勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

35 人嫌いの精霊

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 憂慮ゆうりょを露わに息子を抱き締めているルーカスと、それを隣で支えるように抱き締めているラーティ。向かいに座るロザリンドはしばし見つめ、それから砂塵さじんで白くなった円卓の、自らつけた手の平の痕を一瞥いちべつした。

「ラスクールに着いて早々、前回魔王の処罰を口にした私に、オルガノはなんと言ったと思います?」

 ルーカスの視線は息子に向けられ、答えずにいるも、彼女は構わず先を続けた。

「光の精霊の加護を受けて、勇者の力を得るのと同じ。魔王は闇の精霊の加護を受けて、魔王の力を得る。闇の紋章に選ばれた者は、魔王となるべく意識を闇にまれてしまう。そうなるよう定められてしまった存在に罪を問うのはあまりに酷だと、私はオルガノに叱られました。お前は親から子を奪うきかと」

 しかしそれが一個の感情にすぎないことは、ルーカス自身がなによりも自覚していた。

「君の懸念けねんはもっともだ。人々にこの子の正体が知れれば、怒りの矛先ほこさきを向けられるのは避けられない」

 神の呪いによって魔王となるべく意識を呑まれ、悲しみのうちに恋人、親子、親友との別れを決断せねばならなかった。魔王の宿命を背負った者の痛みに触れ、歴代魔王の悲しみを知ることのできた自分たちだからこそ、抱ける感情なのだ。

 神の呪いが解かれたといっても、時世が変わったわけではない。正論を盾に、罪に問うなと唱えれば、綺麗事にしか見られない。

 当然だ。魔王によって大切なものを奪われた民たちは、たとえ精霊加護によるものだと言っても、割り切れない。そう簡単に納得できはしないだろう。

 知らぬ民の抱く感情と、真実を知り受け入れた者たちとの差異さいは果てしなく。その先に待つ未来の危うさを、ロザリンドは危惧していた。

 彼女が前回魔王にこだわったのは、ガロンを筆頭に後方に控える仲間たちにも、その認識を持たせるための警告でもあった。

 仲間の顔色を見ればわかる。各々ことの重大さを改めて認識し、目が覚めたような面持おももちでいる。けれどもそれはルーカスも同じだった。

「魔王討伐を果たし、その本質を知る私たちだからこそ理解しうるものだと私も気をつけよう。ご教示きょうじゅ感謝する」

 頭を下げる。ふわふわと平和に甘んじているばかりでは、大切なものを守れないときもある。こちらにどこまでクーペを守る覚悟があるのか、それを見極めるためにも彼女は動いてくれたのだろう。

 クーペの正体を知っているのは、今回勇者パーティーの仲間たちと、オルガノが口添えした一部の人間のみ。

 この子の正体を他の誰にも知られてはならない。

 今回傍近くに控えていたタリヤは話を聞いてしまうことになったが、彼女にはクーペの世話係を請け負う話が出たときに、既に事情を説明している。

 口の硬いやり手のメイドである彼女はポーカーフェイスを一瞬崩したものの、即座に理解し承知してくれた。

「竜玉で呪いが抑えられているのだとしたら、何らかの方法で竜玉を取り出した途端、ルーク、貴方あなたの命はフォルケに呑み込まれる」

「呪いを完全に解いてからでなければ取り出すのは不可能だとすると。それまでこの子は子ドラゴンのままということか」

 残念そうに「はい」と頷くロザリンドの瞳は、しかし強い希望の光を宿していた。

「必要となるのは呪いより強い力です。そしてその方法はいくつかある」

「ああ、そこまでは私たちも考えた。一番手っ取り早いのは呪いの術者に解除させる、あるいは直接術者を殺す方法。そして次にあるのは呪い以上の力を持って粉砕する呪い返し」

「でしたらルーク、これからお話する内容は、もしかしたらその子の助けになるかも知れません」

 ロザリンドは軽く呪文を詠唱すると、空間から何かを取り出した。

「それは……」

 丁寧に取り出されたのは、国王へ返還されたはずの勇者の武器。

「私が陛下に申し出た交渉は勇者の紋章の復活です」

 聖剣を円卓に置いて、彼女は泰然たいぜんと告げた。





 置かれた聖剣に視線を落とすルーカスたちに、ロザリンドは語り掛ける。

此度こたびの件でわかったことがあります。神の支配から離れた世界には無秩序が横行おうこうし、簡単に道を踏み外してしまう。導き手のない世界には秩序の象徴となる存在が必要だと。それが私がラスクールを訪れた正式な理由です」

 ロザリンドがラーティを見据えた。

「ラーティ様、勇者の力が失われている今、それが必要とされています」

 返還されたはずの聖剣をオルガノはロザリンドにたくした。取りも直さずそれは──

 ……二人が、共にラーティ様を時期国王に望んでいる。

 紋章の喪失で遠ざかったと思っていた。

 夫が次代の王となる。王子であり勇者でもある。その立場を、ルーカスは何があろうと拒絶するつもりはない。だがどうにも胸がさわぐ。

 らしくもなく焦燥しょうそうに、隣に座るラーティより先に口を開きそうになったが、辛うじてグッと押しとどめる。

 姿勢を前に向けたラーティが、ルーカスの肩を抱く手に力を込めたからだ。

「光の精霊のあかし、勇者の紋章は戦いのさなかにも常に加護によって守られ、いかな攻撃にもそこなうことあたわず。……伝承によれば、何人なんびとたりとも勇者の紋章を傷付けることはできない」

