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第二部

5 花嫁候補

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 ナディル誕生から三週間が過ぎて、ようやく祝杯ムードは治まりを見せた。屋敷はほぼ通常に戻り、ルーカスも静養期間を終えて、今ラーティと共に陛下に呼び出されている。

 日中、屋敷を留守にする二人に代わり、今日はその間のクーペとナディルの子守りをガロンは頼まれた。

 お祝いに来る人の出入りがひっきりなしだったこともあり、ガロンはここのところ屋敷周りの巡回に努めていた。ナディルと会うのは実に二週間ぶりになる。

 妖精の子宮が影響してナディルの成長が早いことは聞いていたが、産まれてまだ三週間しか経っていない赤ちゃんだ。

 いくら成長が早いからといって、産まれて三週間の子供は喋らないものだ。

 たぁた、たぁたたぁた、たたたたたた!

 きゅい? きゅ! きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ!

 とりあえず赤ちゃんズの相手を一人でするのは大変だからと、ガロンだけでなくドリスにも子守りを頼んでくれていたのは助かった。

 だぁだ、たぁたぁにゅ?

 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅきゅいきゅい!

 にゅーにゅ! にゅーにゅにゅーにゅ!

 きゅあ~!!

 屋敷の主の寝室。そこの豪奢ごうしゃなソファーに座り、ガロンとドリスが三時のお茶会を開くその横で繰り広げられる、赤ちゃんズの会話はとどまる所を知らない。

 ガロンは焼き菓子を一枚頬張り、バリバリ音を立てながら、入れたての紅茶で流し込むように飲む。

「──めちゃくちゃ喋ってんじゃねえか」

「そっか、ガロンはまだこれ見てなかったのね」

 ドリスは産後のルーカスの世話を買って出たこともあり、彼女にとっては既に馴染みの光景らしい。

「よくまあ、さっきからだーだーきゅいきゅい。異種族でこうも会話が続くもんだな」

 床にお尻をぺったりとして座る生後一歳くらいのナディルと、その前で同じようにお尻ぺったりのお座りをしているクーペ。

 ナディルが誕生した最初の一週間は、ガロンはルーカスの近辺を警護していたので、クーペがよくナディルの前でお座りして「きゅいきゅい」鳴いているのを見かけてはいた。

 クーペに話し掛けられても、産まれたてのナディルはクーペを見ているか別の方を向いているかで、当然話返さない。

 まるで一方通行の片想い。戻ってこない返事をいつまでも待つクーペが、ちょっぴり可哀想に見えていたのだ。しかしルーカスの話だと、ナディルが生後二週目になったとき、ナディルはクーペを認識したそうだ。

 クーペを見てナディルがたーたー言い出したのを皮切りに、それからたーたーきゅいきゅいしばらく二人でお話しをして意気投合いきとうごう

 以降は一緒にお昼寝したりと、毎日仲良くべったりだそうだ。また、一度話始めたら三十分から一時間は続くらしい。

 ガロンは飽きもせず、小一時間ほど続く二人の会話をソファーに座りながら観察していた。

「なぁドリス、いーたい何を楽しそうに話してるんだろうな。今日のミルクは不味かったとか相談してるのか?」

 ガロンは魔獣使い特有の生き物に対する好奇心にられている。これもさがである。

「何を真面目に分析してるのよ。それにナディル様はもう母乳は飲んでないのよ?」

 ガロンの向かいに座るドリスが呆れたように言い、紅茶を一口頂いた。手前のテーブルにカップを置くと、今度は平皿に盛られた三種類ほどある焼き菓子のうち、どれを食べようか悩んでいるようだ。

 赤ちゃんズの会話の内容には毛ほども興味のないドリスと、目線はナディルとクーペにほぼほぼ向けっぱなしのガロン。

 赤ちゃんズよりも大人の方がよっぽど会話が噛み合わないなと、ガロンが内心苦笑していたら、ナディルが床にコロンとした。

 どうやらおねむのようだ。ドリスが立ち上がり、ナディルをベビーベッドまで運んでいく。──すると、程なくして床に一人残されたクーペが、背中の羽を使いふよふよと辺りを浮遊しだした。

 これは……明らかに母親ルーカスの姿を探している。

 ナディルと喋っている間に母親がいなくなっていたことに、気付いてしまったらしい。

 ナディルに首ったけと思っていたが、クーペのなかの一番はやはりルーカスのようだ。少し成長したように見えたが、まだまだルーカスに甘えたいらしい。

 暫く部屋中をうろうろと浮遊していたが、最後はガロンのところへ行き着いた。

 クーペはガロンの眼前で束の間ふよふよ浮遊し、やがて床に下りた。

 諦めたのかと思ったら、今度はガロンの足元にとことこやってくる。てっきり構ってほしいのかと、他の使役している魔獣へするように、ガロンは頭をでようと手を伸ばす。──と、「お前は頭を撫でるのか?」と半眼で見られた。

 ルーカスの前ではキラキラおめめの赤ちゃんが、ガロンの前では明らかに不機嫌全開の赤ちゃんである。

 ルーカスがいないから、代わりに構ってほしい……訳ではないな。これは多分……

 ──居場所を吐けと圧力を掛けられている。

 以前ルーカスから聞いたことがある。クーペはものすごく首が柔らかいと。

 今にも床に頭がくっつきそうなくらい、クーペは首をかしげて、今度は目を大きく見開きジーっとガロンを見ている。「お前はママの居場所を知っている?」と、ひたすら疑われている。まばたき一つしない。

 試されている……僕の魔獣使いの能力が試されている……

 思えば、最初の出会いからして色々と不味かったのだ。それが未だ尾を引いている。

「──そういえば、陛下は何だって急にルーカスとラーティ様を呼び出しなんてなさったのかしら?」

 もう少しで居場所を吐きそうになっていたガロンは、ナディルをベビーベッドに移し終えて戻ってきたドリスに救われた。

「先日、最果ての国から使者が来たって噂があるから、多分それだろうな」

「え、それって一時代前の英雄ロザリンド・エス・ハーカーの?」

 大陸の末端にある「最果ての国」──エストラザ。

 前回勇者のパーティーで魔法使いの役を担った、史上最強の魔女とも呼ばれるロザリンドが統治する国だ。

「出産の祝辞できたらしいけど、使者は娘のウルスラ様だってさ」

「ねえ、ウルスラ様ってその……ルーカスと顔合わせしていいわけ?」

 ウルスラの名前を聞いた途端、ドリスが胸騒ぎを覚えるような顔をしたのには、もっともな理由がある。

「あー、まあいいわけはないだろうな。ウルスラ様は魔王討伐を果たし凱旋がいせんした勇者の妻となるべく育てられた。ラーティ様の花嫁候補の筆頭で、ルーカスがいなければ本来はラーティ様と結婚する予定だったかもしれない方だ」

「そうよね……」

 ──とはいえ、祝辞をたまわる側が対面を断るのは格好がよくないし、断れなかったんだろ。

 そうガロンが説明すると、ドリスは益々渋い顔をした。
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