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第2章

104. 話し合い

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「ああ…たまに街に出掛ける時に着る。」とサックルさんは当たり前のように答えた。

「(えっ?熊さんが着るの?いや、熊さんが着たら破けるよね…?)」

と僕が不思議そうな顔で服を見つめているとサックルさんは真顔で「フェル…私は今、獣の姿だが獣人にもなれるんだぞ?」と言った。

「(あっ…そうだった…アニスが前まで普通に暮らしてたって言ってたんだった。)」と僕が思い出したような顔をすると

「…フェルが話しにくいなら今から獣人の姿になろう…。悪いが向こうを向いていてくれ。」と気を遣わせてしまった。

僕は「すみません。」と声を掛け言われた通りサックルさんに背を向ける。

すると洋服が擦れる音、地面の石がジャリジャリと踏まれる音が聞こえた。

暫くすると「いいぞ。」と声を掛けられて振り返ると、そこには身長2mくらいありそうなガッシリとした体型の男性が立っていた。
茶色の短髪で目は切れ長。少し色気のある雰囲気だ。
しかし、頭には可愛い熊耳が付いている。

僕が熊耳を見つめていると「フェル、コッチに座ってくれ。」とベッドに促された。

「悪い…。ここには来客用の椅子や机はないんだ。居心地は悪いかもしれないがそこを使ってくれ。」

サックルさんはそう言うと自分は床に座り始めた。

「あっ…サックルさん!そんな床になんて…僕の隣に座って下さい!」

と慌てて自分の横のスペースを空けた。

サックルさんは驚いて「…いいのか?」と言っている。
きっと、僕がアニスから番いの重要性を聞いているからだ。

「はい…ここの家主はサックルさんですから。」

と笑顔で言うと少し戸惑いがちに「そうだな。」と微笑んでくれた。







僕の隣に腰掛けたサックルさんは何かを発言する前に僕の首筋をクンクンと匂い「やはり、フェルからはいい匂いがするな…。甘くて花の蜜の様な匂い…。」とウットリとした顔で言った。

僕は失礼にもくまの◯ーさんを思い出し、フフッと笑ってしまった。

「…そうですか?僕にはわからないです…。」

「そうだろうな…これは獣人のように嗅覚が敏感でないと気付かない。それに普段は人から香らないんだ。香るのは獣人の発情期か自分の番いのみ。

フェルの隣にいる私には少しキツイ香りだな…。」

とサックルさんは鼻を押さえた。

「すいませんっ!」と僕はさり気無く距離をとったがサックルさんに首を振られた。

「多少、距離をとっても意味はない。元々、我々熊は犬や狼より嗅覚が優れているからな、だから少し距離をとるくらいじゃ変わらない。それにフェルは私の番いだ。フェルの香りは私にとってこの上なく魅力的で今も本当は抱き締めたくて仕方がない。

フェル…そなたはもう心に決めた人はおるのか…?」

と突然聞かれ、僕は返事に困った。

一瞬、タジェット兄様が出てきてすぐに返事をしなかったことに罪悪感が生まれたが、僕は心の中で"もう少し周りを見てみたい"という言い訳をした。

サックルさんは僕が言葉を発しないのをすでに居るという風にとったのだろう、こんなことを言い出した。

「フェル…頼みがある。
フェルにはもう…心に決めた人がおるのだろう?だったらその人と結婚するまででいい。たまにはここに足を運んではくれないか?本当はフェルを番いにしたくて堪らない。しかし、こればっかりは私の気持ちだけではどうしようもないのもわかっておる。私はせっかく現れた愛しい番いを不幸にはしたくない…。番いの幸せを私も側で見ていてあげたいのも事実だが…無理強いもしたくないんだ。フェル…無茶なことを頼んですまない。これが私に出来る精一杯の譲歩だ…。」

とサックルさんは苦しげに言う。

僕はその様子に凄く心が揺れた。

「あの…サックルさん、先に謝らせて下さい。僕、サックルさんに番いになって欲しいと言われた時、気が動転してすぐに断ってしまったんですがアニスに言われるまで獣人にとって"番い"というものがそこまで重要なものとは知らなかったんです…。何も知らずに断ってしまってすみませんでした。」

と頭を下げた。

「いや…私が何の説明も無しにいきなり言ったのが悪かったのだ、だから謝らないでくれ。」

サックルさんはそう言うと僕の頭を撫でてきた。

「…これでフェルが少しでも獣人に興味を持ち、そして私に興味を持ってくれたら嬉しいのだが…。」

と小さく呟いた声は近くにいる僕にはバッチリ聞こえてしまい、その健気な態度に僕は思わず「僕にはまだ心に決めた人はいません!」と言ってしまった。

言った後、自分で「(あちゃー!)」と思ったのは後の祭りだ。

サックルさんも驚き、暫く撫でていた手を止め「それは誠か…?」と聞いてきた。

僕は言ってしまったからにはキチンと言わなければ、と思い、

「はい…。ハッキリと言わずすみませんでした。」と言うと、

「そうか…まだおらぬか。じゃあ私にもまだチャンスはあるのだな。」

と嬉しそうに微笑んだ。

「(うわぁー!イケメンの笑顔!ありがとー!ごちそうさまですー!)」

と僕は内心バカなことを思い興奮していた。

すると「フェル…もう少し触っても良いか?」とサックルさんに聞かれ、タジェット兄様で慣れされていた僕は撫でられる延長くらいなら…と安易に「はい。」と返事してしまった。

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