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第七章 まるでオタクな獣人街

CASE51 フローリアス・マクシリアン

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 此度の出張は、西部のギルドのサブマスターとの会談が最後の仕事であるらしい。というよりも、この仕事のために出張に出したと見るべきだろう。
 序列審査会という、三人のサブマスターの権限を明確化する会議が、数年内に開催されるらしく、そのための情報収集に俺が駆り出されたというわけだ。
 明確な時期が決定されていないのには訳があり、抜き打ちという形で各サブマスの能力が問われるのだ。と言っても、各情報網を持ってすれば、ある程度の開催日は割り出せるらしく、数年内という表現が用いられている。
 俺は、所属としては東部の事務職員であるが、派閥としては中央のリンシュの部下という特殊な立ち位置に居る。中央から派遣されるエリート組は、俺を除いて研修期間中にいずれかの派閥に入っている事が多く、それぞれのサブマスが治める地域へと派遣されることが大半だ。
 北と南に居る本部長達は、それぞれが東と西のサブマスの傘下に収まっている。
 俺は強制的にリンシュの下に付いているが、中央には残らずに東部へと派遣された。「どこでも良い」と願書に書いたのがいけなかったのかも知れないが、今考えると、リンシュが偵察のために東に送ったのではないかとも思う。
 ともかく、審査会のための情報収集が俺の仕事である。地位的に不釣り合いな大任であるが、さっさと終わらせて村へ帰りたいものだ。

「ルトンサブマスターと会談なんて大変ねぇ。あの人、権力としてはサブマスターの中でもダントツで一番だって知ってた?」
「他人事だよなミント。つっても、ヴォルフの街の元王族の直系ってことしか知らないからな。接点も全く無いし」
「加えて、王国下院議員。商業ギルドの重役。現ヴォルフの街の大領主とその他いろいろ」
「…………ま、全く知らなかった。掛け持ちしすぎじゃね?」
「サトー君、新聞とかもう少し読んだほうが良いよ?」
「リール村にそんな物が存在するわけがないだろ。配達される前にモンスターに配達員が食い殺されるのがオチだ」

 そう考えると、郵便配達員達は極めて優秀な奴らだと言えるのではないか。パプカの通信販売の荷物を結構な頻度で届けてくれるわけだし。

「ま、まあ、サトー君が苦労しているのはともかくとして、ルトンサブマスターはかなり凄い人ってことは覚えておいてね。下手をすると、色んな方面から圧力がかけられて、簡単に左遷させられちゃうから」
「リール村以上の左遷場所があるなら見てみたい気もするが……肝に銘じておくよ。と言うか、この仕事代わってくれない? すっげぇ怖くなってきた」
「中央組では無い所が重要なんでしょ。それに、私は披露宴が終わったらすぐにサブマスと中央に戻るから無理よ」

 つまり孤立無援ということか。一応同僚であるエクスカリバーは居るものの、正直あてにならないどころか足を引っ張る予測しか出来ない。
 …………いや! 止めよう!! せっかくの披露宴がお通夜のようになってしまう! 明日のことは明日の俺に任せればいいさ!

「あ、そろそろボンズもこっち来るかな? いい加減挨拶もしておきたいしな」
「そう言えば、結婚式始まってから一度も話せてないもんね。お祝いの言葉も送りたいし……」

「やあ二人共。お久しぶり~」

 しばらく待っていると、ようやくボンズが登場した。貴族やギルドの重役たちとの挨拶は大変であったらしく、いつもニコニコしているボンズの表情には、少し疲れの色が見えていた。
 そしてその隣には、フローリアスが純白のドレスで身を包み、ボンズの腕をがっしりと掴んでいた。

「おお、主役がやっと登場したな。まずはおめでとうと言わせてくれ、ボンズ」
「おめでとう! ボンズ君!」
「ありがと~。二人共、結婚式に来てくれて嬉しいよ~。挨拶が遅れてゴメンね~。貴族ってこういう場面だと、挨拶が多くて困るんだよ~」

 恐らく、ここまでたどり着くまでに二時間位はかかったのだから、本当に大変な作業なのだろう。

「ねぇねぇ、早く紹介してよボンズ君。私達の知らない、秘密のお嫁さんのこと」
「そうだそうだ! いつの間に結婚までこぎつけてたんだ羨ましい!」
「ごめんね~。あんまり公にしていい話じゃなかったからさ~。フローとは幼馴染なんだけど、平民出身だったから世間体がどうので言えなかったんだよ~」

 貴族は貴族と結婚する。そういった慣習がある以上、本人たちの意思はともかくとして、おおっぴらに平民と恋愛していると公表するのはまずいらしい。ボンズの性格なら全く気にしないことなのだろうが、これには貴族としての家の問題もあるから、身長だったのだろう。

「え? という事は恋愛結婚なの? わあ、素敵!」
「そうだろう!? 私とボンズは、なんと3歳からの付き合いなのだ! 結婚の約束をしたのは、実に5歳の時だったんだぞ! えっへん!」

 急にテンションを上げて話しだしたフローリアス。その表情は満面の笑みと言う表現が的確で、実に嬉しそうに話す女性である。

「申し遅れたが、私の名はフローリアス・トゥリトリア……じゃなかった。フローリアス・マクシリアンだ! ボンズのお嫁さん……むふっ」

 テンションが高いと言うよりも、ちょっとこじらせてる感じがする。その笑い方は、興奮しすぎて少し気持ちが悪かった。

「ええと、そんな小さな頃からフローリアスさんと付き合ってたのか? 凄いな」
「ああ、是非フローと読んでくれ。君はサトーだな? そしてこちらはミント? ボンズからよく話を聞いていたんだ。彼の友人なら、私ともよろしく付き合って欲しい」

