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第十八話 落命
しおりを挟むアミック・ハッパー・デスと名乗った男の視線は、雄一とルティアスを行ったり来たり。
手を出すこともなく、口を開くこともない。もしかすると、アミックは雄一かルティアスが口を開くのを待っているのかもしれない。
ひたすら長く感じられた時間は、実際の所十秒も経っておらず、ようやく金縛りが解けたように感じたのは、ルティアスが口を開いたときだった。
「あなた達、絶滅教団? 民間人を殺し回って、何が目的なの!?」
「目的! オウッ! つまり何故に我々が殺しを行っているのかという質問というわけということなのですね!? 哲学だ! 哲学の話だ! 我は殺し、故に殺す! 理由と目的が合致しているということは無きにしもあらずと答えられなくもない!」
「……狂ってる!」
「狂うとは面白い表現です! それではワタクシが本当に狂っていると思われてしまうことになりかねない! ワタクシは正常! 尋常! ノーマル! しかし葛藤! この言い方では狂った方に申し開きが立たぬお思いだ! 狂っていて何が悪い! すなわちワタクシが狂っていたとして、貴女に何の関連性が見受けられる出来事なのか!」
言っていることは支離滅裂。文脈も滅茶苦茶な狂った台詞。アミックの言葉に意味があるのか、ソレを理解しようとするだけ無駄なのかもしれない。
加えて、そんなことを理解しようとしている暇など無い。何とか隙きを見つけ出し、ここを脱出しなければ自分たちに未来はない。
脱出経路を見つけようと、視界を一瞬だけ移動させた雄一。アミックが視界から離れたのは、コンマ一秒に満たない時間のはずだった。
そんな瞬きすら行わない瞬間で、アミックの顔面が雄一の顔に迫っていた。
「うっ!?」
「貴方、逃げようとお思いと考えているのでしょうか?」
「ユーイチく……きゃっ!?」
「ルティアス!」
長身から来る腕の長さ。アミックは雄一の顔を見つめながら、ルティアスの顔面を殴りつけた。
悲鳴を上げたルティアスは床へと倒れ伏し、口の端から血を流して気絶した。
「このっ!」
「オウッ! もしや足が動かないと言う状態なのでしょうか!? ご心配なさらずとも、そのままでよろしいかと思われますよ! キチンと殺して差し上げますからして!」
「そんな心配してねぇよ! 何なんだお前は!」
「ではワタクシを殺そうと画策して居られたと言うことなのでしょうか!? な、なんと素晴らしい御仁! この世界において素晴らしく輝かしい救世主! さあ、この果物ナイフを持っていただきたい! さあ心臓めがけて! さあ! さあ!」
雄一は意味がわからなかった。
床に転がっていた果物ナイフを広い、何故かソレを雄一の手に持たせ、あまつさえその切っ先を自らの左胸へと押し付ける。
ナイフを持つ手のひらから、肉を少しずつ貫く嫌な感触が襲う。ここでアミックを刺し殺せば大抵の問題は解決する。しかし、あまりに異常な状況に対し、雄一の脳は回転しない。
ただただ嫌悪感が生まれ、アミックを刺そうと言う考えが浮かばない。とにかく目の前の異常者から、少しでも離れたいと後ずさる。
しかし、ナイフごと掴まれた雄一の手は、その腕力によって離れない。危うく骨が折れてしまうかと思うほどだ。
「神の元へ! ああっ! 神の元…………あぁーっ!!」
「ぶっ!」
自らの心臓を雄一に刺させようとしていたアミックは、唐突に叫び声を上げて雄一の顔面を殴りつけた。
前歯が床に転がった。鼻は折れてひん曲がり、口と鼻から血が盛大に吹き出した。
「わ、ワタクシはなんということを! 教団幹部という責任ある立場にある人間であろう者が! 一時的な個人的な快楽に身を任せようとはっ……!」
両手で顔を覆いながらアミックは葛藤していた。自らを殴り、鼻血を撒き散らして自らを戒める。
それ自体がご褒美であると言って、今度は殴るのを止めてまた葛藤。彼にとって、何かをすることはご褒美であり戒めで、なにもしないこともご褒美であり戒めなのだ。
その矛盾を何度か繰り返し、ようやく落ち着いたアミックは、今度はルティアスの元へと歩み寄った。
「っ! そいつに近寄るな!」
歩むアミックの足に掴みかかった。全身を使ってアミックの行く手を妨害したは良いものの、足は相変わらず動かない。上半身だけの力では、アミックの歩みは少ししか制限できなかった。
