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第二部

41 貴方しか見えない

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 ロザリンドとの騒動から一週間がち。

 時刻は夜半過ぎ。今日もラーティは屋敷の書斎にこもり、フォルケに従いついてきた五十あまりいる妖精たちの今後の扱いなども含めた諸々の処遇しょぐうと、その他公務や事務処理に追われていた。

 ここまでの数の妖精たちが、人や外界に直接関わるなど、今までなかったことだ。

 精霊の手を離れた世界は、確実に変化の兆しを迎えていた。

 ラーティは座っている椅子を後方へ少し動かすと、机の横の引き出しから、厳重にくるくると丸められた獣皮紙を取り出す。大陸図だ。

 休憩がてら、獣皮紙の紐止めをき、地図を机上きじょうに広げる。

 今回の件に深く関わった、大陸の末端にある最果ての国エストラザや翼を持つ民の国、イーグリッド。そしてギルドの長、スクルド。その他、大陸に現存げんそんする諸国とも改めて対談を行い、協定の見直しや諮問しもん機関を設置する必要があるだろう。

 各国の国章が描かれた大陸図を眺め、思案しあんしていると、コンコンと控えめなノックの音がした。

 使用人が書斎に来るのは、ラーティが呼び鈴を鳴らしたときだけだ。仕事に集中するため、普段から呼ぶまでは水すら持ってこないよう言い含めてある。

 火急の用かもしれない。

 やれやれとラーティは大陸図を丸めて机のすみに置く。

 淡々と事務処理に戻り、椅子に座った姿勢のまま、仕事を進める片手間に入室の許可を与えた。すると、

「──ラーティ様?」

 カチャッと開いた扉からしとやかに名前を呼ばれ、ラーティは作業の手をピタリと止めた。

 蝋燭ろうそくが三本立つ、壁に取り付けられた燭台しょくだいあかりが、扉を開けた風圧にチラチラと揺れ。窓辺から涼しい夜の空気が流れ込んでくる。

 手元の書類から目を離し、視線を向けた先の扉から「失礼いたします」と顔を出したのは、最愛の人だった。

「お帰りなさいませ、ラーティ様。使用人から先ほど王城よりお戻りになったと聞きました」

 室内に入ってきたルーカスは、肩にカーディガンをかけた寝衣しんい姿でいる。対するラーティは襟元えりもとのボタンを外し、ゆるめてはいたが、王城から戻ったばかりの正装だった。

 目が合うと、ルーカスはいたわるようにニコリとした。こちらの格好から、彼はラーティがまともに休みを取っていないのを察したのだろう。

 しかしルーカスは執拗しつように休息を求めようとはせず、やんわりと「何か飲み物でもお持ちしましょうか?」と柔らかい声で言う。

 それも彼は、「頼む」とラーティから返事があれば、使用人の代わりに自ら動いて、台所にでも用意をしに行くつもりのようだ。

 扉の前に立ち、必要以上に近寄らず。そして公務と事務処理に追われているラーティを気遣い、ルーカスは穏やかな表情を崩さない。ラーティの意志を尊重しつつ、己が夫にできる最大を、彼はよく理解していた。

「いや、飲み物は必要ない」

かしこまりました」
 
 うやうやしく返事をして、扉の前に立ったままのルーカスに、ラーティは「こちらへ」と手で寄るように伝える。

 彼は従い、言われた通りやってきた。互いの顔がよく見える位置まできて、そこで止まる。

 まだ少し距離はある。けれども椅子に座るラーティに向けられる温かな眼差まなざし……。

 人柄というべきなのか。ルーカスのいる空間は、ふわりと穏やかな空気に包まれる。

 机を挟んで、ただただ互いの顔を見つめ合い。彼がそこにいるだけで、その内側から滲み出る柔和な雰囲気と優しさに、気を張っていた心がほぐれていく。

 元々多忙のラーティの様子を見るのが目的で、負担をかけるべきではないとルーカスはわきまえているようだ。ラーティに触れようともせず、見守るだけで十分と、その場から一歩も動かないでいる。

 妻となってからも変わらず従者気質の抜けないルーカスが入ってこられるように、椅子を斜め後方へずらしてスペースを開ける。たたずむ彼に、ラーティは自らの膝を叩いて「おいで」と誘う。

