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本編
16、世迷い言を貫くには④
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キエロが動く度に聞こえてくる、鎧の継ぎ目が擦れる高い金属音。心地よく耳に馴染んだそれを、鈴の音を聞くように流しながら口にした薬湯は。鎮静効果のあるサマースキル公国の特産品、フォーリアの花が調合されていて。甘酸っぱい野苺の酸味に、蒸留酒をほんの少し加えた薬湯の芳醇な香りが、程よくオルグレンの心を和らげる。
「あまり無茶はなさらないでください。白の魔女が魔力を解放したときはこちらの心臓が止まるかと思いました」
徐にオルグレンは自身の胸元に手を当てた。
「キエロお前……冗談が過ぎるぞ」
オルグレンが呆れたように眉根を寄せる。
「申し訳ありません。ですが事実です。女王陛下より魔道具を賜ったとはいえ。オルグレン様は白の魔女に命の一部を奪われた影響で心臓を患っていらっしゃるのですから」
「それにしてもお前はよく止めに入らなかったな」
「邪魔したら貴方は怒るでしょう。それにお話中は随分と楽しそうでしたから」
「まあな」
オルグレンはキエロの寄越した返答を適当にやり過ごす。
公にはされていないが。心臓を押さえる主人の神妙な面持ちに、キエロが近づくのをオルグレンは片手を上げて止めた。
恋愛事にはまるっきり興味を示さないのに、主人の健康面には反応する従者に。オルグレンは不敵に笑って見せた。
「大丈夫だ。このくらい何ともない。彼女に命を奪われたとき、ということはほとんど生まれたときからこうだからな。慣れている。それに彼女の傍にいたせいか調子はいい」
「……ならよいのですが」
「長年会えなかった彼女にやっと会えたのだから多少の無理くらいはするさ。それに彼女のことは幼い頃からずっと……母上から常日頃言い含められていた」
「というと?」
「白の魔女がどのような人物かは自身の目で見て考えろと。その末の決断ならば母上はどのようなことでも受け入れる。そうおっしゃっていた」
言われた通りにそうして。魔女の怒りに触れたとき、オルグレンはリリヤの怒りを興味深く観察していた。自身をみくびるなと憤怒したその赤い瞳が、怒りによって本当に燃えているように見えたのだ。
(平時は赤い木の実のように落ち着いた色合いをしているのに……怒ると宝石のように輝くんだな)
面白い。そう、オルグレンは思った。
公子に対する不躾な態度、物言い。女達から羨望の眼差しで魅入られることはあっても、敵意を露に真正面からやり合おうなどど。オルグレンは今の今まで。そのような不敬を女性から受けたことなど一度もなかった。
一国の公子を相手に普通なら許されない行いの数々。しかし、何故だか少しもリリヤへの失望を抱くことはなく。漠然としたリリヤへの興味に血が騒ぐ。
「噂ではなく直接確かめろとはまた……白の魔女に許していないと言ったのはそのためですか」
「許せばあの人はその強大な魔力を使って自由にどこへなりと行ってしまいそうだからな」
オルグレンはリリヤがそれを言われたら逃げ出せなくなる──束縛する言葉を、あの場であえて選んだのだ。
リリヤの情に脆い心理を見抜いて逆手にとり。憎んではいないが許してもいないと。そう言ってリリヤの心を縛った。
これ以上、オルグレンから逃れようとすることがないように。
「それほど気になるのでしたら花の一つでも送ってはいかがですか?」
「牢獄に花だと?」
それほど場にそぐわない贈り物もあるまい。
条件を呑んだリリヤに、別室を用意すると言っても断り。リリヤは自ら進んで牢獄にいることを選んだ。魔力を使い果たして疲れきっていたリリヤは、オルグレンが去った後すぐに眠ってしまったと報告は受けている。
「条件を呑んだ彼女には免罪符付きの自由を約束した」
「一時的な処置ですか」
「延命の方法を探すためにはある程度の行動範囲を解放しなければならない。無論、監視付きではあるが……白の魔女をよく思わない者達は多い。自由といっても下手に城下町を出歩くほど彼女も無謀ではないだろう」
どうあってもオルグレンを拒絶するリリヤの反応を苦々しく感じながら。これが互いに了承できる最大の妥協点だった。
「……いずれは何らかの形で彼女を傍に置こうとは思っていたが。まさか牢獄とはな」
「傍に? 白の魔女をですか?」
「自分の命を所有する彼女を傍に置くのは何ら矛盾したことではないだろう?」
なるほど、そういうことかとキエロが頷くと、
「それともう一つ、彼女にあまり無礼な口を利くな」
オルグレンが初回の大通りでの詰問のことを言っているのだと気付いて。キエロは素知らぬ顔で手元のティーカップをテーブルに戻した。
「それは状況によりますね」
従者の離反にオルグレンは軽く息を付き、面を上げた。
「──もう一度言う。白の魔女は俺のモノだ。彼女に関する全ての行いは俺への忠義と同一とみなす。それをよく留意して判断しろと言っている」
命を奪われたオルグレンにはその権利がある。何故ならそれを握るリリヤこそがオルグレンの命そのものだからだ。
