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第二部

4 子供の成長

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 二ヶ月前に脱獄したとされる、妖精王の娘を殺した妖精貴族──フォルケ・ディ・レナルド・クラウベルク。

 肩ほどで切り揃えられた白銀はくぎんの髪に、切れ長で黒目の気難しそうな顔立ち。

 フォルケは生粋きっすいの貴族であり、加えて純血を重んじる一派のお堅い両親の元で育った彼は、ルールを遵守することをとする、生真面目で融通が利かない性格に育つ。

 堅物かたぶつそのものであるフォルケは、一方で仲間からの信頼も厚く、文武両道。名家の出で顔も良く、同年代の中では抜きん出た強さと、知力を兼ね備えている。

 お堅いながらもその分とても優秀だった。

 幼少よりまさに妖精貴族そのものを体現する逸材いつざいだったフォルケは、その正統な血筋もあって妖精王の娘ティアーナ・アウレリオ・ラ・ユインブルグのお相手として選ばれる。

 当初、親同士で決めた婚約にフォルケは大人しく従ったものの、妖精王の娘にしては好奇心旺盛でお転婆なティアーナに相当苦労させられていたようだ。

 幼少より仲を深めた二人は成長し、やがて知らない仲どころか、互いを知り尽くしているような間柄となる。

 一見すると正反対の二人だが、フォルケがティアーナを好いていることは明白。二人は当然将来を共にするものと、誰もが思っていた。ティアーナが妖精の国に迷い込んだ人間と出会い、恋に落ちて駆け落ち同然に妖精の国を出て行くまでは……。

 ティアーナの不義の噂は幾度かあった、けれど裏切られるそのときまで、フォルケは彼女を信じていた。

 妖精王の娘に捨てられた。それも相手は人間の男だと不名誉な噂が流れても、フォルケはティアーナがいなくなってからの数年間、必死に彼女を探し続けた。

 ──が、やがて十年の月日が経つ頃になると、パタリとフォルケは捜索を打ち切る。

 誰の縁談も受け付けていなかったフォルケはようやく重い腰を上げ、別のお相手との縁談がまとまった。そのとき──ティアーナを連れた勇者一向が妖精の国を訪れたのだ。

 妖精王がフォルケの縁談が決まったのを機会に、勇者一向に娘の捜索を依頼したのだ。妖精王はフォルケの娘に対する遺恨いこんが多少薄れたものと誤解していた。

 実はその胸の内にあるフォルケの想いは少しも薄れることはなく、新しい相手との縁談が決まったというのも、妖精王に娘を探させるために仕組んだ罠だった。

 そうとは知らずに妖精王の頼みを聞いて、ルーカス達は妖精の国へティアーナを連れて行ってしまった。

 妖精の国から帰る道中、フォルケがティアーナを殺害した後、彼は捕らえられたが、妖精は基本的に殺生を禁止されている。たとえ妖精王の娘の命を奪った相手であっても、それは変わらない。

 フォルケは妖精の国の地下、奥深くに投獄されたと聞いている。

 しかし同族からはフォルケへの同情の声も多くあり、未だフォルケを指示する声がある。

 このときより、妖精王の失脚を望む純血の一派との間で、妖精の国は真っ二つに分かれてしまった。

 当時のルーカス達は魔王討伐のため、ほどなく妖精の国を後にしたが……その後どうなったのかは風の噂程度にしか聞いていない。

 そして、脱獄してから未だフォルケの行方はつかめていないそうだ。

 妖精王からさずかった子宮のことがラーティとの結婚を機に公表され、更にはルーカスのお腹に子供がいることも安定期に入った妊娠六ヶ月に公表された。

 この時期とフォルケが脱獄したタイミングからかんがみるに、十中八九、きっかけはルーカスの妊娠だろう。





 ラーティにフォルケが脱獄した話を聞いてから一ヶ月が経ち。

 屋敷には各国からお祝いの品が届き、訪れる使者に祝辞をたまわる。ひっきりなしに人の出入りがある屋敷は、祝杯ムードにあった。

 出産は安産で、陣痛が始まってから半日ほどでルーカスはナディルを産んだ。

 ルーカスの黒髪にラーティの金髪を中間にとった黄色みを帯びた茶色──黄褐色おうかっしょくのふわふわの髪は、産まれながらにして、くるくるパーマが掛かっている。

 蒼天の瞳を持つ父親よりも数段明るい色合いの青い瞳に、白肌に優しげな面立おもだちの男の子だった。

 産後直ぐ「よくやった」とルーカスをねぎらうラーティの瞳は涙ぐみ、赤子共々ルーカスを抱き締める腕は熱く。疲れにぼんやりしていたルーカスの額や頬に落とされたキスの柔らかさに緊張が解け、安心しきって眠ってしまったルーカスと子供の隣に、彼は一晩中付き添い過ごした。

