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第七章 まるでオタクな獣人街

CASE48 サトー⑥ その2

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結婚。

つまり、夫婦となって永久の愛を誓い合うこと。
恋人すら出来たことのない俺にとっては、全く想像のつかない人生の一大イベント。
とは言っても、俺はまだ18歳。結婚なんてまだまだ先のこと。
女性なら、結婚してもおかしくない年頃なのかも知れないが、男ならばまだ全然焦ることのない年齢だ。

だから俺も焦っては居なかった。

恋人が居ないのだって、仕事が忙しいから仕方がないことだと思っていた。
――――そう。ボンズが結婚するという情報を得るまでは。


「――はっ!?」


俺は目を覚ました。
場所はヴォルフの街のホテルの一室。程々に柔らかいベットの上で、寝汗を纏いながらの起床。
窓のカーテンの隙間からは、朝日のようなものが室内を照らし、元気な鳥の鳴き声が朝だと告げている。

「…………なんだ夢か」

同年齢の男であるボンズが結婚する。
ありえない話ではないが、現実であるならばあまりにショッキングな出来事である。
もちろん、素直に祝福したい気持ちで一杯ではあるが、焦燥感と羨望感はそれにもまして強い。
それもしょうがないだろう。
女っ気の全く無かった友人が、いつの間にか大人の階段を数段飛びで駆け上がっていたのだから。

まあでも、夢なら問題ない。
悪夢と言ってしまうとひどい話だが、かなり焦ってしまったことは事実。
なにせ、前日にリンシュからの念話が来たかと思えば、その直後にミントが部屋を訪ね、結婚式の準備のために街へと繰り出し、礼服をレンタルする。
そんな妙に現実感が溢れる夢だったのだ。
どうせ夢なら、俺が結婚する夢にしてほしかったな。


コンコンコン


額の汗を拭っていると、扉をノックする音が聞こえた。
…………そしてそれと同時に、壁にかけられた礼服が俺の視界へと写り込んだ。

「…………誰も居ませんよ」
「寝ぼけてないで早く開けなさい、サトー君」

扉の向こうに居たのは、礼服に身を包んで化粧をした、ミントの姿であった。






*    *


「夢じゃなかったのか」
「礼服をレンタルしに行った時、ずっと上の空だったから心配だったけど、やっぱり現実逃避してたのね」
「だってさ! 結婚だぞ!? あのボンズが! 驚かないのかよ!」
「もちろん驚いたわよ。でも、ボンズ君ってお貴族様じゃない? 急に結婚ってこともあるんじゃないの?」

ボンズード・フォン・マクシリアン。
【フォン】と言う名が付いている彼は、この西部方面における貴族の一人である。
統治している地域では、高級果物を栽培しているらしく、かなり金持ちの家系と聞いたことがある。

「雲の上の身分かぁ……確かに俺らには理解できない世界なのかも知れないな」
「でも、サトー君ってサブマスの家にお世話になってたんでしょ? サブマスもお貴族様じゃなかったっけ?」
「確かに貴族だけど、弱小だからな。サブマスの両親も、全部サブマスに任せて隠居してるし、当人は結婚するつもりもほぼ無いらしい」

リンシュは、貴族としては結婚していて当然な年齢であるが、当人曰く「私の身持ちは固い」と結婚する気はなさそうなのである。
と言っても、それは結婚できない言い訳ではない。
弱小だが貴族。おまけに現当主であるリンシュは、冒険者ギルドのサブマスター。
それに加えて、街を歩けば男女問わず振り返る美貌と、表向きは万人に好かれる穏やかな性格を持つ女性。
『引く手あまた』と言う表現はまさしくそれで、結婚の申し出は引っ切り無しにやってきているそうな。

「サブマスに釣り合う男性なんて、王国中を探して見つかるかもわからないもんねぇ」
「理想を追い求めて行き遅れるタイプだな。いや、もうすでに手遅れかもしれんが……」
「あんまり他の人の前でそれ、言わないほうが良いよ? 大勢が的に回る…………あ、そろそろ準備しないと間に合わないかも。サトー君、早く着替えてきて」

背中を押されて、レンタル品の礼服を片手に洗面室へと追いやられた。
異世界の礼服であるが、基本は日本のものと変わりない。多少装飾の凝ったスーツと言った具合の見た目である。
普段着ている制服と勝手は同じであるため、それほど手こずる事もなく着替えは終了。


