責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

22、お説教は花園で

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 王城には枯れることのない花園はなぞのがあると言われている。一面に美しい花々が咲き乱れ、季節の変わり目も、うつろいも感じさせない。
 刹那的な時が止まったような世界。

 そんな場所でオルグレンと二人きり。
 普通の恋人同士なら愛の一つも語らうところだが……その庭園でリリヤは目下もっかしぼられていた。

「確かに条件をんだ貴女には免罪符付きの自由を約束した。だがそれはこのような騒動を引き起こしてよいという意味ではない」

「はい、申し訳ございません」 

 王城の庭園に連れて来られてからずっと。沈痛な面持おももちで花畑の中を正座しているリリヤを前に。オルグレンは居間のソファーにでも腰掛けているように片膝を立てて悠然ゆうぜんと座っている。

(この子、こんなに喋る子だったかしら……?)

 ここに来てからも。問題に遭遇そうぐうしていたリリヤを助けたオルグレンが口にするのはお小言ばかり。
 お説教中のオルグレンに見つからないように、リリヤはそろそろとしびれてきた足を伸ばした。

「……リリヤ」

「はい!」 

 お行儀が悪いと注意されるのではと。リリヤは反射的にきちんと正座し直して背筋をピンと伸ばした。
 オルグレンは普段からリリヤのことを名前で呼ばない。呼ぶのは今のように本当に話を聞いてほしいときか。よっぽどのことがあったときだけだ。

「何故黙って城を出た? ぐに見つかるのは分かっていたはずだが」

「え? ……ちょっとお散歩に…………」

 子供の癖にオルグレンのとがめるような眼差まなざしは、下手な大人よりも妙に迫力がある。
 
(こ、この子やっぱり怖い)

 リリヤは百歳以上も年下の少年相手に完全に逃げ腰だった。

「申し訳ございません。嘘をつきました」

 謝罪の言葉に反してリリヤが少しも反省していないのを。オルグレンはもちろん知っている。

「ですが魔力封じの指輪を付けられている身では大がかりな魔術は使えませんから。魔術を使用して誰かを傷付けるようなことは不可能かと思われます」

 そう、この指輪。婚約指輪の他にも別の機能を持っている。白の魔女を何の制約もなしに、オルグレンが自由にするはずがなかった。

「そういうことを言っているのではない」

「今使える初歩的な魔術ではせいぜい花を咲かせるくらいが関の山ですし……」

 手近なつぼみをポンッと一輪咲かせて見せる。リリヤが咲かせた花をオルグレンに差し出すと、

「…………貴女が傷付けられても魔力を使えない状況だと分かっているのか?」

 差し出された花を渋々と受け取ってはくれたものの。オルグレンの眉間みけんの皺はいっこうに解消されない。

「そのときは癒しの魔力を使って治します。もちろん指輪を外す許可を頂ければですけれど」

 癒しの魔力は高位魔術だ。初歩的なものしか使えないよう魔力を抑えられている現状では。とても扱えるものではない。

「少しは自分の身を案じてほしいのだが……」

「そういえば。オルグレン様は此度こたびの祭典の警備を担当されるとお聞きしましたが」

「…………」

 話を急にずらされて。オルグレンはリリヤの誤魔化ごまかしに嘆息たんそくすると、

「謝罪するのはいい。だが、貴女の逃亡癖にはいささか問題があるようだ」

 根が真面目なオルグレンはいつだって返す言葉は紳士だ。荒事を好まない品のある雰囲気も美しい容貌によくあっている。

 しかし、その女のように綺麗な顔で怒られると絵になりすぎて怖いのだ。不機嫌ならまだいいが。それでもその迫力にされて、リリヤはいつも上手く話せなくなってしまう。

「申し訳ございません……もうしま、……」

 数えきれないほどの謝罪の後に、続ける予定だった言葉をリリヤは引っ込めた。

「しない、とは言わないんだな……」

「……はい」

 不味い。
 やっぱりちょっと怒らせたのかもしれない。
 オルグレンのけんのある物言いに、リリヤはたじろいだ。

 そうして胸中ではオルグレンの顔色をうかがいながらも。リリヤは凜然りんぜんと口元を引き締めて顎を上げる。
 必死に気を張り、撤回はしない意思を貫くと。やがてオルグレンが諦めたように少しだけ真剣な表情を緩めた。

「前にも言ったがあまり心配をさせないでくれ」

「そんなに心配なさらなくても大丈夫で……申し訳ございません。以後気を付けるように致します」

 年下の少年に謝るリリヤは三百年以上の時を生きる魔女である。
 だが、悲しいことに。地下牢生活が始まってからのここ数週間で、その年齢差による立場は完全に逆転してしまっていた。
 リリヤがその可憐な唇からため息を漏らすと、

「──お二人ともそろそろよろしいですか?」

 花の庭園で二人の世界にどっぷりかりながらも、その内容はお説教に謝罪の応酬おうしゅう
 色気の欠片もない二人の会話に呆れたキエロに声をかけられて。リリヤとオルグレンはそろってキョトンとした顔でキエロを振り返り。またキエロに呆れられてしまう。

「もしかして、先程のボヤ騒ぎはキエロさんの裁断さいだんですか?」

 オルグレンと同じく。一介いっかいの町人にふんした格好で現れたキエロからは、少し焦げ臭い匂いがした。

「お二人の様子を確認するだけの予定が。まさか騒ぎまで演じることになるとは思ってもみませんでしたよ」

「キエロご苦労だった。──それでは行くか」

 従者をねぎらい。オルグレンが腰を上げた。それに続いてリリヤも立ち上がろうとして──

「……申し訳ございません」

「どうした?」

「足がしびれて立てません」

「…………」

 オルグレンのお説教は、三百歳を越える魔女には少々長すぎたようだ。
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