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++残虐表現注意++




 俺が自分の境遇を理解したのは、王立学園に入学する一年前の事だった。


 母の兄が統治するモーブ辺境伯領には、北端に魔獣の巣窟と言われるセミュ山脈が聳えている。
 山の麓には魔獣が頻繁に湧き出てくるため、辺境伯領の騎士は屈強な連中が多い。
 領主の甥である俺は、そんな彼らに可愛がられていて、領を訪れる度に剣術や体術、槍術に馬術と言った様々な事を彼らから教わっていた。

 その日。母と共に辺境伯領に滞在していた俺は、森に繰り出す騎士達に懇願して魔獣討伐に同行させてもらっていた。

 麓に出る魔獣は一角ウサギやゴブリンのようなそれほど強くないものが多く、手練れの騎士達に鍛え上げられた俺は、麓の魔獣くらいなら難なく倒せると自信満々に息巻いていた。
 その時も、森で対峙したのは多数のゴブリンの群れだった。

「ハロルド坊っちゃんなら、こんぐらい余裕でイケるよなぁ?」
「当然だね!」

 俺の事を坊っちゃん呼びする若い騎士が煽る様に確認を取ってくる。もちろん答えはイエス。ゴブリン程度、余裕に決まっている。
 茂みからワラワラと湧き出るゴブリンに騎士達が応戦する中、俺も遅れを取らない様に剣を構えた。迎え撃つのは三匹並んだゴブリンだ。

 まずは前方から勢い良く踏み込んできた真ん中のゴブリンを素早く右に躱し、クルリと回転してその背中に一撃を浴びせる。
 二匹目のゴブリンの攻撃を身を屈めて受け流すと、そのまま蹴りを放ちゴブリンが倒れた所で急所を一突きにする。刺さった剣を引き抜きながら、向かって来た三匹目のゴブリンの鳩尾に剣の柄で素早く当身を喰らわせれば、「グエッ」と汚い声を上げてゴブリンが倒れ込んだ。

 楽勝ッ! と、倒したゴブリンにとどめを刺している時だった。

「坊っちゃんッ!」

 叫ぶ様な騎士の声に振り向けば、すぐ後ろに先ほどのゴブリンより図体のデカい奴が立っていた。棍棒を持ったホブゴブリンだった。

 「マズイ!」と思った時には既にホブゴブリンが棍棒を勢いよく振りかぶっていて……。

 強烈な一撃を覚悟したその時、身体がひとりでに動いていた。
 前方に向けて伸ばした掌にキラキラと光が集まっていく。一気に全身が熱くなり、髪の毛がブワッと逆立った。
 その瞬間、俺の掌からカッ! と強い光が放たれる。光は瞬く間にホブゴブリンに命中し、気が付けばホブゴブリンは塵になって消えていた──。

 そこからの記憶は、あまり覚えていない。初めて力を使った影響で俺は気を失った。

 「ハロルド様が覚醒したぞ!」「屋敷まで運べ!」遠のく意識の端で騎士達が口々に騒ぎ立てる。

「ハロルド様は光の加護を……! ……!」
「公爵閣下に……! 早馬を出せ……!」

 ──あぁそうだ。公爵子息のハロルドは、『光の加護の力』を持っていた。

 そこで意識を手放し……。

 …… ……。
 タンタカタランラーンタララントリラータラーランラーン!

 微睡みの中で、遥か昔に聞いた気がする特徴的なメロディーが流れていた。

(あぁ、あのゲームか。アレめっちゃ難しかったよな……)


 そんな事を考えて、そこで目が覚めた。

「……ゲーム?」

 目を開けると、そこは見慣れた辺境伯邸の客室だった。
 目を覚ました俺に気付いた侍女が「ハロルド様がお目覚めになりました!」と、急いで別室にいる母を呼びに行った。

「ハロルド……。そうだ。俺は、ハロルド・サリュージュだ」

 鏡に映った自分の顔を見つめて呆然と呟く。
 耳の横で揃えたサラサラのブロンドヘアーにピンクサファイアの様な瞳の色。物心付いた時から見慣れた自分の顔が、そこで一気に他人の顔に感じた。

 ──鏡の前にいたのは、前世で何度も目にしたゲームに出てくるキャラクターだった。

「転生してたのか…。よりにもよって、あのゲームに…!」

 光の加護の力が覚醒した事で前世の知識が呼び起こされたのだろう。
 この日、こうして俺は自分の置かれた状況を知った。

(ここは女性向け恋愛ゲームの世界だ)