(十六でこれとは……)
怒りさえ含んだ紫暗の瞳──強い意思を瞳に宿す主の命に。キエロは愛想の欠片もない、けれど絶対の服従を誓った騎士のように簡潔に答えた。
「……殿下の御心のままに」
「あまり無茶はなさらないでください。白の魔女が魔力を解放したときはこちらの心臓が止まるかと思いました」
徐にオルグレンは自身の胸元に手を当てた。
「キエロお前……冗談が過ぎるぞ」
オルグレンが呆れたように眉根を寄せる。
「申し訳ありません。ですが事実です。女王陛下より魔道具を賜ったとはいえ。オルグレン様は白の魔女に命の一部を奪われた影響で心臓を患っていらっしゃるのですから」
「それにしてもお前はよく止めに入らなかったな」
「邪魔したら貴方は怒るでしょう。それにお話中は随分と楽しそうでしたから」
「まあな」
オルグレンはキエロの寄越した返答を適当にやり過ごす。
公にはされていないが。心臓を押さえる主人の神妙な面持ちに、キエロが近づくのをオルグレンは片手を上げて止めた。
恋愛事にはまるっきり興味を示さないのに、主人の健康面には反応する従者に。オルグレンは不敵に笑って見せた。
「大丈夫だ。このくらい何ともない。彼女に命を奪われたとき、ということはほとんど生まれたときからこうだからな。慣れている。それに彼女の傍にいたせいか調子はいい」
「……ならよいのですが」
「長年会えなかった彼女にやっと会えたのだから多少の無理くらいはするさ。それに彼女のことは幼い頃からずっと……母上から常日頃言い含められていた」
「というと?」
「白の魔女がどのような人物かは自身の目で見て考えろと。その末の決断ならば母上はどのようなことでも受け入れる。そうおっしゃっていた」
言われた通りにそうして。魔女の怒りに触れたとき、オルグレンはリリヤの怒りを興味深く観察していた。自身をみくびるなと憤怒したその赤い瞳が、怒りによって本当に燃えているように見えたのだ。
(平時は赤い木の実のように落ち着いた色合いをしているのに……怒ると宝石のように輝くんだな)
面白い。そう、オルグレンは思った。
公子に対する不躾な態度、物言い。女達から羨望の眼差しで魅入られることはあっても、敵意を露に真正面からやり合おうなどど。オルグレンは今の今まで。そのような不敬を女性から受けたことなど一度もなかった。
一国の公子を相手に普通なら許されない行いの数々。しかし、何故だか少しもリリヤへの失望を抱くことはなく。漠然としたリリヤへの興味に血が騒ぐ。
「噂ではなく直接確かめろとはまた……白の魔女に許していないと言ったのはそのためですか」
「許せばあの人はその強大な魔力を使って自由にどこへなりと行ってしまいそうだからな」
オルグレンはリリヤがそれを言われたら逃げ出せなくなる──束縛する言葉を、あの場であえて選んだのだ。
リリヤの情に脆い心理を見抜いて逆手にとり。憎んではいないが許してもいないと。そう言ってリリヤの心を縛った。
これ以上、オルグレンから逃れようとすることがないように。
「それほど気になるのでしたら花の一つでも送ってはいかがですか?」
「牢獄に花だと?」
それほど場にそぐわない贈り物もあるまい。
条件を呑んだリリヤに、別室を用意すると言っても断り。リリヤは自ら進んで牢獄にいることを選んだ。魔力を使い果たして疲れきっていたリリヤは、オルグレンが去った後すぐに眠ってしまったと報告は受けている。
「条件を呑んだ彼女には免罪符付きの自由を約束した」
「一時的な処置ですか」
「延命の方法を探すためにはある程度の行動範囲を解放しなければならない。無論、監視付きではあるが……白の魔女をよく思わない者達は多い。自由といっても下手に城下町を出歩くほど彼女も無謀ではないだろう」
どうあってもオルグレンを拒絶するリリヤの反応を苦々しく感じながら。これが互いに了承できる最大の妥協点だった。
「……いずれは何らかの形で彼女を傍に置こうとは思っていたが。まさか牢獄とはな」
「傍に? 白の魔女をですか?」
「自分の命を所有する彼女を傍に置くのは何ら矛盾したことではないだろう?」
なるほど、そういうことかとキエロが頷くと、
「それともう一つ、彼女にあまり無礼な口を利くな」
オルグレンが初回の大通りでの詰問のことを言っているのだと気付いて。キエロは素知らぬ顔で手元のティーカップをテーブルに戻した。
「それは状況によりますね」
従者の離反にオルグレンは軽く息を付き、面を上げた。
「──もう一度言う。白の魔女は俺のモノだ。彼女に関する全ての行いは俺への忠義と同一とみなす。それをよく留意して判断しろと言っている」
命を奪われたオルグレンにはその権利がある。何故ならそれを握るリリヤこそがオルグレンの命そのものだからだ。
(十六でこれとは……)
怒りさえ含んだ紫暗の瞳──強い意思を瞳に宿す主の命に。キエロは愛想の欠片もない、けれど絶対の服従を誓った騎士のように簡潔に答えた。
「……殿下の御心のままに」
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