 ルーカスはやや困った顔をしたが、ラーティがあえて意に介さずにいると、やがて観念したらしい。渋々、とまではいかないが小さく嘆息たんそくした。

 それから机に沿って、ぐるりとラーティの隣に回ってくる。

 ラーティに守護者として仕えていた頃の、昔のやり方はきかない。夫がもう子供ではないことを、彼は最近よく実感しているようだ。

 傍に来たルーカスに手を差し出す。彼は手を重ね、ラーティに誘導されるまま動いて、そっと指定された膝上場所に座った。

 昔からルーカスは大人で、常時余裕の態度を崩さない。しかし今回は、夫を少しでも休ませたい本心が言動から透けて見えてしまい、苦笑する。

 前々から思っていたが、彼は恋愛事があまり得意ではないようだ。これでは余計に構いたくなる。愛しさが増してしまうではないか。

 遠慮がちなルーカスの細身の体を軽く引き寄せると、彼からふわりと石鹸せっけんのよい香りがした。

 艷やかな黒髪をで、感触を確かめながら、いい匂いのする頭部に口づける。そこでようやく彼は、安心したように身を任せてきた。

「それは……大陸図ですか?」

 ラーティの胸に頭を預けて、やっと甘えてくれたと思ったら、先ほど机のすみに丸めて置いた大陸図をルーカスは目ざとく見つけ指差す。

 ラーティが事務処理の合間に何を考えていたのか、またしても勘付かれたようだ。油断も隙もあったものではない。

 まったく、休みなくよく気が付く男だな……

 ルーカスがこちらを見ていないのをいいことに、いつもながらずば抜けた観察眼に眉をひそめ、ラーティは内心舌打ちする。

 余計な心配を、呪いをかけられた今のルーカスにさせたくない。だというのに、彼は己の状態よりもラーティを案じて、いつも平気で踏み越えてくるのだ。

 ラーティは質問に答えず、夫の腕の中にいながら大陸図に視線を注ぐ彼の頬に手を添えた。

 それからこちらを見るよう、彼の顎を指先でクイッと持ち上げる。

 黒い睫毛をゆっくりとまばたき、ラーティの望むように黒曜石の瞳が向けられる。

 間近からジッと視線を寄越す、こちらを見上げるルーカスの瞳にはラーティだけが映された。

 それは男の支配欲をくすぐり、しっとりと深く唇を合わせる。

 下半身の衣服に手をかけると、ルーカスは心底困った顔をしたが、抵抗はなかった。





 ラーティは陰茎を剥き出しに下肢かしの衣服を半ば開いてはいたが、正装服は着たまま、先刻と同じ椅子に座った姿勢でルーカスを抱いていた。

 正装と違って、妻の着用してきた薄着の寝衣しんいは脱がしやすい。

 ラーティの膝上に乗り上げるような体勢で、汗ばんだ両手を夫の肩に置く妻の寝衣しんいは酷く乱れていた。

 辛うじて上着はひじや腕に引っ掛かってはいるものの。行為の熱に汗のにじんだ肩と下半身は露出し、ラーティ自身を半ばまで挿入され、脱がされた寝間着用のゆったりしたズボンと下着が床に落ちている。

 挿入されている様子が彼にも見えるように、腹部から陰部にかけてのボタンは、全て外してある。

 つながっている部分の熱を感じながら、ラーティは肩で息をする妻の腰をつかみ、共に行為にはげむよう、ゆっくりと引き下ろしていく。

 妻の股間は幾度も抱かれた跡にまみれていて、愛液と白濁した精液が入り交じったものでぬったりと濡れている。

 汗を流し、腰を浮かせて膝立ちになっている彼の赤くじゅくしたつぼみは、太腿ふとももに液が垂れるほど、男のモノを長時間くわえ込まされており。夫に慣らされ湿った苗床に、半ばまで挿入されている硬く熱を帯びた屹立を再び最後までする行為に、彼は反射で逃れようとした。

 抱き始めてから数刻が経過していたが、しかしラーティには未だ己の膝上にいる最愛の妻との繋がりを断つ気はなく。妻の体を難なく捕らえると、繊細な動きでその細腰を引き寄せる。

