余命三日の異世界譚

廉志

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第十一話 人影

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フランの安否を確認し、再度ここがループ世界であるという確信を持った雄一。ならば、彼女を二度死なせてはいけない。そんな風に決意を新たにした。
自室として与えられた客室に帰ってきた雄一は、面会の時間まで何かできないかと、自室に備えられた鎧甲冑を見ながら考えを巡らせていた。

「なぁ、ルティアス。武器の調達って出来る?」
「は?」

鎧甲冑を見つめ続け、出た答えがそれだった。
絶滅教団のことを聞いたときと同じく、ルナティスは雄一の言動に眉をひそめて、文字通り体ごと引いていた。

「その危険人物を侮蔑する瞳をやめろぉ! 俺もこの甲冑とか剣とか装備したら、かっこよくなるかもって思ったんだよ!」
「兜をかぶったら似合うも何も無いと思うけれど……」

考えなしに尋ねたわけではない。鎧甲冑に興味が無いというわけではなかったが、この場合の理由はそれではない。
シルフィとの話し合いの結果が何れにせよ、襲撃が起きるのは恐らく間違いない。では、身を守るための装備品があっても邪魔にはならないだろう。

「客分と言えど、流石に城内で部外者に武装はさせられないわ。他国要人の護衛とかならともかく」
「やっぱり駄目か。武器庫とかの場所は……」
「それこそ部外者に教えられるものじゃないでしょ」

完全なる正論に、雄一はぐうの音も出なかった。
とは言え、武器の確保はそれなりに優先事項。せめて客室に飾られている、鎧甲冑の剣を分捕れないかと品定め。
しかし、その考えを察したのか、ルティアスは横から注意した。

「一応言っておくと、それは飾り物だからね? 全部固定されてるから、外して使うというのは無理だから」
「ナ、ナンノコトカナー」
「はぁ……さっきから何を心配してるのかわからないけれど、お城の中ほど安全な場所はないわよ? どんな敵が襲ってきたとしても、アエレシス様一人いれば十分撃退できるわ」

不意に出たアエルの名前。雄一はなぜこの話の流れで彼女の名前が出てきたのか疑問に思った。

「……アエルって確か、王宮付きの魔法使いだったよな?」
「ええ、そうよ。……あれ? 言ったことあったかしら?」
「それってさ、魔法の家庭教師みたいな物なんじゃないのか? どう見ても戦いが強いキャラには見えなかったけど……」
「? いつアエル様に出会ったのか知らないけれど、まあ魔法の家庭教師っていうのは言い得て妙ね。あってるわよ、その認識で。でもだから弱いってことにはならないわ。何せあの方は、王国最強の魔法使いなんだから」
「…………マジで?」
「マジよ」

おっとり朗らか天然系美人であるアエル。雄一の彼女に対する印象は、美人で教え上手なお姉さんだった。
戦う姿など想像できず、なおかつ『最強』などという称号には、違和感しか無い。そこらの子供と戦っても負けるような見た目なのである。
ルティアスが冗談を言っているようにも見えない。彼女の言っていることは事実なのだろう。

「……待てよ? ならシルフィじゃなくても……」

ボソリと呟いた雄一の考えはこうだ。
そもそもシルフィに襲撃の情報を伝えようとしているのは、彼女が王族で影響力が大きいからだ。彼女が信じてくれるなら、それだけで一気に事が進むだろう。
だが、何も彼女限定で話を進める必要はない。ルティアスの話を聞いて、自ら選択肢を狭めていたことに、雄一は頭を掻いた。
王宮付き魔法使いという高い地位につき、実力自体も非常に高いという。ならば彼女に情報を伝え、突破口にすることは不可能じゃない。何より、アエルの性格ならば、シルフィよりよっぽど雄一の話を信じてくれそうである。

「今、アエルが何処に居るか分かるか?」
「今の時間なら、そうね……多分さっきの蔵書室に居られるんじゃないかしら…………って、もしかして今からまた行くの? せっかく戻ってきたのに」
「思い立ったが吉日! 行くぞ!」