 『どきどき☆ドラゴナイト~キミにめぐる恋の翼~』通称『どき☆ドラ』は、前世で俺が死ぬ程やり込んだ女性向けの恋愛ゲームだ。
 そして今世での俺は、そのゲームに出てくる攻略対象者の一人、公爵子息のハロルド・サリュージュだった。

「待て待て待て、冗談キツイって……」

 転生していた事に気が付いた俺は、背中にダラダラと冷や汗を流しながらめちゃくちゃ動揺しまくった。
 そう、俺は主人公と恋仲になる攻略対象者の一人だ。

「いやいやいや、ありえねぇだろ……。俺が攻略対象者とか何の罰ゲームだよぉ……はぁもう、どうしろっつーの……」

 両手で顔を覆いながら苦悶する。
 主人公には申し訳ないが、あのゲームの世界に自分が攻略対象者として介入するなんて想像もしたくなかった。
 出来れば主人公には俺以外の攻略対象者とイチャコラして頂きたい。しかし、だ。

(つーかこれ、俺無しでハッピーエンドとか絶対にムリくねぇ? 主人公確実に詰むじゃん……)

 前世で散々苦しめられたゲームの仕様を思い浮かべて俺は頭を抱える。
 主人公と恋仲になる気は無いにしても、俺がこのまま主人公や他の攻略対象者達をスルーするという訳にはいかなかった。

 何故ならば、俺がいなければ主人公達はほぼ間違いなく死ぬからだ──。

 あのゲームは攻略がめちゃくちゃ難しい。至る所に分岐と選択肢が待っていて、間違った選択肢を選ぶとすぐにバッドエンドで主人公が死ぬ。

 例えば、学園の登校初日にお昼ごはんを食べる選択肢が出てくるが、ここでの選択肢は『食堂で食べる』が正解だ。別の選択肢『購買でサンドイッチを買って食べる』を選ぶと、飲食しようとした庭園に突然魔獣のグリフォンが現れて襲われて死んでしまう。
 主人公だって、まさか自分が昼食にサンドイッチを選んだせいで死ぬだなんて思う訳がない。

 けれど、死んでしまうのだ。選択肢を間違えれば。

(そうだ。俺は前世でこのゲームを死ぬほどやり込んだ。正解の選択肢だって頭に叩き込まれている)

 ゲームをプレイするきっかけは、当時好きだった女の子の気を引くため…という、ろくでもないものだったけれど、それでもプレイしているうちに面白さにハマって、全てのエンディングをコンプリートした程だ。

(だったら、やるしかないのか……)

 自分が転生者だと知ってしまったからには、主人公を見殺しにして夢見の悪い人生を送る訳にはいかない。
 俺は影からこっそり主人公を手助けする事を決めた。

(ただなぁ…。問題は、俺が攻略対象者って事なんだよなぁ…)

 俺は攻略対象者だ。けれど、間違っても主人公と恋仲にはなりたくない。そのためには、目立たず騒がず、ただひたすらに主人公を影から支えるモブに徹しなければいけない。

「はぁー。まずは、この攻略対象者を前面に押し出した様なキラキラした容姿の改善だな」

 攻略対象者と言うだけあって、今世の俺の顔面はキリッと美しく整っていてキラキラしていた。流石にこのキラキラのままでは目立ちまくって騒がれてしまう。

 まず、サラサラのミルキーブロンドの髪はカツラを被るか染めるかして封印するとしよう。どうせ変えるなら、この世界では馴染みが深いマロンブラウンみたいな色が良いかもしれない。
 前髪も目にかかるほど伸ばして、更には黒縁眼鏡まで掛ければサファイアピンクの瞳の色も分かり難くなるだろう。

「あとは身分の偽装か……」

 公爵子息なんていかにも攻略対象者そのものだ。理由は適当にでっち上げて、学園にいる間だけモーブ辺境伯の親類という事にしてもらおう。名前も何だかモブっぽいし、丁度良いだろう。

 マロンブラウンの髪色に黒縁眼鏡。更には名前がモーブ。もしもこの世界に「モブ人間コンテスト」なるものがあったなら、これは間違いなく優勝を狙える。

「完璧だ。これで王立学園には公爵子息ハロルド・サリュージュは存在しない」

 こうして俺は、ボーイズがラブラブし合う激ムズBLゲーム『どきどき☆ドラゴナイト』の主人公シェリル・ノアールテイルを救う為に、辺境伯子息「ハル・モーブ」として王立学園に足を踏み入れたのだった。





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