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第七章 まるでオタクな獣人街

CASE50 リンシュ・ハーケンソード③

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 メテオラとゴリ美先生の談笑は続き、山を吹き飛ばしただとか海を割っただとか、人外の話に差し掛かった所で俺はその場を後にした。
 正直、メテオラを放置しておくのは気が引けたが、能力はともかく常識人であるゴリ美先生が側にいるのならば安心だろう。
 普段口にすることのできない上等な食事に舌鼓を打ちながら、俺は披露宴をそれなりに楽しんでいた。

『いやしかし、貴族というものは良いものを食べているのでござるなぁ』

 こいつさえ居なければの話であるが。
 メテオラがゴリ美先生と話しており、昔話と言う内容的に部外者であるエクスカリバーは、俺に頼み込んで食事の席へと運ばれてきたのである。
 テーブルに剣を立てかけて、それに対して話しかけるという光景はシュールであるが、そこら辺に放置というのも不安なためこのような措置となった。

「なんで俺が子守みたいな事をする羽目に……」
『まあまあ、美味しいものでも食べて嫌なことは忘れるでござるサトー氏。ほら、この串肉なんて絶品でござるよ?』
「ああ、持ってきてもらって悪いな…………って、はあ!?」

 眼の前に差し出された串に刺されたマンガ肉。一体どんな動物のどの部位の肉なのか気になるところであるが、今驚いたのはそこではない。
 俺に串肉を差し出したのは、ミントやルティカではなく、何やらウネウネと揺らめく緑色の腕だったのだ。ところどころ欠けたり細くなったりと不安定な様子であるが、きちんと五本の指で串をつまんでいる。

「何じゃこりゃぁ!?」
『おや? サトー氏には見せたことは無かったでござるか。では刮目せよ! 我が無限大の中二設定インフィニティストーミングから生まれし新たなるスキル!! 完全なる創造クリエイションでござる!!』

 そう叫んだエクスカリバーの身体から、緑色に光る腕が二本生えてきた。パプカの魔法のように空中に浮かんでいるわけではなく、身体から直接ニュッと生えている。
 凄く気持ちが悪い。

「凄く気持ちが悪い」
『正直すぎるのも困りものでござるなぁ……って、あ。そろそろ限界でござる』

 人間のものと遜色のない再現度を誇っていた緑色の腕であったが、どうやら時間制限があるらしく、エクスカリバーの「限界」と言う言葉とともに、先程のような揺らめく不完全な腕モドキに変わってしまった。

「何処らへんが『完全なる創造』なんだよ。不安定すぎる」
『まだ実験段階なのでござる。その内、腕だけでなく体全体も創造できるように、営利努力中でござる』
「つまり、その内自分の足で歩けるようになるのか…………失敗すればいいな」
『そ、そこは「成功すればいいな」なのではござらんか?』

 こんな鬱陶しい輩がそこらを闊歩しているというのは、ある種キサラギ・コースケと同レベルの災害になるのではあるまいか。

『ちなみに、口を一緒に想像することによって、ご飯も食べられるようになったでござる』

 柄の部分がガパッと開き、ギザギザの歯が串肉を串ごと噛み砕いた。完全に呪いのアイテムである。聖剣っていう肩書は何処に行った。

「…………美味いか?」
『美味いでござる! 特にお腹が空かないので、食べなくても良いのでござるが、やはり人間、食事は娯楽としても楽しむものでござるなぁ』
「一体食べたものは何処に消えてるんだろうな?」
『うんこは出ないので、少なくともこの体には蓄積されていないでござる』
「食事中にうんことか言うな」

「ちょっと、お下品よサトー君」

 エクスカリバーと話していると、いつの間にやら姿を消していたミントが戻ってきた。

「あれ、ミント? 何処に行ってたんだ、便所か?」
「デリカシー……まあいいわ。ボンズ君と話せるまでは時間がありそうだったから、まずはサブマスターに挨拶してきたの。今のうちにサトー君も声をかけてきたら?」

 ボンズは嫁さんであるフローリアスと共に、関係者達に挨拶回りをしているため、結婚式が終わってから一度も話すことが出来ていないので、確かにリンシュに声をかけるのならば今だろう。
 披露宴から参加しているリンシュは、普段は着ないドレス姿でグラスを片手に男たちに囲まれている。えらく優雅に見えるその姿は、彼女が貴族であることを思い出させた。
 …………正直に言うと、ドレス姿めっちゃ綺麗だなあいつ。猫かぶりな笑顔を浮かべているその姿は、内面はともかく男を一発で惚れさせるだけの魔力は秘めているようだ。

