責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

44、婚約祝い

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 リリヤはベッドの上で自分を抱きすくめているオルグレンと、その隣に腰を下ろしてしたり顔の黒の魔女、似ている二人の顔を見比べながら。ふうっと小さくため息を付いた。

「黒の魔女、貴女は相変わらず強引ですね……ですが私とオルグレン様が結婚などできるわけがないこともご存知ぞんぢでしょう? 私は一時期指名手配もされていたオルグレン様の命を奪った悪い魔女なのですよ? 国民もそんな相手に納得する訳がありません。ですから貴女の持つ魔女のミルクでオルグレン様の命を早く……」

「魔女のミルクならもうありませんよ?」

 黒の魔女の即答にリリヤは目を点にした。

「もう、ない……?」

「あると分かってリリヤがオルグレンと結婚しないつもりになられても困るので捨てました」

「捨て、た……」

 何、思い切りのいいことをしてくれるのだ。

「……あ、貴女という人は! 何を考えていらっしゃるのですかっ!!」

 魔女のミルクを断ったオルグレンといい、捨てた黒の魔女といい。似た者親子だと痛感してリリヤは当然怒った。

「オルグレンも承知のうえですよ?」

「オルグレン様!?」

 リリヤを抱き締めたままのオルグレンを勢いよく振り返ると、

「──というのは冗談です」

「は?」

 リリヤは慌てて黒の魔女に向き直った。

「あれは使いました」

「使ったっていったい誰に……? オルグレン様、な訳はないですし……」

「オルグレンに命を魔力媒体にされた魔女が一人いたでしょう?」

「まさか、私?」

左様さよう、こっそり薬湯に混ぜて飲ませておきました。そうでもしないと貴女は短命になっていることにも気付かず野垂れ死にする気がして……」

「野垂れ死に……」

 でも確かに。オルグレンにばかり気を取られていて。オルグレンから命を奪った自分も、オルグレンに命を取られていることを、リリヤはあまり自覚していなかった。
 というよりも魔女は長命故に気にすらしていなかったのだ。少し命が短くなった程度にしか思っていなかったのだが、

「あのときわたくしが魔女のミルクを与えなければ。リリヤはもって十年、もしくは一年ともたなかったかもしれないのですが……貴女は自分のこととなると酷く鈍感ですから。やはり気付いていなかったのですね……」

「……はい」

「ふふっそれともう一つお話ししたいことがあります」

「何でしょうか……」

 黒の魔女が笑うとろくなことが起きない。リリヤの間抜けた声が聞けたことに満足して、黒の魔女は手に一輪、ポンっと花を出した。魔術によって出現した、真っ白な花びらに黄色い花柱の可憐なその花は、サマースキル公国の特産品──フォーリアの花を黒の魔女はリリヤに手渡した。

「祭典の日取ひどりに合わせてこれを大量発注しておきました。ですからこれまでの事は全て、これで清算できますでしょう?」

「ユハナが言っていたフォーリアの花の大量発注……それを貴女が?」

 確かユハナの話では、万は越える数の発注がなされたという話だったが……

「わたくしは世界最強の魔女……リリヤ、わたくしの魔女の真名まなを知っている貴女なら分かるでしょう? この花咲き乱れる祭典の時期はわたくしの力が最大限に発揮される頃合いだと」

 年中季節の変わらないサマースキル公国でも、祭典の時期にはそれに合わせて多種多様な花々を一斉いっせいに開花させることになっている。公国の中でも一番華やぐ時だ。

「母上の真名……」

 オルグレンがつぶやくのを聞いて、リリヤは小さく微笑んだ。
 サマースキル公国の黒の女王ブラッククイーンこと、黒の魔女の真名を知るものはいないと言われている。何故ならその巨大な魔力によって、真名を知る者達の記憶を全て消し去ってしまったからだ。と一説では言われている。

「黒の魔女の真名はフローラ。フローラ・ゲートルーン・レイヴンズクロフト……花の女神の名です」

 息子のオルグレンですら知らないその名をリリヤは口にした。
 黒の魔女の真名はフローラ。花の女神の名を与えられた魔女の魔術発動に使用されるのは──

「貴女の魔力媒体は花でしたね……」

 もらったフォーリアの花を手元でクルクル回して。それから鼻先に近付けて、リリヤはその香りを嗅いだ。

「ではあの大量に用意されたフォーリアの花は全て……」

「貴方達二人の為に用意しました。これはわたくしからの婚約祝いですの」

「フローラ……貴女まさか……!」

「わたくしはこれを使って魔術で人々の記憶を作り替えます。祭典に訪れた各国の国使と観光客……そして公国に住まう全ての民の記憶を操作します。リリヤ、貴女の容疑が晴れるように。十六年前のあれは誤解だったと。そう記憶を作り替えれば事足りるはず」

「母上は祭典に訪れる全ての人と公国の民の記憶を偽の記憶へすり替えるおつもりなのですか!?」

 驚きにオルグレンが声を上げるのを横目に、黒の魔女は得意気に鼻を鳴らした。

「ふふっ記憶を作り替えることくらい造作ぞうさもないことなのです。大切なのは事実ではないのですよ? たとえ偽りの記憶であったとしても、記憶があれば人はそれを真実だと思い込む。細かな経緯けいいなど、どうとでもなるのですよ。ああ、もう少し補足すると花の祭典の開幕と当時に貴方達の婚約を発表する手配もできておりましてよ?」

「も、もしかして、フローラはレティの件にも何か関係しているのではありませんか?」

「始まりの挨拶は昨年の優勝者がすると決まっているのはリリヤも知っているわよね?」

「えぇ、毎年恒例の大会開催前に行われる前回優勝者の祝辞ですよね」

「レティーツィアは前回の優勝者ですから今年も祝辞を述べて頂くことになっているのだけれど。そのときに貴方達の婚約を発表してもらうことをお話ししたら快く貴女を差し出すことを承諾しょうだくしてくれたのですよ。といっても大切な友人のためとはいえ、貴女を民衆の前に突き出すことにはかなりの抵抗があったようだけれど……可哀想に終わったあと王城に来たときは顔を真っ青にしていたわ……」

 レティーツィアはこれまでにも、何度も優勝したことのある祭典の常連だ。黒の魔女とは以前より面識めんしきがある。
 いつからたくらんでいたのかは定かではないが、指名手配犯で追われる身のリリヤの将来をうれいて、レティーツィアはリリヤを差し出すことを選択した。
 
 つまり、黒の魔女は随分と前からこうすることを計画していた。というわけだ。

「オルグレン様……」

「一応先に言っておくが俺は何も知らされていない」

 思わず声を掛けてしまった。
 オルグレンがリリヤを探し出したのだとばかり思っていたが。レティーツィアにリリヤの居場所を教えるよう仕向けたのは黒の魔女だった。

「だが、薄々はそうではないかと思っていた」

「えっ」

「といっても彼女に通報される前から、俺は貴女がいる場所を知っていた」

「は……?」

「貴女は毎年、祭典の時期になるとお忍びで来ていたのだろう?」

「ど、どうしてそれを……」

「幼い頃、母上が教えてくれた。白の魔女はきっと祭典の時期になると公国を訪れると。だから俺は祭典の時期になると貴女を探して町中をうろつくようになった」

 そう言われて、以前にオルグレンがお忍び慣れているのを指摘したことをリリヤは思い出した。オルグレンがお忍び慣れしているのはリリヤを探していたからだなんて。いったいこれは何の罠なのか。
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