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本編
26、恋い焦がれるように
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「邪念……え? オルグレン様が私にですか?」
ビックリして思わず座っていた丸椅子ごと倒れそうになった。
目をぱちくりさせたリリヤの反応に。ベッドで横になっているオルグレンが、拗ねたようにそっぽを向いた。
「貴女にそういう感情を抱いてはいけないのか?」
「ですがオルグレン様は以前にも私に触れてきたではありませんか……」
すると、オルグレンが反論するため逸らしていた顔を戻した。
「あのとき貴女の唇を奪ったのは咄嗟だったからだ。そうでもしなければ貴女は魔力を使い果たしていた。それに、貴女を思う感情に嘘はないと証明するためならと。出会ったばかりで邪念を抱いている余裕もなかったからな」
「な、な……」
リリヤがあからさまに戸惑うのを確かめると、オルグレンは一人納得したようにクスリと笑った。
(何だかものすごく手慣れてるというか自然体というか……というよりも……私が完全に子供扱いされてるだけなのかしら……)
何とも思っていない相手にキスしたり。
抱き締めたり。
仮の婚約者にしたり。
事情があるとはいえ、こんな軽々しく触れることができるなんて。そうして自然に感情を表現できるのは。自己肯定感の強い。とても恵まれた環境で愛されて育った人間の特長だ。
息するように愛情や信愛を伝える行為は、リリヤにはとても難しいことだった。
(きっと私が命を奪ったから……だから仕方なくなんだわ……)
でなければ説明がつかない。
それに、こういうことはよくあることなのだろう。命が関わる分、扱いが慎重になっているだけで。
男女の色恋沙汰に縁のないリリヤと違って。オルグレンなら若いのに経験豊富そうだ。きっとリリヤのことなど人生における軽い障害、躓いた石ころ程度にしか思っていないにきまっている。
「逆に貴女が俺をどう思っているのか知りたいところだが…………やはり答えてはくれないようだからな」
途端、ぎくりと身を固くしたリリヤの反応に苦笑して、オルグレンは軽く息を付くと。改まった口調で穏やかに告げてきた。
「幼い頃はただ訳も分からず貴女に会いたいと。ずっと思っていた」
「それでは会ってさぞかし失望したでしょうね……」
「失望……?」
何故? とオルグレンが首を傾げた。
「だって……」
「恋い焦がれるように貴女に会いたいと願っていたというのに?」
「恋ですか?」
他人事のように呟いて。何の冗談だと言い切る前に。オルグレンがリリヤの長いプラチナブロンドの髪を指に絡めて軽く引っ張った。
「オルグレン様……?」
リリヤの髪を愛でるオルグレンの仕草が、じゃれつく子猫のように見えた。
「あ……だからかしら。私がオルグレン様とこうして間近で話をしていても嫌だと思わないのは」
「何の話だ?」
「オルグレン様が子供だから私はオルグレン様に触れても嫌な気持ちにならないのかもと思って」
正確に読めたり読めなかったり。正直、オルグレンの感情はよく分からない。
「オルグレン様って大人びてるけど、やっぱり子供だから純粋なのかしら……」
リリヤが不思議と目を瞬かせていたら。オルグレンが徐に上半身を起こした。
「駄目ですっ! まだ起きあがらな……ぃ……っ!」
おでことおでこがくっつきそうなくらい近くまで顔を寄せて、オルグレンがリリヤの赤い瞳を覗いてきた。
「あ、あの…………」
互いの唇が触れ合いそうな距離感で髪を掴まれていては。逃げたくても逃げられない。
「子供に見られたくらいで貴女は赤くなるのか?」
「……もしかしてオルグレン様怒っていらっしゃいますか?」
「どうしてもというのなら。以前にも触れたように唇になら触れてもいい。俺は貴女にとっては子供のようだから平気だろう? お休みのキスと同じだと思えばいい」
「すればオルグレン様は大人しく寝てくださるのでしょうか?」
診察できてその上、手間もかからず眠りについてくれるなら……まあいいかも。などと安易な考えが一瞬過った。
「まさか……本気で言っていないだろうな?」
「…………」
やっぱりダメかとリリヤが残念そうにしていたら。何故だかオルグレンが凄く落ち込んだように見えた。
「あの、診療ですし。以前にも手袋越しに触れたとき。オルグレン様が安全なのは分かっていますから。だからその、他の人よりは平気かなと思っただけで……」
「……安全?」
オルグレンの行動は素早かった。言うなり、オルグレンは自身が横たわるベッドの上にリリヤを軽々と放り投げた。
「きゃあっ!?」
リリヤの重みで軋むベッドの音が静かな牢獄に響き渡る。
いったいどうやったのか、あまりにも早すぎて把握できなかった。
ひっくり返った小動物のように驚きに大きく目を開いて。リリヤはベッドの上で放心して動けなくなっていた。
「謝罪なら受け入れよう」
にこやかに笑っているオルグレンの声は低い。
