勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

16 真の狙い

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 ラーティとウルスラは表向き全く顔を合わせたことのない相手、と言うことになっている。

 けれどラーティは今までに幾度も、ラスクールを訪問するロザリンドに付いてきたウルスラに会っている。

 ウルスラと初めて顔を合わせたのは今から十年前。

 ラーティが十歳で、ウルスラが八歳のとき。彼女と同じ年齢のドリスとフェリスが最年少で魔法学校に通い始めた頃だった。

 ルーカスが双子の保護者代わりとなって、彼らの様子を見に行くことを許可したその不在時に、ラーティはウルスラと会っていた。だからルーカスはラーティがウルスラと面識めんしきがあることを知らない。知っているのはオルガノとロザリンド、そしてごく少数の側近に限られる。

 そもそもが正式な面会ではなく、ウルスラの相手をするようオルガノに言われて、最初ラーティは仕方なしにお相手をしていただけだったのだが……

 ウルスラの故国、エストラザの民は大半が魔女で、彼女は幼い頃から女ばかりの閉鎖的な世界で育った。男に対する好奇心は人一倍強く、それも母親のロザリンドより旧友の英雄達について聞かされてきた彼女は、会ったときには既に男の英雄への信奉熱に浮かされていた。

 中でも特にルーカスが気に入りで、年の差など関係なくお嫁さんにしてほしいと会うたび口にする熱の入れようだ。

 だから口数の少ないラーティがルーカスを好いていることは、話をするなかですぐに見破られてしまった。

 それから手紙のやり取りなどもするようになったが、内容のほとんどはルーカスに関することだ。ラーティもウルスラも互いに対し、恋愛感情を抱いただとか、そう言った内容に触れたことは一度もない。

 確かにウルスラは見目みめもよく、魔女なのに天真爛漫てんしんらんまんで、人懐こい魅力的な性格をしている。

 普通の魔女と明らかに違う、閉鎖的ではない異質の価値観と純粋な心。

 魔女でありながら、誰よりも心優しく慈悲深いとうたわれた母親ロザリンドにウルスラはよく似ていると、オルガノが称賛しょうさんする程だ。

 母親譲りの聡明そうめいさに加え、高い知力と魔力を持つ。まぎれもなく、ウルスラはロザリンドの意志を受け継ぐ王女だった。そのため彼女がラーティの花嫁筆頭候補になってしまったのだが、互いにそんな気は欠片かけらもない。

 当人同士からすると、とんだ笑い話だ。

 ルーカスもガロンも、ウルスラが婚約者候補ということで色々とあらぬ心配をしていたようだが……彼女は下手をすると、ルーカスをめとったラーティに「ラーティ様の奥方様の妻になることは可能なのでしょうか?」などと、聞いてくるような相手なのだ。

 ラーティがウルスラとの繋がりをルーカスにひた隠していることを、昔一度はっきりと彼女に言われたことがある。

「ラーティ様は本当に、ルーカス様がお好きなのですね」と微笑ほほえまれたが、明らかな嫉妬の含意がんいを感じたのを、ラーティは背筋に伝った汗の冷たさと共に覚えている。

 しかし同時にウルスラは、互いの関係は暗黙のものだと、よく理解していた。彼女はラーティより二つ年下だが、妙に悟い部分がある。

 そのウルスラが直に使者を送ってきた。それもルーカスを抜きに会いたいなどと、ただ事ではない。

 ウルスラの怪我の具合が気になっていたことも重なり、ラーティはやむなく彼女からの提案を受けることにしたのだ。

「──インコちゃんのお名前はなんとおっしゃるのかしら?」

 ベッドに上半身を起こしたウルスラが気をかせて話し掛けている相手は、室内への入室を許されてからもずっとヒビの入った窓の前で「硝子がらす代を弁償しなくては……」と落ち込んでいるインコ(ガロン)だ。

「ガロンすまない。だますつもりはなかった」

 インコのガロンはピクリとしたが、こちらを向かない。まだ心を動かされないようだ。

 寂しい背中を向けたまま声だけ明るくピヨピヨと、「インコちゃん、お名前、マドンナ」と片言で素直に返事したのは、おそらくガロンではなくインコの魔獣の方だろう。

「まあ! ではマドンナちゃんは雌なのですね?」とおくすることなく使役獣に話し掛けるウルスラの質問に、よくかれることなのか、これもインコが答えている。

「インコちゃん、雄」と即答され、ウルスラは純黒じゅんこくの瞳をパチクリさせている。

 落ち込むインコ(ガロン)を慰めるウルスラは、昔と変わらず気さくで親しみやすい、良い性格をしているようだ。

「ウルスラ様、この子は雄ですが、可愛いが過ぎるので僕が使役する魔獣の中でもアイドル扱いされているのです」

 ようやく哀愁漂う背中越しに、ガロンが出てきた。次いで、それとは正反対に「インコちゃんアイドル!」と、意気揚々いきようようと振り返ったインコ。

 なるほど、人格が二つあるようなこの反応。ガロンはこのインコを制御し切れていない。先程の妨害音といい、振り回されているようだ。

大方おおかた、ルーカスに頼まれたのだろう? 硝子がらす代はこちらで出すから安心しろ」

 ラーティが言うと、途端インコの顔に輝きが戻った。ほほの赤羽が更に色濃くなったように見える。

 インコがラーティに向かって飛んできた。ラーティの腕に留まり、ルンルンと首を上下に動かしながら歌い始める。

 先程までの行動から察するに、やはりガロンの気持ちがマドンナに逐一ちくいち影響して、反映されているようだ。

 魔王討伐の道中でもガロンが魔獣を操る姿は見てきたが、彼が魔獣を制御仕切れていない、こんな現象を見るのは初めてだ。インコとガロンの意識が混同している。

 マドンナは感受性の高すぎる魔獣だから、必要に迫られない限り意識を共有しないようにしていると、以前ガロンが言っていた意味が分かった。これは危険だ。彼の内面が全て駄々漏れている。

