勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

36 裁く権利を持つ者たち

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 ルーカスは一見冷静を装っているが、少なからず動揺を覚えたはずだ。隣に座る彼の心中を察して、ラーティは伴侶に代わり相手する。

「その話では精霊の代替わりが起きたとき、氷の精霊が妖精王の娘の母親にその役を譲ったと解釈できる。では精霊となった母親は何故娘を助けなかった」

 眉をひそめる。亡霊では、娘を救えない。だが精霊の中でも格上の権限を持つ氷の精霊へと転化したのなら、自由に動くこともできたはずだ。

「氷の精霊の代替わりは妖精王の娘が亡くなった後に起こりました」

「母親はずっと娘の姿を見ていたのか……」

 娘が国を追いやられ、一人寂しく故国から遠く離れた地で呪いにむしばまれ弱っていく姿を。亡霊となった母親は最期まで傍で見ていたのだ。

 果ては婚約者に殺された。娘の命が尽きるとき。助けてやることもできず、何もしてやることもできず、ただずっと傍にいた。どれほどの無力感だっただろうか。

「亡霊としてティアーナの傍にいた母親は、真相しんそうを知っていました。だから娘の望みも知っていた。フォルケ・ディ・レナルド・クラウベルクに真実を知ってもらうこと。それがティアーナの願いだった。そしてその役を任されていたルークに真実を語らせるために、娘に手をかけた男と手を組むなど正気の沙汰さたではない方法で、彼女は娘の望みを果たしたのです」

 そうでもしなければ、おそらくフォルケは信じなかった。己の両親がティアーナを死に追いやったなど。

「しかしよくフォルケが手を組むと承知したものだ」

 因縁いんねんの深い間柄だ。フォルケが簡単に首を縦に振ったとは考えにくい。

「彼には氷の精霊がティアーナの母親であるとは知らされておりません」

「妖精の変身能力か」

 フォルケは生真面目きまじめなルーカス以上に生真面目で高潔な、冗談の通じない生粋きっすいの妖精そのもの。いつわりの仮面で他者を演じなければ、フォルケはもちろん氷の精霊も、娘を殺した男と手を組むなど到底できなかったのかもしれない。

「基本的に殺生を禁止されている妖精は、フォルケを妖精城の地下深くに投獄とうごくしていたと聞いている。牢獄に繋がれていたフォルケにルーカスの妊娠を知らせたのも彼女が?」

「いいえ、妊娠を知らせたのはフォルケを慕う仲間の妖精によるものです」

 氷の精霊はルーカスの妊娠で隙が生じたフォルケに近付き、脱獄の手助けとルーカスの元へ辿り着けるよう、邪魔者の排除に手を貸すと自ら持ち掛けたのだという。成功したあかつきには、なんでも一つ願いを聞き入れるという条件付きで。

「取引は成立し果たされた。氷の精霊はそれまで待たせていた見返りを既に要求したのだな」

 オルガノによって捕らえられたフォルケは、仲間の妖精共々ラスクールの王城にある地下牢に幽閉されている。

 ラーティの質問にロザリンドは「その通りです」と頷き、母親の言葉を取り次いだ。


『──貴公は二度とティアーナその名を口にしてはならない』


「!」

 そこで初めてフォルケは氷の精霊の正体を知り、おのずと全貌ぜんぼうを理解したそうだ。

 これまでの経緯から、彼には情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地がある。けれども言い訳の一つも零さず、氷の精霊の計らいも何もかも知った上で「当然だ」と承知したのを見届けると、氷の精霊は何も言わず去っていったそうだ。

