責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

14、世迷い言を貫くには②

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「ですのでどうぞ、もうご自分の部屋にお戻り下さい」

「貴女は自分が何を言っているのか。分かっているのか?」

 再三さいさんに渡るリリヤからの謝絶しゃぜつ。自ら極刑を望むなど、正気の沙汰さたではないと。オルグレンはリリヤを抱き締める腕を強くした。

「逃亡したのは事実ですが。元よりこうなった事態の責任は後々ちゃんと取るつもりでおりましたので」

 これで話は終わりだと。静かに笑ってリリヤは目蓋まぶたを閉じた。

「……もう一度聞く。貴女は本気でそのような世迷い言を貫くつもりなのか?」

「はい、ですので私からは……これ以上オルグレン様にお話しすることは何もありません」

 リリヤからの最大級の拒絶に、オルグレンはリリヤからゆっくりと体を離すと。後方のベッドにリリヤを座らせた。
 ようやく腕の中から解放されたリリヤをベッドに残して。そうして自ら距離をとり。薄墨色うすずみいろの岩の壁を背に、考え込むように腕を組んだオルグレンの退場を、リリヤは待っていたのだが、

「即断は愚行ぐこうを招く。きっと後悔すると思うんだが……」

「私はけして後悔など致しません」

 昔は体が大人になれば心も自然と大人になる。そう思っていた。けれど現実は違う。三百歳を越える魔女でも、心は十代の時期から止まったまま、体だけが大人になるようだ。
 素直になれない。ひねくれた言い方しかできない自分の子供っぽさに辟易へきえきしながら。リリヤはなおも平静を装った。

「どうやら貴女はよほど命知らずと見える」

 鉄格子の合間をって入り込んだ、青白い夜光が照らすゴツゴツした岩の壁──オルグレンが寄りかかっているその手前の空間を、拡散した反射光の小さな光の粒子が、繊細な輝きを放ちながら消えていく。
 肌寒く湿った空気が漂う静まり返った牢獄で、一瞬だけ見えたオルグレンの素の表情に背筋が凍りつく。
 静寂のなか、紫暗しあんの瞳に強い光が走るのをリリヤは見た。あれは獲物を狙う狩人の目ではない。野生の闘志を内に秘めた肉食獣の目だ。

「……分かった。他に先程の選択肢以外の方法があるというのなら聞こう」

 第三の選択肢をオルグレンが許した。リリヤの拒絶に折れたオルグレンの妥協案に便乗びんじょうしない手はなかった。

「お話頂いた手段以外のやり方で延命できる方法を探します。幸い幾つか心当たりがありますので。もしそれができなかったときはとうぞご自由に……先刻申し上げた通り私のことは煮るなり焼くなりお好きになさって下さい」

「それが叶わなかったときは、処刑しろと?」

「はい」

「それでは貴女の中にある俺の命の一部も。貴女と心中しんじゅうすることになるのだが……」

「…………」

「さて、どう責任をとるつもりなのか」

「それは……」

 クスクス笑って楽しそうにしながらも。オルグレンは追撃の手を緩めない。痛いところを突かれて後がないリリヤを甚振いたぶるように。オルグレンは更にとどめとばかりに言葉を重ねた。

「諦めた方がいい。貴女では俺に敵わない」

「っ!」

 考えが甘かった。
 狂気に溺れ、研究に人生を捧げた狂人学者マッドサイエンティストならいざ知らず。まさか、この公族のかがみのような正統派公子様が、命にここまでの執着しゅうちゃくを示すとは思いもよらなかったのだ。

 極少数ではあるが、延命させる為の魔道具アミュレットや万能薬のたぐいなら、世界各地に有名どころが散らばっている。
 といってもどれも伝説級の至宝しほうであり。一介いっかいの人間には手に入れるどころか、拝むことすら許されない代物しろものだが。世界最強の魔女の息子で、一国の公子ともなれば話は別だ。
 魔術の世界に精通している黒の魔女が母親なのだから。拒み続け、そうして逃げ続けていれば。いずれは諦めて代用品を探しだす。そう思っていたのに……

「それで、貴女はどう責任をとるつもりなのか教えて頂けるだろうか?」

 リリヤに奪われたものを、何がなんでも取り戻すつもりなのだ。

(ちょ、挑発されてる……っ!?)

 それも、ここまで分かりやすいものはないだろうというほどの。つまりオルグレンは明らかに怒っていた──にもかかわらず、まるで穏やかな波一つ立っていない、の水面を眺めているような感覚に。リリヤはゴクリと唾を飲む。

「どうやら三百年の月日はよほど幸運だったとみえる。貴女は俺を子供だと思っているようだが。大人の貴女ができる責任の取り方とやらをどう示してくれるのか興味はあるな」

 つかみ所のないオルグレンにまたしても近い敗北を予期して。極限まで追い詰められていたリリヤは。しかし、オルグレンの思惑おもわくからは随分とかけ離れた、的外れなことを言った。

「そのときは……延命のためだけの道具として私を使って頂いて構いません。事が済み次第、私のことは忘れて下さい。後のことは必要に応じて処理なさればよろしいかと。私は一向いっこうに気にしませんので」

「っ……!」

 売り言葉に買い言葉で。リリヤの申し出を耳にしたオルグレンの紫暗しあんの瞳が驚愕きょうがくに見開かれた。
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