リリヤの上に覆い被さるオルグレンの影にすっぽりと体を包まれて。リリヤは見下ろしてくるオルグレンを茫然と見つめ返していた。
ビックリして思わず座っていた丸椅子ごと倒れそうになった。
目をぱちくりさせたリリヤの反応に。ベッドで横になっているオルグレンが、拗ねたようにそっぽを向いた。
「貴女にそういう感情を抱いてはいけないのか?」
「ですがオルグレン様は以前にも私に触れてきたではありませんか……」
すると、オルグレンが反論するため逸らしていた顔を戻した。
「あのとき貴女の唇を奪ったのは咄嗟だったからだ。そうでもしなければ貴女は魔力を使い果たしていた。それに、貴女を思う感情に嘘はないと証明するためならと。出会ったばかりで邪念を抱いている余裕もなかったからな」
「な、な……」
リリヤがあからさまに戸惑うのを確かめると、オルグレンは一人納得したようにクスリと笑った。
(何だかものすごく手慣れてるというか自然体というか……というよりも……私が完全に子供扱いされてるだけなのかしら……)
何とも思っていない相手にキスしたり。
抱き締めたり。
仮の婚約者にしたり。
事情があるとはいえ、こんな軽々しく触れることができるなんて。そうして自然に感情を表現できるのは。自己肯定感の強い。とても恵まれた環境で愛されて育った人間の特長だ。
息するように愛情や信愛を伝える行為は、リリヤにはとても難しいことだった。
(きっと私が命を奪ったから……だから仕方なくなんだわ……)
でなければ説明がつかない。
それに、こういうことはよくあることなのだろう。命が関わる分、扱いが慎重になっているだけで。
男女の色恋沙汰に縁のないリリヤと違って。オルグレンなら若いのに経験豊富そうだ。きっとリリヤのことなど人生における軽い障害、躓いた石ころ程度にしか思っていないにきまっている。
「逆に貴女が俺をどう思っているのか知りたいところだが…………やはり答えてはくれないようだからな」
途端、ぎくりと身を固くしたリリヤの反応に苦笑して、オルグレンは軽く息を付くと。改まった口調で穏やかに告げてきた。
「幼い頃はただ訳も分からず貴女に会いたいと。ずっと思っていた」
「それでは会ってさぞかし失望したでしょうね……」
「失望……?」
何故? とオルグレンが首を傾げた。
「だって……」
「恋い焦がれるように貴女に会いたいと願っていたというのに?」
「恋ですか?」
他人事のように呟いて。何の冗談だと言い切る前に。オルグレンがリリヤの長いプラチナブロンドの髪を指に絡めて軽く引っ張った。
「オルグレン様……?」
リリヤの髪を愛でるオルグレンの仕草が、じゃれつく子猫のように見えた。
「あ……だからかしら。私がオルグレン様とこうして間近で話をしていても嫌だと思わないのは」
「何の話だ?」
「オルグレン様が子供だから私はオルグレン様に触れても嫌な気持ちにならないのかもと思って」
正確に読めたり読めなかったり。正直、オルグレンの感情はよく分からない。
「オルグレン様って大人びてるけど、やっぱり子供だから純粋なのかしら……」
リリヤが不思議と目を瞬かせていたら。オルグレンが徐に上半身を起こした。
「駄目ですっ! まだ起きあがらな……ぃ……っ!」
おでことおでこがくっつきそうなくらい近くまで顔を寄せて、オルグレンがリリヤの赤い瞳を覗いてきた。
「あ、あの…………」
互いの唇が触れ合いそうな距離感で髪を掴まれていては。逃げたくても逃げられない。
「子供に見られたくらいで貴女は赤くなるのか?」
「……もしかしてオルグレン様怒っていらっしゃいますか?」
「どうしてもというのなら。以前にも触れたように唇になら触れてもいい。俺は貴女にとっては子供のようだから平気だろう? お休みのキスと同じだと思えばいい」
「すればオルグレン様は大人しく寝てくださるのでしょうか?」
診察できてその上、手間もかからず眠りについてくれるなら……まあいいかも。などと安易な考えが一瞬過った。
「まさか……本気で言っていないだろうな?」
「…………」
やっぱりダメかとリリヤが残念そうにしていたら。何故だかオルグレンが凄く落ち込んだように見えた。
「あの、診療ですし。以前にも手袋越しに触れたとき。オルグレン様が安全なのは分かっていますから。だからその、他の人よりは平気かなと思っただけで……」
「……安全?」
オルグレンの行動は素早かった。言うなり、オルグレンは自身が横たわるベッドの上にリリヤを軽々と放り投げた。
「きゃあっ!?」
リリヤの重みで軋むベッドの音が静かな牢獄に響き渡る。
いったいどうやったのか、あまりにも早すぎて把握できなかった。
ひっくり返った小動物のように驚きに大きく目を開いて。リリヤはベッドの上で放心して動けなくなっていた。
「謝罪なら受け入れよう」
にこやかに笑っているオルグレンの声は低い。
リリヤの上に覆い被さるオルグレンの影にすっぽりと体を包まれて。リリヤは見下ろしてくるオルグレンを茫然と見つめ返していた。
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