にモテたいんです! もう良い年齢なのに未だ処女とか恥ずかしい! 歳の近い女の子はあっちこっちで遊んでるのに!」
「あんまり大声で言わないでくださいこっちが恥ずかしい! 遊んでいる女の子なんて一部ですし、ここに居る殆どが処女と童貞ですから!!」


 あまりに恥ずかしい単語を大声で発しながら、杖を奪おうとする撲滅会の男と幼女の見苦しい姿が公衆の面前にさらされていた。
 置いてきぼりな俺とリアさんは、彼らを笑うべきか蔑むべきかを悩むこともなく真顔で待機状態を維持していた。

「ええい! わたしの邪魔をするなぁ! 爆裂魔法エクスプロージョン!!」
「「「ぎゃぁっ!?」」」

 ついに内ゲバに発展。と言うか一方的に幼女の魔法が炸裂し、撲滅会は文字通り撲滅されてしまった。
 覆面や衣装は焼き焦げた上で爆散。脅し用と思われる剣や鎌などが辺りに撒き散らされた。

「馬鹿なのかな?」
「わたしの邪魔をするのがいけないんです。さて、邪魔者は居なくなりました。処刑のお時間です」

 ふっふっふ……という、言葉だけなら不気味な笑い声を、幼女の高音ボイスで発しているので微笑ましい。
 しかしながら今見た爆裂魔法は洒落にならない威力。確かリンシュとの勉強で教わった知識で言うと、上級魔法に位置する強力なものだったはず。幼女にしては不釣り合いすぎる魔法に警戒していると、なぜかリアさんが俺の前へと躍り出た。

「サトーくん下がって! ここは私が食い止めるから、貴方は逃げて頂戴!」
「ちょっ!? 何言ってるんですかリアさん! 貴女が傷を負いでもすればリンシュに俺が殺されます! 俺の後ろに居てください!」
「あれ? 微妙に自己保身に走ってません、それ?」

 俺の静止も聞かずに転がってきた剣を拾い上げ、リアさんは様になる構えを持って幼女と相対した。
 様になってカッコいい構え方だが、見たことのない特殊な構え方だ。両手剣なのに右片手で持ち、頭上から相手に切っ先と左手を向けるという、そこからどうやって剣を振るうのかが分からない。これもリアさんの狙いなのだろうか。
 そう言えば鍛えていると言ってたし、貴族の嗜みとして剣術も行っているのかもしれない。

「ほう? その構え、もしや貴女もわたしと同類ですね? 良いでしょう! 相手になってなってあげます! 我が魔導で消し炭になると良い!!」
「おぉ、思いがけず剣を取ることになってしまったわ。ふふ……やはり王都に来て良かった! これぞ冒険譚の序章! 私の冒険はこれからだ!!」
「リアさんなんかキャラ変わってない?」

 歓喜の笑顔と震えに加え、何故か口調が仰々しく変化したリアさんは、打ち切りエンドにありがちな台詞を吐きながら突撃した。







*    *


 時間は進み夕方。カラスが鳴き、辺りはすっかり夕日のオレンジ色に染まっていた。
 現在地は中央広場。つまり、昼頃から全く移動していない。つまり、昼ごろから全く事態が動いていないということだ。
 おかしいな? 俺の記憶では「いざ決戦!」と言う様子が昼頃だったのだが、決戦とはこうも時間のかかるものなのだろうか? と言うか、また時間が飛んだ気がする。大丈夫か俺の記憶容量。
 
「はぁはぁ……ふっ、やりますね貴女。わたしの魔法をこうも避けてくれるとは」
「ぜぇぜぇ……そちらこそ。私の剣を一太刀も浴びること無く立っている事には驚嘆だ」

 肩で息をする二人。その姿は魔法によるものなのか煤にまみれていたが、どうやら怪我は一つもしてない様子であった。

「はいはい二人共! 流石にもう終わりにしましょう! このままじゃ夜が明けるまで続けることになりますよ!」

 埒が明かないみたいなので、俺は手を叩きながら二人の間へと割って入った。行動が少しばかり遅すぎる気もするが、戦いが小康状態になったこの機を逃すことは出来ないだろう。
 
「ぐぬぬ、仕方ありません。ひとしきり魔法をぶっ放してスッキリしたのでこれぐらいにしておきましょう」
「うむ。私も気兼ねなく剣が振るえて楽しかったぞ! 父の前では稽古も出来ないからな!」
「アンタら暴れたいだけだろ」

 その結果が広場の無残な有様である。無傷なリアさんと幼女。そして擦り傷だらけの俺と木っ端微塵に吹き飛んだ石畳と花壇。
 なんで傍観していたはずの俺が傷だらけで額に激痛が走っているのかは分からないが、広場の有様は間違いなく幼女の放った魔法によるものだろう。

「大体、なんでわたしはこんな団体に参加したんでしょうね? 今年中に恋人を作るのが目標なんです。撲滅なんてしようものなら自殺することになっちゃいますよ」
「いや知らんがな。もうお前も帰れ、ちゃんと片付けてからな。俺達もそろそろ行きましょうリアさん。いい加減帰らないとリンシュにどやされます」
「ああそうだな、むふふ。これだけはしゃいだのは久しぶりだ…………っと、ごめんなさい。ちょっとテンションが上がっちゃって」