 いにしえから伝わる紋章の力の一端いったん。勇者の石碑せきひに刻まれた一文を朗々と述べ、ロザリンドは話を区切る。──が、乱れなく落ち着いたさまから一変して、彼女は感情を沸き立たせた。

「しかしそれが本人の意志ならば話は別です」

 挑むようなロザリンドの鋭い視線。

 対するラーティの無言を貫く様相ようそうは、純黒の魔女が放つ威圧にさらされても変わりなく。少しのらぎも感じられない。見上げていると、彼はチラリとこちらへ目を向けたが、再開した話に目線を正面へ戻す。

「呪い以上の力を秘めた、勇者の紋章なら解呪も可能なはず。けれどもそれは、現在もっとも光の精霊の加護を受けているラーティ様でなくてはおそらく難しいでしょう」

 勇者の紋章を持つ者は他にも存在する。といってもその力のありようは、個々の能力に比例する。

 勇者の紋章を喪失したラーティの上をいく力を持っているとすれば、歴代最強の魔王を倒したオルガノだが。彼はとっくの昔に戦場から足を洗った身だ。

 紋章が傷付いていなければ、事実上ラーティが現在最強の勇者であり、呪いの解除に彼以上の適任はいない。

「精霊の加護を捨ててでも、手に入れたいものができたのでしょう? ラーティ様。でしたら今度は貴方あなたの大切なものを守るための提案に、異論はないはずです」

 口数は少なくとも、ラーティはロザリンドの強い口調に押されているわけではない。その証拠に、彼は問われてクスリと含み笑う。

「その通りだ」

 傍目からもわかる、穏やかな微笑。

 滅多なことでは感情を見せず、他人にもその機微を気付かせない彼の変化に、周りがざわめく。

 妻と息子のために勇者の紋章を復活させる。示された想いに、ルーカスの中のわだかまりが消えていく。

「紋章の傷は光の精霊なら治せると、以前闇の精霊に聞いた。ルーカス、光の精霊を連れてくるよう闇の精霊に頼めるか?」

 ラーティの提案にルーカスは頷く。

 闇の精霊となった旧友にして先の英雄が内の一人、リュシエール・ラ・ラグーナ・ド・アリステス。今はルーカスの小屋を燃やしてしまった罪悪で、顔を見せられない無二の親友。彼ならきっと助けてくれる。

 それに光の精霊は攻撃以外にも、他者を癒やす高次の回復能力を持っている。勇者の紋章のみならず、光の精霊ならクーペの竜玉を治す力があるかもしれない。

「名前を呼べばくるとリュシーは言っていました。何かと忙しいようですが、火急の用だと話せばきてくれるはずです」

 希望が見えてきた。穏やかな心地で言い切り、しかし次の瞬間それは否定される。

「いいえ、ルーク。それは難しいでしょう」

「難しいとはどういうことだ? ロザリンド」

此度こたびの件でフォルケと手を組んでいた氷の精霊から聞きました。光の精霊の行方を追って闇の精霊が動いていると」

「行方を追っている?」

「理由は存じ上げませんが、光の精霊は今行方不明なのです。精霊の中でも影響力の大きい闇の精霊までもが不在の精霊界では、他の精霊たちが代役を担っているそうです。氷の精霊もその一端を……ルーク?」

 そういえばこれまで幾度となく氷の精霊の話を耳にしていたが、その実態をルーカスをはじめとする面々めんめんは知らない。

「……氷の精霊が誰なのか、君は答えを知っているのだな」

 尋ねるこちらをおもんぱかり、ロザリンドが一瞬躊躇ためらったのを、見逃すルーカスではない。

 これほど精霊の内情に精通せいつうしている彼女だ。知らぬ存ぜぬといまさら誤魔化しはすまい。そう踏んで話してくれとうながし、覚悟した耳に届いたのは──悲しみだった。

「ルーク……氷の精霊はティアーナを出産したときに亡くなった、彼女の母親です」

 ルーカスも母親のことはティアーナ本人から軽くだが聞いていた。

「人々の守護者としての役割を担う精霊が、人嫌いとは不思議なものだと思っていた」

 ささやくように言い、ルーカスは口を閉ざす。

 ようやく全ての物事に合点がてんがいった。

 妖精の国に迷い込んだ人間の男がいなければ、ティアーナは不義密通を働いた罪を着せられ、国を追い出されることはなかった。

 その男を助けなければ、ティアーナは人間と駆け落ちして身を落としたとありもしない噂を流され、不幸になることもなかった。

 憎む相手が違うとわかっていても、恨まずにはいられなかったのだろう。

 だから氷の精霊は人嫌いになった。
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