「ぁっ! ラーティ様……!」

 ラーティに開かされている彼の太腿ふとももは、行為の影響で弾けんばかりに輝き。健康的な弾力のある、はだけた白い肌からは玉のような汗が滴り落ちていく。

 一週間、行為をしていなかった分の濃厚な精液が妻の体を汚し、中を満たしているのを確認するように、繋がされているルーカスの湿り気を帯びた陰部をラーティは眺める。

 夫から与えられている快楽に火照ってふらついている妻の体は快感に震え。支えてやると、引き寄せた腕の中で安心するように小さく縮こまり、大人しくなった。

 英雄で戦士だった男が、今はラーティの妻となり、腕の中で小動物のように静かに抱かれている。

 焦がれた相手を手に入れた奇跡を感じる度、己にとっての幸せが何なのかを実感する。

 ラーティが挿入を途中でめて、しばし抱き締めていると……ルーカスがジッと信用しきった目を向けてきた。

「ラーティ様? どうかされましたか?」

 おもむろに、すっかり息を整えたルーカスの手が伸びてきて、ほほに優しく触れた。

「ラーティ様?」

 ルーカスは抱かれすぎているのを嫌がるどころか、多忙なラーティが行為を中断したことで、その体調を気にしたらしい。

 ……本気で気遣われている、のか?

 ラーティとの性交を、彼が少しも嫌がっていないと確認できて内心ホッとする。

 ──が、改めてルーカスの純粋さと愛の深さを知り、たじろぐラーティを見て、彼は夫が体調を崩したのかもしれないと益々距離を詰めてきた。

 熱を測るとき小さい子供にするように、ルーカスはラーティのひたいに額をつけ、瞳をのぞき込んでくる。

「やはりご無理なさっていたのですか……?」

 情事のさなかだというのに、ルーカスは完全に従者の顔に戻っていた。あるじが心底心配だと、はっきり顔に書いてある。

 しんの強い男だ。何をおいてもラーティを優先させてしまう彼の愛情深さに、全面降伏する。感服かんぷくするほかない。

「お前は……何度惚れさせれば気がすむのか」

「は? ラーティ様いったい何の話で──んんっ!」

 惑うルーカスの唇にキスをして、舌をからめ、口をふさぐ。

 夫からの突然の求愛行動に、気後れした一枚も二枚も上手うわての妻の両尻を、ラーティは両手でがっしりと鷲掴わしづかみ、セックスを再開させた。

 妻の尻を己の性器へ寄せるように引き下ろす。グズグズに溶けたつぼみに半端に挿入されていたたけり立つ肉棒が、液を絡めながらズブズブと呑み込まれて、やがて一番奥深いところまで到達する。

 唇を離すと、再び最後まで挿入させられている妻の唇から「ぁっ……ぁっ……」と可愛らしい嬌声きょうせいが零れた。

 みっちりと隙間なく密着している互いの陰部が、火のように熱い。

 愛のあかしを根本までぐちゅりと埋め込まれた妻の背中は快感に反り上がり。両尻の肉に指が食い込むほど強く掴んだ手で、彼の健康的で張りのある肌の感触を楽しみながら、ラーティは妻の腰が卑猥ひわいに揺れるよう動かし、何度も出し入れを繰り返させた。

「ひっ! あ、ぃやぁっ、ラーティさま……!」

 ラーティに突き上げられる度、ルーカスはか細い声で鳴きながらビクビクと体を震わせ、足を広げて必死に受け入れている。

 おそらく無自覚に夫の欲情を受け入れている彼は、鳴きながらひたすら抱かれ、体を存分に味わわれていることに気付いていない。

 両足を広げたルーカスとの卑猥ひわいな繋がりに欲情して、より一層妻の中で陰茎を太くすると、ビクッと反応した彼が、濡れた目ですがるようにラーティの首筋に手を回してきた。

 妻の両尻をがっちりとつかみ直し、クチュックチュッと抱いているさなかの生々しい水音が室内に響くよう、念入りに上下させる。

 動きを止めずに突き上げていると、ギュッと抱きつかれた。愛おしさに、ねっとりと熱く繋がった部分をグチュグチュと掻き混ぜるようにしながら、最奥を突き上げ射精する。

 ラーティの肉棒に穿うがたれたルーカスの体はビクリと跳ね。中に出されたことを自覚した彼の色っぽく潤んだ瞳が、喜びに染まった。

 赤く色づく蕾を下から雄々しく突き上げると、「あぁっ……!」と可愛く鳴いた。唇を唇でふさいで、妻の尻をゆっくりと上下に動かす。互いの愛を確かめるように、性交の合間に息もできないほど深く唇を重ね、体を繋ぐ。