 自分の口調にようやく気がついたのか、リアさんは気恥ずかしそうに顔を赤くした。
 うーん……可愛いけど多分雄々しい口調のほうが素なんだろうなぁ。


 夕日が更に落ち、街灯がチラホラと点き始めた。
 広場での一件からしばらく。俺とリアさんは楽しい夕食を済ませ、高台から沈むゆく夕日を見て、彼女の輝かしい笑顔を心と瞳に焼き付けた。そしてそのまま夜の街に繰り出して────



 
「待て待て待て待て!!」




「んあ? なんだよぉアグニス。これから良いところなんだぞぉ」

 アグニスの横やりにて、俺の昔話は終わりを告げた。随分長い時間話していたようだ。まわりの客は殆ど帰ってしまい、ギルド酒場も閉店の準備をしている。
 まったく……せっかく気持ちよく話していたのに、なぜアグニスは野暮な真似をするのだろうか。

「さっきから重要な部分が全部省略されてるじゃねぇか。書店と広場と夕食の場で何があったんだよ」
「だぁからぁ、楽しい時間をらなぁ…………あ? ろれつが回らん。おれ、そんなに飲んでたっけ?」
「いや、エクスカリバーが帰ってきてからは一杯位しか。なぁ、ルーン?」
「そうでぅねぇ。やっはり調味料にはティッシュがいひばんだと思いまふ」
「駄目だ、酔ってる」

 顔を真赤にしてゆらゆらと揺れるルーンは、酒に慣れていないのかぐでんぐでんに酔っ払っていた。
 と言うか、慣れているはずの俺もかなり頭がぼんやりしている。心の中ではまともに話せているのに、口に出そうとすると取り留めのない言葉に変換されているみたいだ。

「わっはっはっは! そうそう、全部が終わってリンシュに報告したとき、俺なんて言ったろ思ふ?」
「あん? なんて言ったんだ?」
「「もう二度とあの女の相手をさせるな」だってさ! あっはっは…………あ? なんでそんあ事言ったんらっけ?」
「俺が知るか」

 話したとおり、トラブルもあったけど楽しい思い出だったはずだ。可愛い年上の女性をエスコートして、書店に広場に夕食と言う平和的なデートコースを回ったんだけど、なんで最終的にそんな台詞が出たのだろう?

「あの時は楽しかったなぁ。書店では東部の書店出入り禁止手配書がバレて舌打ちを食らってしまったんだが」
「「…………は?」」

 なんか……今すごく重要な事を聞いた気がする。
 聞き間違いかもしれないので聞き返したほうが良いのだろうが、残念ながらもう限界。頬杖をつこうとして失敗。勢いをつけてテーブルに頭をぶつけてしまった。

「大丈夫かサトー!?」
「ああ、そうそう! 広場では爆発に巻き込まれてこんな感じで倒れていたんだったな! ちょっと申し訳ないことをしたと思う、ごめんサトー」
「ちょっと待って! なんの話をしてるんだジュリアスちゃん!」
「あれ? 私はなんの話をしているんだ? 確か魔法における髪の毛の食べ方について話していたはず……」
「本当になんの話!? ジュリアスちゃんもめちゃくちゃ酔っ払ってるよな!?」

 くそ、外野がうるさい。内容がぜんぜん頭に入ってこないが、騒音のような声が頭の中に響いてくる。

「話は途中から聞かせてもらいました! わたしも話に混ぜてください!!」
「パプカちゃんいつの間に!? あ、サトーの酒飲んでる!?」

 パプカ合流。そう言えば彼女はこの時間帯、いつも酒場に入り浸っているのだったな。

「あの時の戦いはやりづらかったですねぇ。覆面はずれて前が見えず、いくら魔法を放っても相手に当たりませんでした。しかも赤髪剣士の剣は手からすっぽ抜けて彼氏にぶち当たってましたし」
「パプカちゃんまで!? それサトーの昔話の話だよな!? パプカちゃんのでなく」
「そうですよ? ほら、カーテンは味噌漬けにして庭に蒔けば馬が鳴くって言うじゃないですか」
「だれかこの酔っぱらい共の言葉を翻訳してくれ!!」

 残念ながらこの場においてシラフなのは、酒が飲めないアグニスだけだ。その他は完全に出来上がっているので、話す内容が支離滅裂なのは酔っ払いのご愛嬌と言うやつだろう。

「つーかみんななんでこんな酔っ払ってるんだよ! いつもなら吐くことはあってもこんな状態には………………なにこれ?」

 アグニスが酒瓶を持ち上げた。エクスカリバーがお土産として持ってきた物だが、そのパッケージを見ているようだ。
 ギルド酒場では持ち込みが禁止されていないので、いいタイミングだということでみんなで飲むことにしたのだ。中々美味しく、女性でも飲みやすい物だったのでアグニス以外の全員に勧めたのである。
 そして数杯飲んだ後、自分でもパッケージを確認したが、そこにはこう書いてあった。


【コンフューションポーション・混乱付与の効果。ポーションピッチャー用】


「これ酒じゃねぇーー!!」

 と言うアグニスの叫びと、ルーンとジュリアスとパプカの高らかな笑い声。エクスカリバーとアヤセの息の合った悪乗り攻撃により、大破するギルドの壁からの音が、今夜の俺の最後の記憶であった。
 翌日俺が涙を流したのは言うまでもない。


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