東棟と西棟はそれなりに距離の離れた位置にある。移動するだけで息切れする距離であり、往復すると聞いてルティアスは大きくため息を付いた。









*    *


「ちわーっす。アエル居るかー?」

東塔のお化け蔵書室へと再度やってきた雄一とルティアス。扉を空けて、中に向かって気の抜けた挨拶をする雄一に、蔵書室の中で本を読んでいたアエルが、本棚からひょっこりと顔を覗かせた。

「こんにちわぁ。えーっと……どなたかなぁ?」
「俺、雄一。お姫さんに召喚された、勇者まがいの一般人……って言えば分かるかな?」
「あぁ。シルちゃんから聞いてるよぉ? 私に何か御用かなぁ?」

ルティアスから見れば、アエルは雲の上と言ってもいい身分を持つ。そんな人物に、気安く声をかける雄一に絶句していた。シルフィのことと言い、雄一の肝の座りっぷりに驚いている様子である。
そんなルティアスを他所に、親しげにアエルと挨拶を交わす。

「こっちもルティアスから聞いたよ。王宮付き魔法使いな上に、王国最強の魔法使いなんだって? 格好良いなぁ。憧れちゃうなぁ」
「えっへへぇ。そんなに言われると照れちゃうなぁ」
「そんなアエルさんを見込んで頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
「私にできることなら何でも言ってねぇ」

よし、この女チョロい! 少し褒めただけで何の疑問を持たずに話を聞いてくれるアエルの天然っぷりに、雄一は内心ニヤリと笑った。
念のため、ルティアスにも同じ話をしておこうと、二人と机を挟んで向かい合う。

「実は、協力してもらいたいことがあるんだ」

真剣な表情を作り上げ、アエルとルティアスに向けた。
心臓の音が強く鳴る。ここに来て、彼女たちに信じてもらえるのかと不安になった。心臓の音はその数を増やし、不安は増大して冷や汗をかく。
この世界が雄一にとって二週目であること。そんなことを口にして、すぐさま納得する人間は居ない。そんなことは百も承知であるが、言わずにはいられない極めて重要な情報。
あの惨劇の日、彼女たちは何処に居たのだろう? 無事で居たならば、自分が情報を口にすることによって、巻き込んでしまうかもしれない。
打ち明ける直前になって、様々な不安要素が雄一の頭を駆け抜ける。
大きく一呼吸。雄一は意を決して口を開いた。


「実は俺、世界を繰り返…………っ!?」


突如、周りの音が完全に途切れた。それは雄一の声も例外ではなく、頭の中ではハッキリと話しているはずなのに、口から漏れるのは吐息だけ。それも、音として雄一の耳には届いていない。
おまけに、世界の時間が止まったように、アエルもルティアスも微動だにしない。埃っぽい蔵書室の、埃さえも同じ場所で固まっていた。
体が全く動かない。指先一つ、瞬き一つ動かすことが出来ない状況。明らかに正常ではない状況。
心臓の音が更に早まった。痛いくらいに跳ね上がる心臓の音に、息は切れてまともに呼吸もできなくなる。
異常をきたした状況で、雄一の目にとあるものが映る。
アエルとルティアス。並んで座った二人の背後。本来ならば誰も居ない空間が広がっている場所。実際、一瞬まで誰も居なかった場所。

そんな場所に、黒く塗りつぶされた人影を見た。

ゆっくりと動くその人影は、なぜだか特徴が全くつかめない。女なのか、男なのか。どういった顔つきをして、服装はどのようなものなのか。
暗くて見えないだけならばこうはならない。現実味がまるで無いその人影は、人差し指を立てて顔と思われる場所に持っていく。
「話してはいけない」と言う意味のジェスチャー。
そんな動作を行った人影から、一言だけ雄一の耳に届く。


『しーっ……』


ジェスチャーと同じ意味。やけに鮮明に聞こえたその音に、雄一の意識は暗転した。

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