 思い切り握られた俺とミントの手は、あまりの握力に悲鳴を上げて、離した後には手の跡がはっきりと残る始末であった。

「フローとはね~、家が近い幼馴染なんだ~。僕が中央のギルド学校に入学したときも、その隣にある騎士学校に入って付いてきたんだよ~」
「愛ゆえにな! 元々、騎士になって一代限りの貴族になる予定だったから、こちらとしても好都合だったぞ!」
「ああ、そう言えばギルド学校の隣って騎士学校だったっけ?」

 王都は様々な機能が備えられた、人間世界最大の街である。経済規模においてはヴォルフの街にやや負けているらしいが、それ以外は追随を許さないほどの施設が乱立している。
 その中でも、学園区画と言う地域が存在し、各種の専門性を持った学校が沢山そびえる地域である。
 俺たちはそこの、冒険者ギルドの事務職員を育成するギルド学校に数年通っていたのだが、その隣には騎士学校という施設があった。
 王国の軍事を支える軍隊学校であるが、その中でも専門の士官を幼年期から育てる施設であり、騎士学校を卒業する時に序列五位までの人間を、一代限りの貴族とする取り決めがあるのだ。と言っても、入学費用が馬鹿みたいに高いので、入学する奴らはほとんどが貴族出身なので、形骸化したシステムであるらしいが。
 恐らく、フローが言っている【予定】と言うのは、ボンズと結婚するための物だったのだろう。

「道理でトゥリトリアって貴族の名前に聞き覚えが無かったはずだよ。あれ? でも、平民出身なんだろ? 入学費用ってどうやったんだ? 補助金が出るギルド学校と違って、数倍じゃ効かない額のはずじゃあ……」
「あ、もしかしてこの街の豪商の出身なんじゃない? お金持ちなら、貴族以外でも騎士学校に入学する事もあるって聞いたわよ」
「ん? いや、私はどちらかと言うと貧乏な家の出身だからな。豪商の出身というのは少し表現が違うな。その日の食事が、山菜だけの時もあった位だ」
「一度お呼ばれしたことがあるけど、山菜と言うよりも雑草だったね~」

 その苦い過去を思い出したのか、ボンズの表情は若干引き攣っていた。

「そんな家庭環境でよく入学できたな? 騎士学校って奨学金制度とかあったっけ?」
「いや? 奨学金制度はそもそも存在しないが、私の場合、入学前にきちんと稼いだ・・・からな」

 …………稼いだ?

「……あれ? 騎士学校の入学って、確か13歳からだったよな?」
「そうだが?」
「…………ああ、稼いだって、フローのご両親がって話か」
「いや、私が稼いだのだが」
「…………」
「…………?」

 ま、まさかこいつ……

「フローってもしかして…………召喚者?」
「おお、よく分かったなサトー! やはり、召喚者同士通じるところがあるということなのだろうか?」

 この世界において……いや、どの世界においても言えることだろうが、子供が商売をして金を稼ぐというのは、普通不可能である。
 どんなに素晴らしい発明をしようが、どんなに凄い魔法を持っていようが、それが子供であったならば、周りの大人はまともに話を聞いてくれない。もしくは、その功績を横取りしようと画策したり、なかったことにしようとする大人も出てくるだろう。
 しかし、それが異世界人に転生した召喚者であったならば、話は変わってくる。
 元大人の知識でいろいろな場面を乗り切ることが出来るし、それがなくとも、召喚者が一部の例外を除いて持ち合わせている【主人公補正】という物がある。
 簡単に言うならば、【超ご都合主義体質】。女神様から貰った能力があれば、大抵の場面は回避でき、商売をすれば繁盛。冒険者になれば世界の危機を何度も救う。そういった体質。
 そもそも、小さな頃に貴族の息子と相思相愛になり、その後何らかの商売でカネを稼いで騎士学校へ入学。優秀な成績を収めて卒業し、そのまま気持ちがブレることもなく若くして貴族と結婚。
 見事なまでのテンプレート。召喚者のお手本のような人生である。
 召喚者の一部の例外である俺は、あまりの待遇の差に、悔しさで涙をにじませた。

「これだから召喚者は……」
「あれ? サトーも召喚者なんじゃ……」
「で? 稼いだって具体的に何やったの?」
「それはアレだ。女神様から貰った特殊スキルで、超高性能のポーションを大量生産できるように、その業界に革命を起こしたのだ」

 そう言えば、数年前にポーションが値崩れを起こしたと騒ぎになっていたな。こいつが原因か。

「それよりボンズ。そろそろ帰らないか? メイドさん達に、部屋の手入れをしてもらうように頼んだから、いつでもベットで休めるぞ?」
「え~、でもサトー達とやっと話せるように開放されたんだから、もう少し……」
「ええい、まどろっこしい! ならば抱えてゆくまでだ!」
「いやーん」

 フローは同じ程度の身長ながら、ふくよかな体型のボンズを意に介さず抱えあげた。俗に言うお姫様抱っこである。普通は逆であるが。

「おいおい、そんな忙しない。披露宴はまだしばらく続くんだから、まだ帰らなくても……」
「何を言うかサトー! 結婚式、披露宴とくれば後はやることは一つだろう!」
「そ、それは?」
「初夜だ!!」

 まだ昼過ぎなんですが。

「声が大きいよ~、フロー」
「前の人生では喪女として人生を終わらせてしまったが、この世界では違う! ようやく私は処女を散らすのだ! わっはっはー!」

 とんでもねぇ台詞を吐きながら、高笑いをしてフローは走り去る。
 ボンズの今後の夫婦生活に幸あれと、祈ることしか出来ない俺とミントであった。

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