 ルーカスはラーティに予知夢の話をしたとき、子供の名前までは言わなかった。ベルギリウスから念の為、何か影響があってはならないからと、子供の名前は伏せておくことをすすめられたからだ。

 お陰で予知夢通り、ラーティは子供の名前をナディルと名付けた。

 そしてお兄ちゃんになったクーペは、産まれてからずっと赤ちゃんが眠っているベッドの回りを、ぐるぐる回っている。

 クーペが初めてナディルを見たとき、二足立ちでベッドの中をのぞき込み、キラキラおめめをかつて見たことがないほど最大まで見開いていた。大きなおめめが顔面から零れ落ちそうだ。──と顔面の心配をしていたら「きゅあぁぁぁ~~~~」と初めて聞く声を上げ、大きく口を開けて放心した。

 お兄ちゃんになった喜びで尻尾だけでなく、全身がブルブル震えている。

 やがて、放心が解けるまでのけっこうな時間を、クーペはベビーベッドを覗き込んだ格好で硬直していた。

 硬直が解けた後「何この生き物!? 何これっ!?」っと、隣のベッドで上体を起こし、様子を見守るルーカスをしきりに見返す。

 クーペはずっとナディルがいるベビーベッドの回りをぐるぐるしているか、近くの床で寝ている。ルーカスはベビーベッドの横で寝ているクーペを回収して、一緒に就寝するようになった。

 いつもルーカスにべったりだったのが、今ではナディルに首ったけだ。

 クーペが未来でも良い子なのは予知夢でも聞いていたが……本当に良い子だな……

 そしてルーカスはというと……出産から一週間が経っても、相変わらず夫婦の寝室のベッドの中にいた。

 当面よく休むようにとラーティから言われており、ガロンや使用人達の監視の目もあって、ルーカスはここ一週間ベッドで静養している。

「この子はお前によく似ている」

 直ぐ隣で起立して我が子を腕に抱えあやす夫に、ルーカスはベッドの中にいながら話し掛ける。

「私にですか……? 見た目は全く似ておりませんが……」

 ナディルは二人のちょうど中間といった雰囲気だが、どちらかというとラーティに似ている。

 顔立ちは少し自分に似ているかも? とはチラリと思ったものの、目の色や髪の色、それに全体的な色素の薄さはラーティ寄りだ。

 ラーティ様に似ていると思っていたのだが……

「そのうち分かる」とだけラーティは言って、ふっと小さく笑った。

 とりあえずうつ伏せで眠れる喜びを感じつつ、ラーティも含め全員が祝杯ムードのなか、しかしルーカスは一人浮かない顔をした。

「ラーティ様お気付きだと思いますが、ナディルは……」

「妖精の子宮の影響か成長が早い。あと数日もすれば、食事も変えなければならなくなりそうだな」

「ラーティ様……」

 何でもないことのように淡々と話すラーティに、ルーカスは心配を顔に出す。

 妖精族は子供が産まれても人間のような幼少期間が短い。中身は六、七歳でも見た目はすぐに十七、八歳くらいまで成長する。だから人間のような育児期間はほとんどないのが特長だ。

 我が子が妖精と同じような発育になるのなら、それは全く問題ない。ルーカスが気に掛けているのは別のことだ。

「予知夢の内容はナディルが二歳になる頃と、私は聞いていたのです」

 小さな子供ならまだしも、種族の違う人間の成人した姿からどの位の年齢だと推察するのは難しい。だからベルギリウスは子供を見て年齢を換算し、二年後の未来だと思い込んだ。

 子供の成長が早い、それは予知夢の実現が早く来てしまうことを意味していた。
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