コンコンコン


洗面室の扉ではなく、廊下へと繋がる扉から、再びノック音が聞こえた。

「ルームサービスかな? 悪いミント、出てくれるか?」
「いいよ――――あれ? 貴方……」

ルームサービスにしては、ミントの反応はおかしなものだった。
最後にネクタイを締めて洗面室から部屋へと戻ると、そこにはミントの他に、見覚えのある男の姿があった。

「あれ? メテオラ……とエクスカリバー?」
「迎えに来たぞサトー」
『サトー氏、このお嬢さんはどなたでござるか? サトー氏も隅に置けないでござるなぁ。リア充爆発しろでござる』

エクスカリバーを背負ったメテオラがご入場。

「あ、悪い二人共。今日は視察じゃなくて結婚式に行くことになったんだよ。連絡入れるの忘れてたな」
「結婚式? ふむ…………ほお?」

メテオラは、俺とミントを交互に睨み、納得したようにコクリと頷いた。

「なるほど、めでたいことだ。祝いの言葉を遅らせてもらおう」
「「は?」」
『まさかサトー氏がそれほど進んでいたとは…………このエクスカリバー、御見逸れしたでござる! おめでとうございます、二人共!!』
「待て待て違う。結婚式と言っても、俺とミントのじゃなくて、他の友人の結婚式だ。勘違いするな」
「うーん、サトー君は結婚相手としては及第点だけど、裏表が激しいから嫌」

バッサリである。

「ま、まあそんな訳で、俺らは出席する側なんだよ」
「『何だつまらん』」

なんかムカつく。

「ところでサトー君、このお二人? はどちら様なの?」
「ああ、今回の視察に協力してもらってるメテオラさんと、仕事仲間のエクスカリバーだ。二人共、こちらは中央で働いてる同僚のミントだ」
「どうもこんにちは。中央ギルドで事務員をしています、ミンティア・ルールブックです」
『可愛い子ばかり知り合いで、羨ましいでござるサトー氏。――拙者は、リール村所属の事務員、エクスカリバーでござる』
「俺様はメテオラだ。所属はまお――」
「だあああああああああああっ!! 所属は冒険者! 駆け出しのブロンズランクだよな!!」

この野郎、魔王軍所属だと言いかけやがった。
これは俺とエクスカリバーを含め、ごく少数しか共有していないトップシークレットなのだ。
真面目なミントに魔王軍所属などと知られてしまったならば、中央で共有されて、リール村は焼け野原になってしまうことだろう。

「もお、急に大声出さないでよ。とにかく、お二人はサトー君のご友人なのね? よろしく」
「うむ」
『よろしくでござる』

いかんな、口を滑らせ無いように、後で思い切り釘を差しておこう。

「ちなみに、結婚式というのは俺様達も行くのか? 今日はリュカンが用事だと言うから、俺様が来たんだが」
「あ、いや。私的な結婚式だからなぁ、今日は留守番……ってことになるのか?」
「あら、結婚式は招待状が居るけど、披露宴はボンズ君の実家の庭園で立食って聞いてるし、自由参加だから誰でも入れるわよ? 良ければお二人もいかが?」
「おいよせ、この二人を呼んだらどんなトラブルを巻き起こすか……」
『心配なさらずサトー氏。祝福すべし結婚式を台無しにする輩など、拙者達が消し炭にしてみせるでござる』
「うむ、その通り」
「なんだ、おまえら自殺する気なのか?」

俺が言っている意味を欠片も理解してないじゃないか。

「あ、そうだ。サブマスも結婚式に参加するそうだから、後で会いに来てほしいって。仕事の件で話したいことがあるらしいから、視察についてのことじゃないかしら」
『おお、ならば拙者達にも関係のある話でござるな! やはり出席した方が良いでござる』
「サトーよ、人間の結婚式というのは、アイドルコンサートなどの催しもあるのだろうか?」

ねぇよ。

「ぐぬぬ…………分かった。じゃあ、結婚式が終わった後、披露宴からの参加だぞ。変なことはせず、おとなしくしていろよ!?」
『信用がないでござるなぁ』

わかってるじゃないか。





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