 射精する度、荒く息を吐き出すラーティを見つめる妻の官能的な姿は美しく、ラーティはルーカスにおぼれていた。





 それから小一時間ほどして、ようやく陰茎を抜いてやると、途端、崩れ落ちたルーカスをラーティは胸に抱き留めた。荒い息を整える妻の汗ばんだ体は軽く、温かい。

 ほっそりとした背中をで、抜いた陰茎を彼のモノと擦り合わせるように抱き締める。

 彼の体を支え、互いの濡れた陰部をクチュリとさせながら、隙間なく密着させる。

 行為は終えても、まったく離す気のないラーティに、ルーカスは己が誰のものなのか改めて自覚したようだ。恥じらいに頬を赤くした。

 観念してラーティの胸元の衣服を掴み大人しく抱かれているルーカスの後頭部に、ラーティは口付ける。

「王城より戻ったとき、お前はよく寝ていたので起こさなかった」

 昨日までルーカスは、連日深夜遅くに帰ってくるラーティを、毎日起きて待っていた。

 先に寝ているよう言うと、「ですが……」と困った顔で食い下がるルーカスに、昨日よくよく話をしたところだった。

 今夜も王城から帰ったその足で寝室に直行し、すこやかな寝顔を確認してから書斎に向かった。だからルーカスが書斎を訪れたとき、彼が本当に起きたばかりというのは知っていた。

 燭台しょくだいあかりが消えた、星の光だけが差し込む薄暗い部屋で、暫し互いを見つめているとルーカスがラーティの頬に触れる。

「オルガノと対談したそうですが、首尾はいかがでしたか? もっとも、旧王族に会うのをあの方がそう簡単に承諾するとは思えませんが」

 話自体は一週間前にロザリンドから伝わっていた。けれど何事にも準備というものがある。

 特に今回は、旧王族はルーカスと因縁の深い相手だ。オルガノは首を縦に振るのはおろか、少なくとも良くは思わないだろうことはわかりきっていた。

「陛下はお前との対談を望んでいる」

 ルーカスは「そうでしょうね」と頷いて、「承知しました」と述べる。

「どうした?」

 らしくなく、ルーカスはわずかにだが浮かない表情をした。尋ねると、彼はラーティの胸に手を当て、寄りかかるように頭をコツンと預けてきた。

 ルーカスの気乗りしない様子に驚くも、次の言葉で理由に思い当たる。

「少し、父のことを考えていました」

 ラーティは「そうか」と相槌あいづちを打ち、ルーカスの話を聞きながら、彼の艷やかな黒髪を指で丁寧にく。

「旧王族との対面は、私にされた宿命のようなものです。ですが、あの男とはあの日以来、会うことはありませんでした」

 あの日とは、旧王族に占拠されたラスクールをオルガノが奪還した日のことだ。

 ルーカスがどんなに毅然きぜんと前を見据え、対面にのぞむも、彼の父親であったセザン・フォリンのあるじは七十を過ぎた老人だ。

 当時と違い、耄碌もうろくした姿を見せるか、もしくは廃人のようになっているかもしれない。

 どのように変わっているのか、想像するだに恐ろしいのだろう。

 使わずに、背もたれに畳んでかけておいた膝掛けを、ラーティはルーカスの肩に羽織らせ、その頭をでる。彼の気持ちが落ち着くまでしばらくそうしていた。





 燭台しょくだいあかりが消えた部屋の空気が、すっかり外の空気と入れ替わった頃。

 程よい兆しに、頭を撫でる手を止め、ラーティはおもむろに他方の手で机の引き出しを開ける。

 夫の体温に眠気を誘われたのだろう。ラーティの上でうつらうつらしているルーカスに、引き出しから取り出した物を差し出す。

「ルーカス、これを」

「?」

 心地よい眠気を払うように、彼は数度目をパチパチさせたが、焦点が定まるとハッと食い入るように差し出された物を見つめた。

 ラーティが取り出したのは、ルーカスがクーペに以前渡した騎士の紋章だった。

 いつも小さいおててでクーペが握り締めていたのを、失くさないようにと、ペンダントにするため一時的に細工師に預けていたものが届いたのだ。

「ありがとうございます。明日にでも、あの子に渡します」

「ああ、そうしてくれ」

 父親の形見を大事に受け取り、ルーカスは感触を確かめるように握り締める。

「紋章が復活し、王位を受け継ぐことになったとしても。私はお前をけして手放さない。私のかごの鳥として、傍に置くようになるかもしれないが……誰にも傷付けられぬよう、守り抜く。支えがほしいならいくらでも支える」