 生涯にわたって名を口にしない。永久にティアーナと関わるのを禁じられたということだ。

 心の中だけで想うのみが、フォルケに残された自由となった。

「他にも此度こたびの件に関わる諸々の処罰及び罪人の処遇については、私もオルガノも氷の精霊を通じて妖精王の書簡を承っております」

 ロザリンドは軽く詠唱すると、聖剣に次いで書簡を空間より取り出した。

 彼女から手渡された書簡には、此度こたびの件で生じた損害の全ては妖精王が代償し、娘を呪い殺した罪人にこうじる処置の権限全てを氷の精霊に委任するとつづられていた。

 此度こたびの件が起こる以前から、妖精王は氷の精霊が誰かを知っていて見過ごしていたのだ。

「それが妖精王の意向です」

「巻き込まれた貴女あなたと陛下が妖精王の書簡に異論はないというのなら、私から特段意見を申し出るつもりはない。そして……」

 先程からうつむきがちな、隣に座る妻に目を向ける。

「何よりフォルケに手を下されたルーカスは、彼への処罰など望んでいない」

 気持ちを代弁すると、肯定にルーカスはそっと目を伏せた。

 そもそもが全く別次元の存在の精霊相手に、国を襲った罪を償うよう同じ土俵どひょうに立ってルールをくことはできない。

 まして氷の精霊は結果的には誰も殺さず、エストラザとイーグリッドの民たちを開放した。

「代替わりによって氷の精霊へと転化した直後に、彼女はフォルケの両親のもとへおもむいたそうです。しかし一歩及ばず逃げられてしまった」

 氷の精霊がロザリンドに話したことが誠なら、フォルケが生かされているのは、逃げおおせた両親をおびき寄せる餌とするためか。もしくは──純粋に娘が愛した相手だからか。

 できれば後者だと願いたい。

「それから二十年ほどの時をて、氷の精霊が最初に襲ったのは、ギルドの象徴でもある翼を持つ民の国、イーグリッド。次に最果ての国……私が統治するエストラザの魔女たちを氷漬けにした。もうおわかりでしょう。この二国が選ばれたのには理由がある」

 先程からまるで、まだ終わりではないかのようなロザリンドの口振りに、ラーティは引っ掛かりを覚えていた。けれどようやく得心とくしんする。

 大陸で最大戦闘力を持つギルドは人間の代表でもある。翼のエンブレムを付けたギルドにとって、翼は自由を意味する彼らの誇り。

 生者必滅しょうじゃひつめつの呪いは本来魔女がもちいていた呪術の応用。

 それが二国を襲った理由であるのなら、答えはおのずと導き出される。

「翼を持つ民の国イーグリッドを支配することで人間ギルドへの宣戦布告を果たし、娘を呪い殺した呪術の本家である魔女を攻撃した。どちらも娘が不幸になった元凶そのものだ」

 ラーティがさらなる核心に触れようとしたところで、ルーカスが重い口を開いた。

「二国が選ばれたのは、目的のための途上に過ぎない」

「ルーカス?」

 顔を上げ、こちらを見つめる漆黒の瞳。他者を思い、うれいを宿した眼差まなざしの美しさに射抜かれる。
 
「全ては娘のためだった……ラーティ様、氷の精霊は娘の願いを果たすために、これだけのことをした。娘の願いを叶えた今、今度こそ始末をつけるつもりでいます」

 ルーカスの漆黒の瞳が、強い悲しみに揺れる。

「……まさか、氷の精霊はフォルケを動かすために、あえて両親には手を出さず逃していたというのか?」

「娘を死に追いやった相手を、氷の精霊は決して許しはしない。おそらく最初からそれが目的だったのでしょう」

 精霊にとっての二十年は一瞬にも満たない時だ。長命種の妖精にとっても、似たようなものなのかもしれない。

 娘を呪い殺された母親の憎しみは枯れることはなく、娘のために関係のない人々を巻き込むのもいとわなかった。

 穏やかな気性の妖精にあるまじき残忍ざんにんさだ。

 見せつけられたのだ。極限までしいたげられた娘の姿を。残酷な現実に、本来の穏やかな性質は歪められ、変わってしまった。

 もはや本来の彼女は残っていないだろう。

 娘を追放し呪い殺したフォルケの両親にどのような処罰を与えるつもりなのか。

 どれほど巧みに逃げおおせたと思っていても、彼女は必ず見つけ出す。そして見つけ次第、世界を巡ったラーティの知る中でも、もっとも残虐な方法で彼らは殺されるだろう。

 格上の存在たる精霊に、こちら側のルールは適用されない。故に、誰も止める権利を持ち得ない。誰も復讐を止めることはできない。

 この場の誰よりも内情を知るルーカスはそれにいち早く気付いた。だから口を閉ざした。

「彼らは相手を見誤みあやまった」

 ラーティの言葉に、ロザリンドが重々しく頷く。

 それまで壁の花同様に会話の輪から外れ、ラーティたちの話を後ろに控えて聞いてた、仲間たちの息を呑む気配に目を移す。各々思う方へ視線を向け、青ざめた顔でいる。

 これは大切な娘を奪われた母親の復讐だ。

 フォルケの両親はティアーナが不利になるよう、本来なんの害もないはずの情報を巧みに工作し、でっちあげ、あたかも真実であるかのように偽りの危惧きぐ口伝くでんした。

 えてしてそういったやからは他の反感を抑えるため公平を装い、あくまでも自身は身を案じる者を演じていることが多い。しかし中身は相手の信用をおとしめるための言葉で溢れている。