「あら、また囲まれちゃった。タイミングが悪いとすぐに男の人達に囲まれちゃうのよね」
「まあなんとかなるだろ。ちょっと行ってくるわ。あ、エクスカリバーを見張っておいてくれ」
「良いけど、とりあえず鼻の下伸びてるのは直しておいたほうが良いわよ」
「は、鼻の下なんて伸びていない!」

 多少の不安はあれど、ミントにならばエクスカリバーを任せても大丈夫だろう。仕切りたがりの彼女が、エクスカリバーの狼藉を見逃すはずがない。
 俺は一先ず、リンシュが男たちに囲まれて賑やかなテーブルの、直ぐ側にあるベンチに腰を下ろした。
 ほんの一瞬、俺と目のあったリンシュは、息を深く吐き出して顔色を悪く変化させた。すげぇな、どうやってんだあれ?

「ふぅ……すみません皆さん、私少し疲れてしまったようで……」
「ああ、これは気が回らず失礼しました」
「いえ、少し休めば大丈夫ですわ。あちらのベンチでしばらく休ませていただきますので、皆さんは気にせず披露宴を楽しんでください」

 何処からどう見てもか弱い貴族の令嬢である。俺も二面性がなんだと周りから言われているものの、このリンシュと比べれば可愛いものだろう。もう少し俺も、演技力とかを身に着けたほうが良いのかも知れない。
 俺の隣のベンチに座ったリンシュは、心配そうに視線を送る男たちに笑顔で手を振りつつ、

静寂サイレンス

 と小さな声で唱えた。これは、一定の範囲外の音を遮断する魔法で、秘密の会話をする時などに用いられる。
 一応、俺とリンシュとの関係性は秘密であるため、表で話をするときは大抵このような形式をとっている。まるでスパイ組織のような会話方法であるが、序列審査会の準備期間であるため、ことさら世間体を気にしているらしい。
 加えてここはリンシュの勢力圏外。西部のサブマスターのお膝元である。最悪の場合、俺の首が物理的に飛ぶことにもなりかねないらしい。超怖いんですけど。

「で、今回は何の用だ? レポートなら昨日の念話で話したとおりだぞ?」
「あまり時間もないから手短に説明するわね。10時の方向を見てみなさい」
「あん? あれって確か……西部のサブマス? 凄いな、あんな大物まで結婚式に来てたのか」

 俺の視線の方向には、下腹をでっぷりと肥やした、カーネルひげと背中にはやした翼が特徴的なオッサンが居た。
 名前はルトン・ヴォルフ18世。かつての独立国家であるヴォルフの街の国王の直系にあたる大貴族であり、現西部ギルドサブマスターである。

「挨拶だけしてすぐに帰るらしいけれどね。で、さっき話しをして、アンタとの対談の予定を立てておいたわよ。表向きは各地域連携のための座談会の打ち合わせだけど」
「…………はい?」

 俺のような下っ端役員が、上から数えたほうが圧倒的に早い役職の人間と対談する。それがどれほど異常なことか、この女は理解しているのだろうか。

「ち、ちなみにその対談の時期は……」
「明日よ」
「明日!?」
「いやー、あっちも予定がギュウギュウらしいんだけど、たまたま明日の予定が次々キャンセルしたらしいのよ。珍しいこともあるものね」

 こいつ、絶対なにか根回ししやがったな……

「ともかく、明日はママルカの邸宅にお邪魔して敵情視察をしてきなさい。うっかり爆弾とか仕掛けてくれても良いわよ?」
「俺にそんなスキルはない。対談つっても、何を聞けば良いんだよまったく……」

 考えただけで今から頭と胃が痛くなる。
 そんなうめき声をあげる俺をよそに、リンシュは外部向けの猫かぶりな笑顔を浮かべながらベンチから腰を浮かせた。
 しかし、数歩歩いた所で立ち止まり、顔を俺の方へ向けてニマリと笑った。

「私のドレス姿、そんなに綺麗だった? 鼻を伸ばして凝視するなんてイヤラシイわね」
「見られ……っ!? は、鼻の下なんか伸ばしてねーよ、バーカ!!」




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