 ルーカスの不安が払拭ふっしょくするよう、大丈夫だと彼の肩を強く抱く。しかし次に彼の口から出されたのは、思わぬ返しだった。

「それは時折私が鍵を開けて鳥籠とりかごを抜け出す覚悟もなさっているということですか?」

 途端、ラーティがキョトンとしたのを見て、ルーカスが吹き出した。

 からかわれたらしい。この際、元気が出たなら笑われるのも悪くない。ラーティはルーカスのおでこにおでこをくっつけて、目を閉じ、ささやくように言う。

「お前がそうしたいなら、それでもいい」

「では……あまり私を置いて遠くへ行かないでください」

「ルーカス?」

 恐れ多いとラーティを王子としても勇者としても敬愛し、こと、恋愛事にいつも控えめな彼にしては随分と大胆な。

 こちらを真っ直ぐ射抜く、挑戦的でいて凛とした眼差まなざし。きっぱりと言われて、ラーティは目を見開いた。二、三まばたく。

「貴方はずっと、私の手の届く場所に留まっていてくださればいいのに」

「…………」

 ねたような物言いの、本心の入り交じった呟きには、しかし優しさと愛が溢れている。どう答えたものか思案していると、ルーカスは「冗談です」と言って小さく笑った。

 ルーカスはずっと変わらないでいてくれる。

 わざとからかうようなことをして、ラーティを優しさで包み込む。その上彼は、ラーティを夫としても十分過ぎるほど愛し、応えてくれている。

 これだけ愛されているのに、時折ルーカスが足りなくなるときがある。

 まだ足りないのかと、ルーカスに対してとことん貪欲な己にも、彼は密事を苦手としながらも応えてくれる。

 ラーティの胸元で微笑むルーカスと再び唇を重ね、離し、それから……また唇が触れ合う寸前で止めた。

「ルーク、か」

「ラーティ様?」

「お前は以前そう呼ばれていたのか?」

「っ……」

 ルーカスがロザリンドにそう呼ばれる度、嫉妬にチリッと焦げるような感覚があった。そんなラーティの中にある火花に、彼は気付いたようだ。

 返答を鈍らせた彼の反応に、ラーティはハッと息を呑む。

 しまった。やりすぎたか?

 本人にはどうすることもできない過去に嫉妬する愚かさを痛感し、後悔に顔をかげらせる。すると──その場でルーカスは膝立ちになると、俯きがちなラーティを見下みおろし、優しくラーティの前頭部にキスをした。

貴方あなたが私の特別だと、どう示せば貴方あなたに不安を与えずにいられるのか私にはわかりません。ですがこうしていれば……」

 躊躇ためらうラーティが顔を上げるのを、待っていた彼に互いのひたいを合わせられる。見下みおろされ、間近でにこりとされる。

「私にはもう貴方あなたしか見えない」

「だが……ずっとこうしているわけにもいかないだろう……」

 驚き、放心して、ラーティは呟く。目前のルーカスの行動に、痺れたように動けないでいると、さらに彼は信じられないことを言った。

貴方あなたが望むならずっとこうして、貴方あなただけを見るようにします」

「!」

 ルーカスに羽織らせた膝掛けがスルリと落ちて、床に広がる。露わになった裸体に構わず、彼はラーティを見つめている。

 それは、捨て身ともいえる究極の愛の告白だった。これ以上、つまらぬ嫉妬で自暴自棄に振る舞い、彼をこばめるわけがない。

「お前は昔からそうだったな……そうして私の迷いも何もかも、不安など軽く消し去ってくれる」

 ──進むべき道を照らしてくれる。名の意味と同じ、お前は私のルーカスだ。

 ラーティは己の上着でルーカスを包むと、彼を胸に抱きながら椅子を立つ。

 書斎を出て、今度は夫婦のみが入室を許された、第二の寝室へラーティはルーカスを連れ込んだ。

 あまりに深く愛されて、堪えきれず泣きながら許しをこう妻をベッドに組み敷いて、彼の足腰が立たなくなるほど愛してしまった。
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