 口伝する相手の正体を知らぬ者たちにとって、それは本来あるべき正常な選択肢を減らす誘導となる。思考の範囲をせばめ、己の望む答えを本人が選んだのだと錯覚させ選択させる。よくある相手を蹴落とすための詐欺手法だ。

 けれどいくら小手先の浅知恵で、状況を制御コントロールしたがっても、支配出来るのは一時的なものだ。よほどの策士でないかぎり、真実を知る者たちは存在する。

 誰に見られているとも知らず、誰を真に相手にしているとも知らず。いざ現れでた母親の怒りを前にして逃げ出すとは、救いようがない。

 他者をおとしめ、おとしいれたのだ。なぶり殺されても文句は言えない。

 己の満足と優位性を誇示こじするために、自身を律する理性を欠いた、未熟で身勝手な精神。高慢こうまんを貫こうとする薄汚い思考。

 引き返すという選択肢があったときに、もう戻ることはできない。彼らは既に許されない範囲に足を踏み入れてしまっている。  

 わずかな隙とも呼べない情報を、負の要素へ改ざんすることに全力を注いで手に入れた、ちっぽけで薄汚れた矜持きょうじにどれほどの価値がある。

 罪に汚れた手が見るも無残むざん腐敗ふはいし、異臭を放っているのにも気付かない。悪事に手を染めなければ、己の地位を確立できないと自覚している虚しさ。

 憐れなものだ。

 変身能力でいくら姿形を取りつくろっても、習慣や行動、心根の醜さまでは隠せない。

 同じ行動を繰り返し。やがて己の犯した悪事によって、徐々に汚染されていく自身の手が腐り落ちるその時まで、きっと暴走し続けるのだろう。

 自滅するのが先か、律されるのが先か。どちらにしても裁く権利を持つ者たちに全ては任せるのみ。

 それにしても……

 一瞬、むごたらしい光景が頭をよぎりゾクリとした。身震いする体の反応をこらえ、眉宇びうを引き締める。

 どのような最期を迎えるか、彼らには想像するだに恐ろしい末路が待っている。逃れることはできない。

 自業自得だが、きっと少しの同情も、恩赦も与えられることはない。

「しかし氷の精霊が呪いの術者であるフォルケの両親を見つけるまで、手をこまねいているわけにもいかない」

 ラーティの呟きに、ロザリンドも賛同を示した。

「そうですね。この子の成長が完全に止まってしまったのだとしたら、あまり悠長ゆうちょうに待っている時間はないと思った方がいいかもしれません」

 ルーカスの膝上で呑気にひっくり返っているクーペに、皆の視線が集中する。

 相変わらず注目されることを何とも思っていない、緊張感のない緩みきった表情……おねむのようだ。眠そうに「キュワワー」と口の先っちょを震わせ、大きなアクビを一つした。

 クーペは平気な顔をしているが、今後どのような影響があるかわからない。

 フォルケの両親を、卑劣ひれつにも逃亡した心を裂くのに一ミリの価値もない者たちと言えば、ルーカスは暗い顔をするだろうが。彼らのことは置いて、大切にすべき妻と息子を救える可能性が高い、有益な話にラーティは頭を切り替える。

「術者が逃亡し解呪が現状困難な上に、紋章を復活できる光の精霊が行方不明となると……呪い以上の力を持って粉砕するしか方法は残されていない。もしくは光の精霊を頼らず、他に紋章を復活できる方法を探すしか手はなくなるが……」

「ラーティ様、その心当たりなら、既にあるのではありませんか? 風の噂に耳にしました。勇者パーティーの魔獣使いがアンデットの王と盟約を交わし、使役したと」

 突然話を振られて、後方のガロンがハッとする。

「──死界の王。冥王ハザード」

 ロザリンドが口にした名は今回魔王の右腕とも称される、ラーティが以前一騎打ちをして相当深い手傷を負わされた相手だ。
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