「ふふふ、マドンナちゃんも中のガロン様もあるじ思いなのですね」

「いったい何のことでしょうか」

 ラーティの腕に留まりながら、今度はガロンが真面目まじめなインコの顔をして答えている。

 何となくガロンのときになると、インコの表情に渋味が出るような気がするのは、気のせいだろうか。

「わざと見つかったのでしょう? 戦術魔獣使いの中でもガロン様は特別だと・・・・・・・・・、大陸の末端にあるエストラザにまでお噂は届いておりますのよ」

「…………」

 にっこりと意味深いみしん台詞せりふを吐くウルスラを、渋めのインコ(ガロン)が見据える。

 ここまで聞かせられては、何故ガロンが扱いにくいインコをあえて使用したのか、気付かないわけがなかった。

 ガロンにまで心配させてしまったか……

 ガロンはマドンナにあえて自身の気持ちを代弁させたのだ。ルーカスの不安を教えるために、部屋をのぞき見させることで。

 ただ一つ想定外だったのは、マドンナがガロンにあまりにも忠実すぎたことだろう。

 おそらくガロンは覗き見より先のことはやらないつもりだったはずだ。ラーティと目が合ったときに、ルーカスが今回のウルスラとの面会を気にしていることを伝える目的は、既に達成していたのだから。

 正室だの側室だのと、ラーティとウルスラには全くその気もなかった部分で、ルーカスを傷付けてしまった。

 相手がウルスラだから平気だと注意をおこたっていたことへの忠告を仲間から受けて、ラーティは昨晩のルーカスを思い出し、自身の不甲斐なさに嘆息たんそくする。その横で「わざと見つかったとは……申し訳ございませんが何のことだか分かりかねます」と、オカメンコイン──命名、マドンナ(雄)の中にいるガロンが素っとぼけたところで、話が途切れた。

 ここでようやく、前座ぜんざが一段落ついたようだ。





 何故ウルスラはルーカスにも気付かれる方法でラーティを呼んだのか、聞かなければならない。

 少し打ち解けた雰囲気のなかにある張り詰めた話題に、ラーティは触れた。

「では落ち着いたところでそろそろ本題に入らせてもらうが……いいか?」

 ウルスラがルーカスをあえて外したということは、おそらくルーカスに聞かれては不味い情報……フォルケに関する話を伝えるためだろう。ルーカスとフォルケとの関わりは、ウルスラも母親から聞いて知っていることだ。

 口火くちびを切ると、ベッドに上半身を起こしているウルスラがラーティに改めて向き直る。

「エストラザがイーグリッドに襲撃されたのは数ヵ月前のこと、国のことは……迷いは既に絶ちました。ですので、わたくしは大丈夫です」

 氷付けにされた民。山頂の神殿に立て籠もり、周囲一体を炎の檻で囲い民を守るため戦っている母親の安否が気にならないわけがないのだ。

 これまでそのことから話をらしていたのは、重い話をする前に場の緊張をほぐすためでもあった。けれどウルスラはとっくに覚悟を決めていた。

「……そうか」

 友人の覚悟を聞き、一呼吸置いてラーティは口を開こうとした──が、ラーティの腕に留まっているインコ(ガロン)が首をかしげた方が早かった。

「ルーカス抜きに会いたかったのは、お二人の関係性を知られないためだと思いますが、もしや今回お二人で会うことを提案したのはラーティ様の方だったりしますか?」

 それは、ガロンにとって本当に何気ない質問だったのだろう。

 当人は確信に触れたとも知らずにいるが、勘のいいことだ。ラーティはせずして訪れた不意打ちのような展開に、やや反応が遅れた。

「いや、それは姫からの提案だ」

「わたくしが提案を? あの、わたくしは何もご連絡などしておりませんが……」

「連絡をしていない?」

 何だ? 何かがおかしい。

 嫌な予感に、ラーティはルーカスのいる屋敷の方向へと、無意識に視線を動かしていた。

「お話し中、申し訳ございません。ラーティ様、差し出がましいようですが、ウルスラ様はラーティ様が訪問されるつい数刻前に目覚めたばかりにございます」

 それまで後方で口を閉ざし、控えていたメイドの一人が、おそるおそると発言する。

「目覚めたばかり……姫、貴女はイーグリッドの国王ファルカスの捕虜となっていたところをオフィーリアス卿に助けられたのだろう?」

「……ラーティ様、貴方はいったい何をおっしゃっているのですか?」

 ウルスラが緊張した面持おももちで問う。心なしか、声も震えているように聞こえた。

「戦いの最中に意識を失ったわたくしをここへ連れてきたのは生き残った臣下ではないのですか……? それに──オフィーリアス卿とはいったい誰ですか?」

 話終えると同時にウルスラの首筋に浮き出てきた、氷の色をした紋章が不気味に輝く。彼女は目覚めたのではない。これはきっと目覚めさせられたのだ。

 ウルスラを餌に、その目覚めと引き換えにラーティを城へと呼び寄せた理由など一つしかない。

 真の狙いは──

「ガロンッ! ルーカスを守れッ!!」
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