責任とって婿にします!

薄影メガネ

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本編

41、愛ゆえに

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 もし、オルグレンの治める領地に送ることを提案されていたらリリヤは泣いて怒っただろうか。暫くしてから王都へ帰還させるように手配もするつもりだったが。それは結局できなかった。否、オルグレンはリリヤを手放すことなどとてもできなかったのだ。

「──失礼致します……殿下、リリヤ様」

「ヒルダかどうした?」

 改まった様子で部屋に入ってきたヒルダに続いて入室してきた人物に、リリヤがハッと息を呑むのを腕の中に感じて。オルグレンはリリヤを守るようにグイッとその体を自らの後方へ押しやった。

「女王陛下のお見えです」

 ──黒い髪に黒い瞳、黒衣に身を包んだ美しい女性。彼女はオルグレンによく似ていた。いや、オルグレンが似ているというべきなのだろうか。歩く度にドレスの長いすそが優美に舞い。彼女の手にした杖が大理石の床にコツンと当たる音を聞くだけで身が締まる。
 後に控える使用人共々オルグレンの部屋に入ってきた人物は、リリヤとオルグレンがいるベッドの前までくるとにこやかに微笑んだ。

「久しぶりね。リリヤ」

 あでやかな美女──女王という花の出現に気後れするリリヤに、黒の魔女は黒曜石のような漆黒の美しい瞳を向けて。楽しそうにリリヤとオルグレンとを見比べている。

「黒の魔女……お久しぶりです」

 リリヤがそう答えるなり。オルグレンが更にリリヤをかばうように自らの背中に隠すのを見て、その仲睦なかむつまじい様子に黒の魔女は再度微笑んだ。

「大丈夫よ。オルグレン、貴女の大切な人に危害を加えるようなことはしないわ」

「……母上自ら足を運ばれるとはいったいどのような要件ですか? お呼び下さればいつでも王座にうかがうよう手配しましたものを」

 オルグレンの牽制けんせいに黒の魔女がフフっと笑った。

「そうですね。でもそれではいつまでっても白の魔女はわたくしの元へは訪れない……そうでしょう? リリヤ」

 黒の魔女の問いかけに、オルグレンの背中に身をひそめていたリリヤが、小さくため息をついた。

「……黒の魔女、いえ、女王陛下。貴女は私との約束を反故ほごにしましたね?」

 観念したように口を開いてオルグレンの背中から顔を出したリリヤに黒の魔女は飄々ひょうひょうと答えた。

「わたくしは貴女との約束を破ったつもりはないのだけれど」

「嘘です。現に私はここにいる。貴女が私を追わないという約束を守っていれば私は捕らわれることもなかったはずです」

「あら、誤解があるようね。それはその子が勝手にやったこと。わたくしからは貴女を捕らえるようにとの命令は一切下していないわ」

「でもそうなるように仕向けたのは……オルグレン様を育てたのは貴女でしょう」

「だとしても。わたくしはこの件に直接手を出してはいない」

 そうして目前で行われる母親と婚約者のやり取りに、とうとうオルグレンが口をはさんだ。

「母上もリリヤもいったい何の話しをしているのですか?」

 オルグレンからの問いかけに、一瞬、リリヤが苦い顔をしたのをオルグレンは見逃さなかった。

「リリヤ……?」

 そうして説明を求められ、オルグレンに掴まれた手を、リリヤは振り払うことができなかった。

「リリヤ、貴女が十六年前に行ったことの真実を……当事者とうじしゃであるわたくしの息子にはそれを知る権利があるのではないですか?」

「……ですがそれはけして言ってはならないと私達は決めたはず」

「だとしても。時としてそれを破らねばならないときもある。現にこの子は貴女のことを知りたがっている──愛ゆえに」

「っ!」

 真に迫る言葉を吐かれて。オルグレンと同じ黒い瞳の奥に秘められた強い心を感じて。リリヤはそれを拒むことのできない自分の弱さを呪った。

「……分かりました…………」

 リリヤはゆっくりとオルグレンに向き直ると。リリヤを心配して掴むオルグレンの手に自らの手を包み込むようにかさね合わせた。

「オルグレン様、心して聞いて下さいね」

 今までになく優しいリリヤの声に惹かれて、オルグレンは自然と頷き返していた。

「私は……生まれて間もない貴方に触れた瞬間気付いてしまったのです……貴方が魔力を持って生まれた子供だと」

 雷に打たれたような衝撃にオルグレンの体が震えたのを見て。リリヤは小さな子供をあやすような仕草しぐさでそっとオルグレンを抱き締めた。

「俺が魔力を持って生まれた子供? だが俺は……」

 オルグレンは動揺に黒の魔女がベッドに腰掛けたことすら気付いていなかった。

「女でなくとも魔力を持つ男児が生まれることがまれにある……その子供は魔女ではなく魔術師と呼ばれ、異端児として生まれて直ぐに親元から引き剥がされることになる」

「母上? 親元から引き剥がされるとはどういうことですか?」

「生まれた子供は魔力が強すぎて自身でも抑制することが叶わず。一般の生活ができないのですよ」

 オルグレンを気遣い見つめる黒の魔女からにじみ出る慈愛をのあたりにして。リリヤは自分の行動が間違っていなかったのだと確信した。

「そうして魔力を持つ男児は魔女協会の監視下に置かれることになるのです。そうなると一生、魔女協会の飼い犬として協会の意向に背く粛清しゅくせい対象を探すための使い捨ての駒として扱われることになる……そこに自由はなくあるのは血と殺戮さつりくだけ。たとえ世界最強の黒の魔女といえども協会の意向に逆らうことは許されない。だから私は……」

 子供の頃から受ける長きに渡る洗脳。強い魔力を持っていても、そこから抜け出すことは不可能に近い。

「リリヤは咄嗟とっさにお前を魔女協会に奪われることがないように。産後で消耗しきっていたわたくしの代わりにお前の魔力を奪ったのです。魔力の張り付いた命ごと」

 協会に嗅ぎ付けられる前に全てを終わらせなければならなかった。

「そしてもう二度と私達は会わないことを誓った」

 白の魔女はオルグレンを守る為にそれまで築いたモノの全てを投げ出した。

「全てはお前を……わたくし達を守る為にリリヤは命を懸けたのです。白の魔女は一国の公子の命の一部を奪った最悪の魔女だと世間に知らしめ、指名手配犯として国を追われたリリヤに魔女協会の目が向くように仕向けた。お前に疑いの目が向くことのないように」

 信じられないモノを見るような目をオルグレンから向けられて、リリヤは困ったように笑った。

「何故そこまで……」

 できたのかと。そう問われても答えは簡単すぎて迷う必要などなかった。だからリリヤは即答した。

「黒の魔女は私の唯一無二の親友。えのない大切な人。その家族を守りたいと思うのは当然のことです」

 後悔はしていないと、リリヤは誇りすら感じる程の尊い笑みを浮かべて、オルグレンを見つめている。

「……魔女協会は人間には手出しできない。だから私は貴方を人間にした」

 オルグレンと出会ったときからずっと、リリヤは何度も何度も繰り返し、オルグレンをただの人間だとなじった。そうしてオルグレンが人間であることを強調して見せたのはひとえにオルグレンを守りたかったからだ。
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