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第3章

64. 弱音

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「でしたら私もここに。」

そう言ってネフライトも僕の横に座り込む。

「えっ…でも…。」

「大丈夫です、どうしても抜けなければいけない執務があれば抜けますので。それに…私は貴方の側に居たい。」

そうキッパリと言い切られ僕は目を丸くすると苦笑した。

そして彼はおもむろに胡座をかく僕の前まで移動すると僕の手をそっと握る。

「…ショウ様…私を頼って下さい。この数年間、前以上に貴方が何かを我慢されているのは感じていました。ただ…なによりもモリオン様を優先する貴方は何も言ってくれない。私は日々弱々しくなっていく貴方を助けてあげられないのがもどかしいのです。貴方はモリオン様だけでなく私にとってもとても大切な人。どうか無理をなさらず側にいる私を頼って下さい。」

僕は哀しそうな表情を浮かべるネフライトにここ数年のことを思い出していた。

ネフライトに甘えたあの日以降、彼は僕に弱音を吐かせようと何かと声を掛けてくる。彼の優しさだとは分かってはいるが僕は逆に月日が経てば経つほど彼等と距離を取るようになった。


いつか離れなければいけない存在ならこれ以上、依存してはいけない…。


彼等の存在が僕の中で大きくなっていくのと同時にココを離れたくない気持ちが年々高まっていく。そんな事は許されないと分かっているのにその気持ちを止められない。




始めは神様に告げられた突然の子育て。15年看れば人間界で暮らせるという条件に訳もわからず首を縦に振っていた。

しかし

「モリオンを成人まで"育てればいい"」

その言葉の意味を理解するのに何年も費やしてしまった。好条件だと思ったその提案は、裏を返すとそれだけの為に僕は生かされたということだ。

分かったつもりで返事をしたが全てを理解したわけではなかった。モリオンを15年間育てることは勿論、神様の満足のいく成長にならなければ、それは条件を満たしたといえない。

条件を満たさなければ僕はどうなってしまうのだろう。

一度死んだ人生。生き返らせてもらえただけでもありがたいと言えばそうなのかもしれないが、15年間、育てきれば僕は用済みで魔界から追い出される。その後人間界にいけるとはいってもモリオンや皆が居ない人間界でどうやって過ごせばいいのかわからない。

僕はその不安をグルグルと考える内、少しでもその哀しみが緩和されるようにと少しずつモリオンと距離を取りだした。しかし、その変化にいち早く気付いたモリオンは僕からあまり離れなくなり、ネフライトも気を遣って何かと声を掛けるようになった。

僕が招いた悪循環に頭を悩ませながら、この数年間を過ごしてきたのだ。

「…ありがとう、ネフライト。」

僕がそう言って誤魔化したのが分かったのか、ネフライトはそれ以降、何も言わなくなる。しばらく黙って生命の樹木を眺めていると、再びネフライトが口を開いた。

「…ショウ様はモリオン様が成人を迎えたらココを離れるおつもりなんですか?」

「…うん、そういう約束だから…。」

「…ショウ様、私は貴方にずっとここにいて欲しいと思っております。勿論、私だけでなくモリオン様だって他の魔族達も同じ想いです。ですから、その約束を違えるお気持ちはありませんか…?」

その言葉に動揺する。しかし、僕に選択肢はない。

「…ありがとう。そう言ってもらえて凄く嬉しい…。僕もココに残りたい。モリオンの成長を間近で見ていたい。」

「では…!」

「でも…僕は約束を守らなきゃいけない。もしそれを破ると僕は生きていけないかもしれないから。」

「そんなっ…!」

ネフライトは絶望したように黙り込む。

それにやんわりと微笑むと「そんな大ごとじゃないかもしれないけどね。でも僕がココを離れないといけないのは本当。」と嫌な空気をどうにかしようとおどけて見せた。

しかし、それから彼は一向に話さなくなり再び2人の間には無言の時間が流れた。






どれくらい経ったか分からないが、ネフライトが立ち上がる。

「ショウ様、暫く席を外します。」

「あっうん、分かった。」

そう言って彼を見送ると少しの変化も逃さないとばかりに生命の樹木を食い入るように見つめた。
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