「オウッ! 他人のために頑張れるとは素晴らしく勇気のある行動だと感じざるを得ませんよ! できれば貴方の勇気に免じて彼女をしばらく生かすという選択肢もあるでしょう! しかしながら! ワタクシは彼女を神の元へとお送りしなければならない瞬間に遭遇しているのです! その為貴方の勇気を踏みにじる行為に勤しまなければならないということなのですよ! 愛故に! 信仰故に! 使命故に!」
雄一の腕を振りほどいて、彼の頭を足蹴にする。一言を漏らすたびに、強烈な一撃が雄一を襲った。頭だけでなく肩や腕などにも直撃し、骨が肉から飛び出るほどの怪我を負い、雄一はうめき声を上げた。
息を切らしてアミックは雄一を見る。その目は尊敬心に満ち満ちており、心の底から雄一のことを立派であると考えているようだった。
「ふぅ、ふぅ……何度も言うようですがご心配なさらず! 彼女は今から苦しみ抜いて死ぬことになるのです! 人生最良の日と断言できるほどの吉日! なんと! なんと羨ましいことなのでしょうか! 羨ましい羨ましい羨ましい!」
「て、てめ……ルティアスに……手ぇ出す、な……」
「手? つまりこれのことでしょうか?」
アミックは手袋を脱いで、手のひらを雄一に見せた。何の変哲もない手のひらだった。
そのジェスチャーに何の意味があるのか、雄一には理解できなかった。
「それではお嬢さん、サヨナラの時間になったようです! そろそろミーシャ殿を返していただきたいとお願い申し上げたいと思います!」
アミックの手がルティアスの首筋に伸びる。手が触れる直前、ルティアスが薄っすらと意識を取り戻し、自分を見たことに、雄一は気がついた。
「ユーイチ君……」
「ル、ティ……アス」
そしてアミックの手が触れる。その瞬間、
「ひっ!? あああああああああああああああああああぁっ!」
ルティアスの断末魔が響き渡った。体をのけぞらせ、目を見開かせ、よだれを撒き散らして泡を吹く。
「痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い寒い寒い寒い寒い苦しい苦しい苦しい苦しい!」
「ああっ! うらやまじぃ!! お嬢さん、それは羨ましすぎますよぉ! いつかワタクシも同じ苦しみを味わうのでしょうか!? ああ、早く死にたい! 殺して欲じぃっ!」
血の涙を流しながら、アミックはルティアスの苦しむさまを羨望の眼差しで突き刺している。
そして静寂。ピタリと苦しみの声がやんだかと思えば、のけぞらせた体がクタリと横たわる。ルティアスの顔は、苦しみぬいた苦悶の表情で固まっていた。どうやら死んでいるようだった。
そんなルティアスの亡骸を見つめる雄一の視線に、アミックの顔が再度近づいた。
「……殺してやる」
「オウッ! その殺意は生かしておきたいと思いたくなるご褒美ですが! 残念ながら貴方を殺して差し上げるのは確定事項で却下不可なものですので!」
「ここで無理でも次で……それで駄目でもその次で……何度繰り返しても、お前だけは必ず殺してやるっ!」
「ご心配なさらず! 貴方は無事に神の元へと送られて、次という物はなくなってしまうことになるのです! わが慈悲深き死神が与えし力……『デス』のギフトで送って差し上げましょうとワタクシは思います!」
手のひらが雄一の頬を撫でた。
目の前が真っ暗になり、何も見えない。
全身に痛みが走った。刃物で刺されるように、切り裂かれるように、ちぎれ取られるように、殴りつけられるように、押しつぶされるように。
全身が熱さに溺れた。火で焼かれるように、熱であぶられるように、炎を押し付けられるように。
全身は凍えるようだ。極寒の地で放置されるように、氷の海に突き落とされるように。
全身の呼吸が止まる。水に沈められるように、首を絞められるように。
雄一は死んだ。アミックのギフト、『デス』の能力によって死んだ。
触るだけで死に至る。あらゆる”死”を経験して、彼は死んだのだ。
しかし、死に至る寸前で、彼の耳には誰かの会話が聞こえていた。幻聴かも知れないが、それでも最期に聞こえる人の声。
「ようやくお目覚めですかな!? お寝坊さんということになるかと思ってしまうほどですよ!」
「あら、ごめんなさいね。お姉さん、寝起きが弱くて困っちゃう……じゃあね、ユーイチ君。良い死を迎えられて、お姉さん嬉しいわ。くふっ、くふふっ」
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